第15話 不意打ち

「あらぁ、可愛いお嬢さんだこと」

「ありがとうございます」


 近所のおばさんに声をかけられて、三河が笑顔で返事をする。


 俺達は近所の大きな公園に向かっていた。そこで撮影をするのだ。


「ここから私のターンですねー」


 瀬戸先輩が意味不明なことを呟いている。


 公園に到着し、場所選び。瀬戸先輩が、ここはダメだとかあそこらへんがいいとか色々言ってくる。


「ふむー。その椿の花をバックにしたのがとてもいいですー」

「椿なだけに」


 三河が自分で言う。


 笑えない。笑えないよ。


 三河は、俺が選んだ赤と白のバラの模様の入った着物を着ている。髪の毛は上げてこの間俺がプレゼントしたかんざしを付けている。


「いきますよー」

「はーい」


 瀬戸先輩が真剣な表情をしてシャッターを切る。


「もっと自然に笑ってくださいー」


 本物のカメラマンみたいだった。


「こんな感じ?」

「むー。何かが足りないですー」


 瀬戸先輩が眉間にしわを寄せていた。何が足りないと言うのだろうか。


「瀬戸先輩、一体どういうのを撮りたいんです?」


 俺は聞いてみる。


「こう、もっと楽しそうな、嬉しそうな表情を撮りたいんですー。自然体のー」


 俺には十分楽しそうで嬉しそうな三河に見えるんだが。


「難しいな。ちょっと休憩する?」


 三河が気を使ったのか、そんなことを言い出した。


「そうですねー。すみませんですー」


 瀬戸先輩が三河に向かって謝った。


 瀬戸先輩が公園のベンチに座る。汚したら大変なので俺は三河に立っているように命じた。


 俺は公園にある自動販売機で冷たいお茶を買って、二人に渡した。


「三河、零すなよ」

「分かってるわよ」


 俺は注意深く三河を見ながら、お茶を飲んだ。


「意外に、大変なのね。撮影って」

「へへ、すみませんー」

「いいのよ。楽しいし」


 三河が笑う。


「何が足りないのでしょうかー……」


 瀬戸先輩が軽くため息を吐く。


「瀬戸先輩は、どうして三河をモデルにしたいと思ったんです?」


 俺は初歩的な質問をぶつけてみる。


「どうして……。あの時の椿ちゃんの笑顔にやられてしまったんですー」

「あの時?」


 瀬戸先輩の言葉に、俺と三河は首を傾げる。


「はいですー。ちょっと待っててくださいね~」


 そう言って、瀬戸先輩は自分の肩掛けカバンから写真の入ったケースを取り出した。そしてそこから一枚の写真を取り出して、俺達に見せてくれた。


「こないだの写真を現像したものですー」

「これ……」


 その写真には、とても嬉しそうな笑顔の三河が写っていた。


 先週の日曜日に取られたその写真に写っていた三河の右手は、頭の上にある髪飾りに少しだけ触れていた。


「この時の椿ちゃん、すごく嬉しそうでしたー。もちろん今も楽しそうですけど、でもこの時の笑顔が一番ー」


 瀬戸先輩がそこまで言ってふと、俺の方を見た。


「ん?」

「そうです……。私、家に忘れ物をしてしまったので、取りに行ってきますー」

「え?」


 瀬戸先輩が立ち上がる。


「すぐに戻りますー」


 そう言って、瀬戸先輩はそそくさと公園を出て行ってしまった。


「何を忘れたんだろう」


 俺は呟く。


「さぁ?」


 三河も首を傾げている。


 俺は瀬戸先輩が戻ってくる間、何をしていいか分からなくて、ただ何となく大きな花壇の方へ歩いてみた。すると三河が、慌てたように俺の後を付いてくる。


「あ、ちょっと、君島くんどこいくの?」

「いや、散歩?」


 聞かれて困ったので、俺は適当にそう答えた。


 三河は着物なので、すごく歩きにくそうにしていた。付いてこなくていいのに。仕方なく俺は立ち止まる。


 子どもが走り回っていた。


「ん、どうしたの?」


 俺が急に立ち止まったのが気になったのか、三河が聞いてくる。


「別に。……あの花、綺麗だなって思って」


 俺は花壇に植えてあった白い花を指さす。


「ああ。この花、百合だよ」

「花に詳しいのか?」

「ちょっとはね」


 三河の言葉に、女の子なんだなと思った。


「あのさ、君島くん。一つ聞いていい?」

「何?」

「何でこの着物選んでくれたの?」


 俺は三河の質問に、少しだけ返答に困った。


「似合うと思ったからに……決まってるじゃん」


 そう言って俺は三河から目を逸らした。恥ずかしい。


「じゃあ実際、これ見てどう思うよ?」


 三河がさらに聞いてくる。俺はゆっくりと三河の方に目をやる。


 普通に、綺麗だと思う。


 だけど照れくさくて俺は正直には言えそうもなかった。


「……似合うよ。かんざしもいい感じに映えてるし」

「それだけ?」


 なんだか三河が不満そうだった。


 俺は頭を掻いた。


 そして一呼吸をしてから、三河に向かって言ってやった。


「綺麗だよ」


 その瞬間の、三河の笑顔。


 凄く嬉しそうな三河の笑顔。


 俺は一瞬、目を奪われた。


「ありがとう!」


 言わせた癖に、何て笑顔してやがる。


 俺は照れてまた三河から目を離した。


 そして聞こえてきた突然のシャッター音。


「ん?」


 振り向くと、瀬戸先輩がカメラを構えて三河を撮っていた。


 凄く真剣な表情で、撮っていた。


「あれ。瀬戸先輩」


 俺が声をかけると、瀬戸先輩がカメラを降ろした。


「いいのが撮れましたですー。ご協力感謝しますです君島くんー」


 瀬戸先輩が笑顔で言う。


「え?」


 俺は目を丸くした。


 瀬戸先輩は、家になど帰っていなかった。帰ったふりをして俺達の後を付けていたらしい。


 全然気が付かなかった。


「瀬戸先輩。どうして」

「椿ちゃんの素顔を撮りたかったのでー。私が居ては椿ちゃんの素顔は撮れませんからー」


 そういうことか。と俺は思って瀬戸先輩のほうを見た。

 先輩は微笑んでいた。

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