Christmas party Ⅲ

 授業は午前で終わった。

 最初に部室の扉を開けたのは三河さんだった。


「京菜! 準備できてる?」


 大きな紙袋を持っていた。そこに何が入っているのか、大体の予想はできた。


「ええ。できていますよ」


 そう言って、私は笑顔をつくった。

 窓枠に輪飾りを貼るのは、正直に言って一人では大変な作業だった。けれど私は何とか足りない身長を椅子の上に乗ることで補って作業をした。

 勿論、黒板の四隅も同様にした。白いチョークでメリークリスマスとも書いてみた。楽しかったのでそのまま雪だるまや花を描いてみた。

 椅子と机と衝立と、自分の荷物を整頓するだけの時間も十分にあった。

 とても理想的な空間がそこにはあった。


「……京菜。なんか、元気ない?」


 どうしてそう思ったのか。不意に三河さんが目を丸くしてそう言った。

 私は動揺してしまった。笑顔が崩れる。


「そんなことないですよ。三河さん、着替えますよね。他の方が来る前に急いだほうが」

「京菜。誤魔化すの下手ね。ま、どうせマルクのことだろうけど」


 三河さんがそう言って肩をすくめた。


「三河さんこそ。変に勘が良いのですね」


 これ以上隠すのは無駄だと悟り、私はそう言った。


「着替えながらでいい?」

「ええ」


 三河さんに向かって、私は頷いた。

 少しの時間。私と三河さんは二人きりだった。みんな三河さんが着替えるのを知っているので時間を遅らせてくる予定だった。瀬戸先輩はこの場にいても問題はないが、友人たちと談笑でもしているのだろう。くる気配はなかった。

 私は三河さんに、マルクとの関係を断片的にでも話していた。昔のこと。彼がどれだけ聡明で、繊細なのか。私は着付けを手伝いながら今日のことを話した。


「何それ、ひっどーい。京菜がどれだけマルクのこと想っているのか知っているくせに!」


 三河さんが赤と緑の線が交互に入った、(曰く、クリスマスカラー)の着物に黄緑の帯を巻きながら憤怒していた。


「知っているからこそ。なのかもしれません。マルクは、この結婚はあくまでもおじい様と私の父が決めたもの。と割り切ろうとしているのです。それはおそらく、マルクの父親が私とマルクの結婚についてあまり良く思っていないからなのかもしれません」

「え? 何で?」


 三河さんが首をかしげる。


「マルクの父親とおじい様は、仲が悪かったのです」


 私は言って、息を吐いた。


「だからって……」

「おじい様が勝手に決めたこと。は、マルクの父親の言葉でしょうね。気に入らないのでしょう」


 こうして改めて問題を口にしてみれば、本当に単純な理由だった。

 マルクの父親は、おじいさんが勝手に決めた息子の婚約を、良く思っていない。マルクはそれで自分の気持ちを閉じ込めた。もしかしたらこの婚約自体、なかったことにされるの可能性だってあるからだ。 


「でも、マルクと京菜はお互い想いあっているのに」

「こればかりは、どうしようもありません」


 しばらくの沈黙。その間に、三河さんは手際よく帯を締めた。私でさえ、まだ帯の結び方をよくわかっていないのに、三河さんは手慣れた手つきでそれをやってのけた。帯を回す。


 私は赤い帯紐を渡した。三河さんはそれをぎゅっと握る。


「京菜は、どうしたいの」


 沈黙を破ったのは三河さんだった。


「私は……」


 言い淀む。どうにもならないと思っていた。これは私一人の問題ではない。

 答えられないでいると、三河さんが声を上げる。


「水ノ橋京菜は? どうしたいのかって。聞いているの。あんた自身のことでしょう。何で諦めようとしているの。マルクのこと、好きなんでしょう」


 彼女の言葉に、ずっと我慢していたものがあふれ出そうになった。


「ええ。好きです」

「だったら」

「でも。仕方ないじゃないですか。マルクがそうしたいなら、仕方がないじゃないですか」

「ああ、もう……」


 それでも意見を変えない私にしびれを切らしたのか、三河さんがため息を吐く。

 三河さんは帯紐を帯に巻く。それから壁際のロッカーの上に置いてあったサンタクロースの形をした帯どめをつけた。


「せっかくのクリスマスパーティなんだから、そんな顔しないで。あたしに、いい案があるの」


 にっこり笑って、三河さんが言った。



   ***


「はあ? 何で俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ」


 三河さんが着替え終わって一番のりで部室に来た朽木くんが、三河さんの言葉に声を荒げた。その後ろをついてきた君島くんも、目を丸くしている。


 マルクに聞かれたらまずい話だというので、会話はいつ来るかわからないマルクを警戒しながらおこなわれていた。


「何でって。あんた演劇部でしょう」


 三河さんが呆れた顔をして言った。


「そうだけどさ。他に適任者はいないのか」

「いないね。だって君島くんは演劇部じゃないし、あたしの彼氏だし。あんた、演劇部だし彼女いないでしょう」

「まぁ、そうなんだけども」

「演技でいいのよ。演技で、京菜に告白するの。公開告白よ。効果はあると思うのよ。マルクの本音を引き出すには、これしかないの」

「上手くいくかな」


 朽木くんが頭を掻いた。

 私も不安はあったが、三河さんの作戦はとても効果的だと思った。


「あんたが京菜に告白して、京菜もまんざらじゃない反応をするの。ここが重要よ。いい? 京菜だって今まで告白されたことはたくさんあっても、全部断ってきたでしょう。当然、断ると思うじゃない。ところがそうじゃないの。するとマルクは焦るでしょ? 完璧」


 三河さんがそう言って親指を立てる。

 自信があるらしい。


「水ノ橋さんが了承しているなら、仕方がない。手とか触ったりするかもしれないけど大丈夫?」

「え。あ、はい」


 朽木くんの言葉に、私は戸惑いながらも頷いた。

 一体何をするつもりなのか。


 朽木くんの演技力は文化祭のときに見ているので、心配はしていない。問題は私が告白されて良い反応をする私を演じることができるのかということだった。


「ところでジュース買ってきたんだけど。飲む?」


 君島くんが困った顔をして言った。


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