第39話 君と彼の和解

 雨は小ぶりのまま降り続けていた。


「うー。さぶ」


 祐樹が肩を震わせていた。確かに今日は雨のせいか気温が低い。


 三河は部室の椅子に座ったまま無言だった。


「で。三河さん。どうしたの?」


 祐樹が三河の前に立つ。三河は目を合わせない。


 体育館の音楽が、予想通り部室にも響いていた。


「どうもしてない」


 三河が一言呟く。


「言いなさい。俺のこと避けてたっしょ。気づいてるよ。今だって俺のこと見ないし。何か言いたいことあるんでしょ?」


 俺はあえて口をはさまなかった。ただ、話す場を与えてあげたかっただけだ。


「何もない」

「言いなさい!」


 祐樹が強い口調で言う。


 しばらくの沈黙の後、三河がやっと口を開いた。


「演劇……。演劇が……」


 だが言葉が出てこないようだった。


「演劇が? 何。楽しかった?」


 祐樹の言葉に、三河がぎこちなく頷いた。


「そりゃよかった。……で? またやりたいって思った?」


 もう一度、三河が頷く。


「でも……。あたし、あたしはそんな資格ないし。朽木くんにも、皆に、ひどいことして……」

「ひどいことしておいて、また戻るなんて申し訳ない。と……」


 三河が小さく頷いた。


 祐樹が俺を一瞥してくる。俺は首を竦めておく。


「あのな、三河。そんなんで、やりたいことやめるな。やりたいことやるんだろ? お前は人の迷惑考えないハチャメチャな奴じゃなかったか? 凄くらしくないぞ」


 祐樹の言葉に、三河が祐樹を見上げた。


「だって……。朽木くん私がしたこと知ってるでしょ? 君島くんにも話したんでしょう? あたしが今更、演劇をまたやったとして、あたしがしたことなくならないし! またやっちゃうかもしれないじゃない! それでもいいの?」


 三河が、声を張り上げて言った。


「お前はもうやらないだろ」


 祐樹の言葉に、三河は目を丸くしていた。


「もし、やろうとしたら、俺が止める。浩彦が止める。でも俺は信じてるし。お前はもう二度とあんなことしない。お前がこんだけ気にしてるなら、まず大丈夫だろ」


 そう言って、祐樹が微笑む。


 祐樹はこれを三河にずっと言いたかったのだろう。でも言えなかった。三河がそうさせなかったからだ。三河はずっと強がっていた。それを分かっていたから。祐樹は三河のよき理解者でもあったのだ。


 三河も祐樹も本当に不器用で、お互いに本当に伝えたいことを伝えることがずっと出来ないでいた。ずっと表向きの関係だけでいたのだろう。表向き、相手のことを嫌っていることにして、お互いから逃げていたのだと思う。二人はやっとお互いと向き合うことができたのだ。


 しばらくして、三河が静かに泣き出した。


「……原が言ってた。椿ちゃんはいい子だよ。とってもいい子だよって。私は言う気なかったんだよ。本当は落ちる瞬間、椿ちゃんの顔を見た。その時まるでスローモーションみたいだったから、はっきりと覚えてる。その時の椿ちゃんの、顔。だから私、庇うつもりだった。でも、椿ちゃんはちゃんと自分のしたこと白状してくれた。それがただただ嬉しかったんだ。って。だから椿ちゃんのこと、嫌わないで上げて。本当にいい子なんだから。って」


 原というのは、きっと三河が怪我をさせた子のことだろう。


 祐樹は、しばらく置いてから、言った。


「……今まで悪かったな」


 嫌っていたこと。ひどいことをたくさん言ったこと。


 今までの全部を祐樹はその一言に込めて、三河に謝った。頭までは下げなかったけど、きっと三河には伝わっただろうと思う。


「こ、こっちこそ。ごめんなさい」


 三河も謝る。


「仲直りってことで、いいの?」


 俺はここにきて初めて口を開いた。


「さぁ?」


 祐樹は肩を竦めた。


 三河は泣きながら微笑んでいた。


 軽音部がかき鳴らしているギターの音が聞こえる。祐樹はその曲を小さな声で口ずさみ始めた。


「あ、この曲……」


 三河がそれを聞いて、呟きながら涙を服の袖で拭う。


「ん?」


 俺はその呟きに、曲に耳を傾ける。どこかで聞いたことのある曲だった。


「俺がリクエストした。原が好きで、よく聞いてた。お前も好きなんだろ?」

「う、うん」


 祐樹の言葉に、三河が頷く。


「三河。原に会いに行ってやってくれないか。会いたがってた。また三人で、馬鹿騒ぎしたいねって言ってた。原が……原が、いつか三人で舞台に立ちたいねって言ってたよ」


 その原さん。と、三河と祐樹が中学時代に過ごしてきた時間に、俺はいなかった。


 俺はそのことを今この瞬間、少しだけ悔しく思う。


「いつか……いつか本当に、そんな日が来るといいね。その時は、君島くんに特等席をあげなきゃね。色々お世話になっちゃったし」

「え? や、いいよ」


 三河が俺のことをじっと見てくる。


「だーめ。覚悟しなさいよ」


 そう言って、三河椿は不敵な笑みを見せた。


 どこかの有名アーティストの曲が体育館から聞こえている。聞くと前向きになれる、暖かい曲だった。

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