瀬戸萌美編
New year Ⅰ
『好きな奴いるから』
何故だかあの言葉が頭から離れない。
冬休みに入ってから、私はほとんど毎日のように公園に写真を撮りに出かけている。それが好きだからやっているのだけれど、他の理由もあった。いつもの通りに商店街を歩いてから公園へ向かう。別に寄り道する必要はない距離に公園はあるのだけれど、なんとなくそうしていた。というのも、君島呉服店を覗くためだった。
商店街にはクリスマスの飾りがまだ少し残っていた。正月飾りへの移行がまだ終わっていないのだろう。閑散とした道を、私は歩いていた。
君島呉服店の前を通り過ぎる。私は横目で店内を見た。
君島くんの母親が、せわしなく客の対応をしていた。とはいうものの、二組ぐらいだったが。
君島くんの姿は、今日も見当たらなかった。
私は何をやっているのかと自分で思い、息を吐いた。回り道をするように商店街を抜ける。公園へ着くと、私は誰もいないベンチへ座る。
大事なカメラを手に取り、ファインダーを覗く。
亡くなった父の形見であるそれは、見た目こそ古いがまだまだ現役だった。
気分が乗ってきたので、私はそのまま立ち上がり、しばらく雲に覆われた空を撮影していた。
どのくらいの時間が経ったのか。気が済むまで写真を撮り、一息つくとベンチに戻ろうと振り向いた。
そのとき。
「あ。もういいんですか」
声がした。ベンチに見覚えのある誰かが座っていて、心臓が止まるかと思った。
「き、君島くんっ。いつからそこにいたのですかー」
心臓のある胸の辺りを手で抑える。
動悸が激しい。これは驚きすぎたせいだった。
「えっと。瀬戸先輩。すごく集中していたみたいでしたから、声をかけるのもなぁとおもいまして。数分前に来たんですけど」
「もう。気にしなくていいですよー。びっくりしましたー」
「すみません」
申し訳なさそうに謝る彼を見て、私は微笑む。
「それより、どうしてここにー?」
「あー。瀬戸先輩の姿を見かけたって、母さんが」
「見られてましたか」
私は困ったように頬を掻いた。
「店の中まで入って来なかったのは、気を使ったからですか」
君島くんの言葉に、私は着けていた茶色のマフラーの端を掴んで顔を少しだけ隠した。
「そういうわけでもないですー」
君島くんから目を逸らしながら言う。
なんだか恥ずかしくなったのだ。
最初は普通に、店に入って声をかけようとしていたのだ。でも私は忙しそうにしている君島くんの母親を見て。店に入るのをためらった。こんなつまらない用事で君島くんの母親に頼むわけにもいかないと思った。
本当は気づいてほしくて、公園に行くついでだと毎回理由をつけてあの店の前を通っていたのかもしれない。
「俺に用事でもありましたか」
「んー。そういうわけでもないですー」
正直に言うのが恥ずかしくて、つい否定する。
「先輩。素直になってください。じゃあ、何で先輩はわざわざ店の前を通って公園に来ていたんですか」
「うー」
指摘されて、私は半歩下がる。
「先輩の家からだと、商店街を通らなくても公園に行けますよね」
「あーもー。そうですよー。実は君島くんに聞きたいことがあってストーカーのように店の前まで行ってましたー!」
両腕をばたばたさせて言うと、君島くんが吹き出したように笑う。
「聞きたいことって何です?」
君島くんが、朽木くんのようににやにや笑いながら尋ねてくる。
馬鹿にされた気がして少しだけ腹が立った。
「もういいですよー。君島くんには頼りませんからー」
ぷいっとそっぽを向く。
「すみません。先輩の動きが。こう、あまりにも子どもっぽくてですね」
「あーそーですかー。君島くんは正直ですねー」
「ええ。まあ。先輩とは違いますから」
悪気があって言っているのではないとわかっているから、憎めない後輩だと思った。
「聞きたいこととはいうのはですねー。朽木くんのことですー」
私は正直に言う。
「祐樹がどうかしたんですか」
「君島くんは、朽木くんの好きな人って知っていますかー?」
首をかしげていた君島くんが、目を見開く。それから、右手で口元を隠して眉を寄せた。
「え……。もしかして、瀬戸先輩。祐樹のことを?」
「そういうわけじゃないですー」
私は間髪入れずに否定した。この言葉を発するのは何度目だろう。
「どういうわけですか。今のはどう考えてもそういうことですよね」
「違いますー。すぐそういうふうに結びつけようとするのはあれですかー。恋愛脳ってやつですかー。これはただの興味本位ですー」
そう。私の質問に、深い意味はないのだ。
単純に、友人に好きな人がいることがわかったので相手が誰だか気になっただけだ。
「いえ。でも意外ですね。祐樹のことに興味を持つなんて」
「こんなの普通ですよー。私は朽木くんのこと、仲の良い友人の中に入れてもいいと思っていますからー」
「その中に俺も入れてもらってもいいですかね」
「もちろんですよー」
「でも仲の良い友人の中に入っているなら、本人に直接聞いたほうが早いんじゃないですか」
「それができたら、君島くんに聞いていませんよー」
「まあ、そうですね」
「でー?」と、私は首をかしげてみせる。まだ肝心の答えをもらっていない。まあ、もらったところでどうするのかは決めていないのだけれど。
「えーっと。祐樹の好きな人は知っていますよ。面識はないですけど」
「ふーん。そうなんですかー」
「うん。詳しく知りたければやっぱりあれですかね。祐樹と同じ中学だった三河に聞くのが一番かと」
「椿ちゃん? はっ。もしかして椿ちゃんが好きな人なんですかー? だったら超面白いですけどー」
冗談のつもりで私は笑った。
「違います!」
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