New year Ⅱ

 私は結局、椿ちゃんに何も聞けないまま新年を迎えてしまった。

 そして一月二日。この日、私は君島呉服店の和室にいた。


「よいではないか。よいではないかー」

「あーれー」


 君島くんのお母さんが店に出ているのをいいことに、私と椿ちゃんは帯を回して遊んでいた。ちなみに私がお代官役で、椿ちゃんがいたいけな娘の役だった。


「何をしているのですか」


 ふすまを開けた瞬間にくるくると回る椿ちゃんを見てしまった京菜ちゃんが、目を丸くして立っていた。


「あ。京菜。京菜もやろ。お代官様ごっこ」

「面白そうですね」


 京菜ちゃんはそう言ってくすくすと笑った。

 部屋は暖房器具のおかげで暖かかった。

 私たちは遊ぶのもほどほどにして着付けを始めた。

 和道部女子全員が着物を着て初詣に行くこと。それが今回椿ちゃんに出されたミッションだった。

 そのために私たちは今、ここにいた。


「ところでさ。萌美先輩。あたしに何か聞きたいことがあるんじゃないの」


 私の着付けをしていた椿ちゃんが、腰紐を結び終わったところでそう言った。

 ぎくりとした。

 胸の下で結ばれた紐が、苦しいわけではないのに。何故だか息苦しく感じた。


「えっとー。それはいったいどういうー」

「君島くんが聞いてやってって言ってたから」

「そうですかー」


 あのやろう。と心の中で思いながら、息を吐く。

 彼なりの気遣いなのはわかっている。


「でも、朽木くんはやめといたほうがいいと思うよ」


 椿ちゃんが笑いながら言う。


「もー。君島くんはいったいどこまで話したんですかー。誤解ですってー」


 私は着物の袖を振り回しながら言う。


「こらこら。振り回さないの。でも本当。誤解だろうがなんだろうが、朽木くんはやめておいたほうがいいよ。あいつには本気でずっと片思いしている相手がいるから」


 椿ちゃんが真面目な顔をして言うので、私は首をかしげる。


「その。相手って誰なんですかー? 私はそれがただ知りたいだけなのですー。朽木くんはちゃらんぽらんに見えて一途なのかなって思いましてー」

「一途も一途。超がつくほどよ」


 椿ちゃんは呆れたように息を吐いた。


「意外ですね」


 京菜ちゃんが次につけるものを椿ちゃんに渡す。もう何度も椿ちゃんの補助をしていたせいか、京菜ちゃんは慣れたようにそれを渡していた。


「今でも休日になると二人とも会ってるんだって。しかも毎週。あれで付き合っていないなんてどうかしているわ。まぁでも。友だち期間が長かったせいもあるんだろうけどね」


 椿ちゃんは話しながらも手を動かし、あっというまに帯を私に巻き付けていった。


「苦しかったら言ってね」

「はいー」


 きつすぎず、緩すぎない。絶妙な加減だった。私では上手いも下手も判断できないが、やり直してほしいとも思わなかった。


「中学のころ、同じ演劇部だった女の子でね。あたしの友達でもあったの。だから二人のことはよく知っているの。朽木くんはそのころからその子のことが好きで。その子もたぶん、朽木くんのことが好きだったんだと思う」


 椿ちゃんは懐かしそうに言った。


 私の知らない椿ちゃんと朽木くん。想像すると胸が何故だか苦しくなった。

 でもおそらくこれは、恋とか。そういうたぐいのものでないことも確かだった。ではなんだというのだろう。答えは着付けが終わっても、一向に出てこなかった。

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