挿話  summer festival

 夏休み後半。君島くんの家のある商店街は、夏祭りでにぎわっていた。


 あたしはなぜか君島くんに、初めての呼び出しをもらった。


 いつもはこちらから押しかけているのに、こうして向うから呼ばれるとなんだか落ち着かない。


「椿ちゃん、ごめんね。今年はいつも手伝ってくれるお友達が、急に来られなくなってね。あなた、着付けできるって言っていたから丁度いいと思って」


 君島くんのお母さんが、あたしに謝ってくる。


「いいえ。お役に立てるかどうか分かりませんが。精一杯、頑張ります」


 あたしは意気込みを口にした。


 君島くんの家は毎年、商店街のお祭りで浴衣の着崩れの直しを無料でやっているらしい。


「ごめん、三河。本当に助かる」


 そう言った君島くんは、浴衣を着ていた。あたしも来ているけど。


 初めて見る君島くんの浴衣姿に、あたしはどきどきする。


 ――いやいやいや。まって。今のなし。きっとお客さんの浴衣を直すのに、緊張しているだけだし。色々な柄の浴衣を見られるからって興奮しているだけだし。


 君島くんがのぼりを出しに、店先に出ていく。


 あたしはその背中をじっと見つめてみる。


 君島くんの家は呉服屋さんで、あわよくば嫁に入りたいなんて思っているけれど、それはあくまでも着物が目当てだ。とても不純な動機だと自分でも思っている。


 しかしこの間の合宿から、あたしは変だ。君島くんに自分の母親の話をするぐらいだから、本当にどうかしている。


 ただ思ってしまったんだ。君島くんにあたしのこと理解してもらいたいって。


「そんなに大きなお祭りじゃないから、人も少ないと思うわ」

「はい」


 君島くんのお母さんの言葉に、あたしは返事をする。


 とにかく今は、お手伝いに集中しなければいけない。あたしは改めて気を引き締めた。



 ***



 思っていたよりは人が来た。


 なんだか男性のお客さんが多いのは気のせいだろうか。


「ちょっと休憩」


 君島くんのお母さんが、オレンジジュースを持ってきてくれた。喉が渇いていたのであたしはそれを一気に飲み干してしまった。


「暑い」


 というと、君島くんがどこからかうちわを取り出して、あたしをあおいでくれる。


「お疲れ様」

「ありがとう」


 生ぬるい風がくる。


 店内は冷房がかかっているとはいえ、ドアを開け放しているので外から熱風が入ってくるのだ。


 外では盆踊りが始まったころだろうか。少し離れたところから音楽が聞こえてくる。


 今年はすごく貴重な経験ができたけれど、純粋にお祭りを楽しみたかったとも思う。でも、毎年やっている君島くんたちに悪いからそんなことは言えない。


 これはこれで、楽しいし。


「そうだ。二人にお願いがあるの。屋台でイカ焼きを買ってきてちょうだい」


 唐突に、君島くんのお母さんがそう言った。


「え? それなら俺が一人で行くよ」


 君島くんが言うと、君島くんのお母さんは首を横に振った。


「ダメよ。二人で行きなさい」

「何で」


 君島くんが、目を丸くしている。


「いいから。行きなさいよ」


 その笑顔は、怖い。


「は、はい」


 あたしと君島くんは、背中を押されて店を出た。お金を渡され、浴衣を整えられた。


「いってらっしゃい。頑張ってね」


 君島くんのお母さんは、あたしにそう耳打ちするように言った。


 気を使ってくれたのだろうと思う。



   ***



  小さな商店街のお祭りで、屋台だってそう多くはない。イカ焼きはすぐに見つかった。


 あたしと君島くんはそれを手に入れると、来た道をゆっくりと歩いた。途中で走ってきた子どもとぶつかって、君島くんは「危ないよ」と子どもを諭した。


 優しいんだな。なんて思った。


「あれー。君島くんと椿ちゃんじゃないですかー」


 子どもに気を取られていて、気づかなかった。


 声のしたほうを見ると、萌美先輩がいた。


「おねーちゃん」


 男の子は、萌美先輩に抱きつく。


「萌美先輩。どうしてここに?」


 あたしと君島くんは目を丸くしていた。


「この子、私の甥っ子なんですー。ちょっとだけ、預かっていまして。お二人こそ、デートですかー」


 萌美先輩が言った。


「で、デートじゃないです!」


 君島くんが顔を真っ赤にして否定する。


 あたしは少しむっとする。


「お写真、いいですかー?」


 萌美先輩がそう言ってカメラを構えるので、あたしは君島くんの腕を引き寄せる。


「お願いしまーす」


 もう片方の手でピースした。


「わ、ちょっと」


 君島くんがイカ焼きが入った袋を落としそうになるが、間一髪で助かった。その瞬間を、萌美先輩が激写した。


「いい写真がとれましたですー。では、また夏休み明けにお会いしましょー」


 萌美先輩はそう言って、甥っ子を連れて去っていった。


 取り残されたあたしと君島くんは、しばらく気まずくなった。


 やりすぎたかな。とあたしは反省する。


「じゃあ、さっさともどろっか」

「……うん」


 あたしたちはさっきより距離をとりながら、二人で歩いて店に戻った。


 まるで今のあたしたちの心と同じみたいだなと、思った。


 近づきすぎて嫌われるのが怖い。そんなことを思うなんておこがましい。

 

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