第4話 お目当てのもの

「一万円でどう?」

「駄目だ。昨日、母さんに話したけど大まけで一着三万だそうだ」


 翌日の学校、俺と三河は着物その他諸々のレンタル料金を交渉していた。


「一着三万? 君島くんのお母さんてケチね。学生なんだから、もうちょっとおまけしてくれてもいいんじゃないかなぁ?」

「仕方ないだろ、商売なんだから」

「うー」


 三河が頭を抱えている。


 本当は昨日、母さんに三河のことを話したら、喜んで協力するとか言って、張り切っていた。当然レンタル料金など取るつもりもない。まあ、母さんの着古しになるのだが。それでもかなりの種類がある。


 だが俺は、密かな昨日の復讐のため、こうして嘘情報を三河に教えたのだ。三河の苦しむ顔は、見ていて楽しい。


 だけどそろそろ本当のことを言ってやるか。また良からぬことを言い出す前に。


「三河、そんなに悩まなくていいから」

「へ? 何で?」


 三河がきょとんとした顔で、俺を見上げる。


「母さんがさ。意外に協力的なんだ。ただで貸す気満々だから。その代わり、母さんの着古しな。新品とかめちゃくちゃいいものは流石に無理だけど」


 俺がそう言って、前言撤回した瞬間だった。


 三河がいきなり俺の右手を掴んで走り出した。


 俺は突然のことに驚いて、よろけそうになりながら、三河が走り出した方向に、引きずられるようにして付いていく。


「! 何だよいきなり!」


 目を丸くしながら、俺は叫ぶ。


「確保よ確保。部室を確保しに行くの!」

「今から?」

「膳は急げってね」


 行動力ありすぎだろ。いくらなんでも。


 俺はそんなことを思いながら、必死で三河についていく。


 途中、廊下を走ったことにより先生に叱られるかもと思ったが、幸いにも見つからずにすんだ。


 掴まれた右手が、何故だか少し熱く感じた。


 三河は俺を連れたまま、職員室に向かっている様子だった。かつて文芸部の部室だった空き教室の鍵を借りにいくらしい。


 職員室に着くと、俺と三河は息切れを隠しながら礼をして部屋に入る。

 

「あれ?」

「どうした?」

「鍵がない」

「え?」


 三河は首をかしげて、固まっていた。


 それは予想外の事実だった。誰かが部屋を使っているということになる。俺も思わず三河とともにその場に立ち尽くした。


「どうしたんだい?」


 俺たちの様子に気づいた白髪のお爺ちゃん先生が、声をかけてくる。

 まだ授業が始まっていないが、この人は昨日の教員紹介で姿を見た。

 確か蔵元って名前だったような。


「先生、四階の空き教室の鍵って、誰が持って行ったか分かりますか?」


 三河が、蔵元先生に聞く。


「四階の……? ああ、確か水ノ橋財閥のお嬢さんが、持って行ったよ」


 水ノ橋財閥。俺はその名前を聞いたとたん、自分の耳を疑った。


 お嬢様がこの学校に通っていることも驚きだが、何故そのお嬢様が空き教室の鍵を持って行ったのかが、すごく疑問に感じる。


 三河も俺と同様、驚いたのか目を丸くしている。


「何でまた」


 俺が呟くと、親切にも蔵元先生はその理由を教えてくれた。


「あの教室、元は文芸部の部室だったんだが、その文芸部が部員不足で去年廃部になってしまってな。水ノ橋のお嬢さんは文芸部に入りたかったんだと。それで急遽お嬢さんのために部活を作り直したんだと。今はお嬢さん一人で、部室を使っている」


 なんて贅沢な。さすが大企業のお嬢様。


「ということは、あたしたち先を越されたってことね、君島くん」

「そう、だな」


 俺はおそるおそる頷く。


「これは、直談判しかないわね!」


 三河の気合の入った叫びに、俺は目を丸くした。


「はい?」


 めちゃくちゃだこいつ。


 俺は今すぐ逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。

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