第3話 喫茶店にて

 喫茶〝HONEY〟は、学校を出てすぐの路地裏の奥にあった。階段を下りると、うちの学校の生徒たちが数人うろついていた。相当な人気らしい。


 喫茶店の前に着くと、三河の嫌そうな顔が、俺たちを出迎えてくれた。


「あの……何で、朽木くんがいるの?」

「俺たち、友達になったんだよな、な? 浩彦」

「あ、ああ」


 朽木祐樹が、馴れ馴れしく俺の肩に腕を乗せてくる。

 俺は少し戸惑ったが、頷いた。いつの間に友達になったんだ。


「朽木くん。それはそうと、あたしは君島くんと二人っきりで話がしたいんだけど」

「ん。そう。俺ってばお邪魔虫? 何だよ、いつの間に二人ともそんな仲になったんだよ。教えてくれたっていいじゃねぇか」

「教える義理はありませんから」


 何だろう、この二人の会話に刺々しいものを感じる。

 二人とも笑顔なんだけど、こう。無理矢理作っている感じがする。


「やっぱ、今朝の公開プロポーズかなぁ。結婚式には呼べよ」

「こんなやつほっといて、中に入りましょう、君島くん」


 三河は祐樹をあしらうと、喫茶店に入ろうとする。


「いや……一緒にってわけにはいかないか?」


 俺はおそるおそる言った。


「いかないわよ」


 うわぁ、怒ってる。絶対怒ってるよこれ。


 俺は少し困った顔をしながら、祐樹を見る。顔は笑っているが、背中から黒いオーラが出ているような気がする。


「教えてくれない? 三河、お前が何を企んでいるか」

「別に何も企んでいないわよ。そっちこそ、君島くんを手玉にとって、あたしの邪魔をする気?」


 もう本当に、何か企んでいるようにしか見えないんだが三河は。


 そんなことを思いながら、俺は喫茶〝HONEY〟の出入り口の扉に手をかけた。


「立ち話もなんだし、中入れば?」


 俺の提案に、二人は渋々だったが頷いた。


 中へ入ると、店内の壁はピンク一色。とてもメルヘンな雰囲気のお店だった。

 

 外側は中がメルヘンな雰囲気とは到底思えない黒い壁だったのだが。


 女の子に人気があるらしく、女生徒たちが何グループかにかたまっている。女生徒たちがケーキを食べてお茶を楽しんで、おしゃべりをしていた。


 そこに男二人。とっても居心地が悪い。


 もちろん俺は、こんなお店に入ったのも、ましてや誰かと一緒に来たことなどない。余計に緊張する。


「いらっしゃいませ。三名様ですか?」


 ふりふりの付いたピンクのメイド服に身を包んだウェイトレスが、俺たちに声をかけてくる。


「はい。三名様です」


 俺の後ろで笑顔で睨み合っている三河と祐樹を放ったまま、俺は緊張してウェイトレスの言葉を繰り返す。気のせいか、ウェイトレスに笑われたような。


「はい、分かりました。ではこちらのお席へどうぞ」


 俺は恥ずかしさを抑えながら、ウェイトレスが示した席へ移動する。


「三河も女だなぁ」


「どういう意味よ」


 向かい合わせの席に座って、相変わらずいがみ合っている三河と祐樹。


「ご注文が決まったら、お呼びください」


 ウェイトレスはそう言って、ひらひらのスカートを翻しながら去っていく。俺は祐樹の隣でウェイトレスの置いていったメニューをおそるおそる開く。


 案の定、パフェ、ケーキなど、甘いものが並んでいた。


「……俺、コーヒーだけでいい」


 俺はそう言って、三河にメニューを渡す。

 祐樹が右手を上げて言う。


「あ、じゃ俺も」

「え、いいの? あたしケーキ頼んじゃうよ?」

「太ってもいいなら」

「あん?」


 祐樹の余計な一言に、メニューに目を通していた三河が祐樹を睨む。


「でも正直、意外だ。着物好きだし、和風なお店が好きなのかと思った。和菓子とか」


 俺がちょっと勇気を出してそう言うと、三河は柔らかく笑った。


「和菓子はもちろん好きだよ。でも、たまにはね。こういうお店も来るのよ。甘いものは基本好きだし」

「あー、だから太る……っ」

「黙れ」


 祐樹が眉をひそめたのでどうしたのかと思ったら、テーブルの下で三河の足が祐樹の足をわざとらしく踏みつけていた。


 普通に痛そうなので、俺は見て見ぬふりをする。


「さて、こんなやつはいないものと考えて、本題に入ろうか、君島くん」

「おい!」


 三河は祐樹の足を踏んだまま、俺に話しかけていた。


 祐樹の抗議の声を三河は無視して、言葉を続ける。


「あたしは君島くんに、一緒に和道部を創ってほしいの。あ、君島くんには主に着物とかかんざしを持ってきてほしいの。そしてそれを私が着ると」


 俺は三河の言葉に、返すべき答えが分からなくなった。


 三河のために、着物、振袖その他諸々を持ってくるだと? 学校に。しかも和道部って何だよ。俺はパシリか。


「つまりはお前の自己満足に付き合えと」

「そうなるね」


 俺の言葉に、三河は笑顔で頷いた。


 認めやがった、こいつ。


「あ、おねえさーん、コーヒー二つね」

「あ、私は紅茶とチョコレートムースお願いします!」

「はーい」


 祐樹が近くに来ていたウェイトレスに突然注文をするものだから、三河も慌てて注文する。ホント何なんだこの二人は。


 店員もくすくす笑いながら厨房へ向かう。


「創るって言ったって、人数いなきゃ同好会にもならないんじゃないか? それに具体的には何をするつもりなんだ」


 俺は恥ずかしいので話を元に戻す。


「あたしは、着物がたくさん着られるだけで満足なんだけどね。一応部活なわけだし、それなりに考えてるよ。お花とかお茶とか。日本文化をみんなで学ぼうってね」

「随分、大雑把だな」

「そう? 歴史好きな人とか集まりそうじゃない? それに、部活としては成り立ちそうな気もするけど。先生とかに、感心されそうじゃない」

「確かに。表沙汰はな」


 ちょっと納得してから、祐樹がふてくされてテーブルに突っ伏しているのを、俺は横目で見た。


「祐樹は? 仲間にしちまえばいいんじゃない?」

「えー? 駄目だよ」


 俺の提案は、三河にあっさり拒否された。


「俺もそんな得体の知れない部活になんか入りたくない。それに俺、演劇部入るつもりだし」


 祐樹も乗り気ではないらしい。


 祐樹の言葉に、三河が少し目を見開きながら祐樹を見ている。


 演劇部か、そういえば中学の頃やってたって言ってたし、当然と言っちゃ当然だろうか。


「演劇部? 好きだねぇ」

「お前の着物好きほどじゃねぇよ」


 呆れたような、そんな口ぶりで三河は言った。


 祐樹は、テーブルに突っ伏したまま、三河と目を合わせない。すっかり拗ねてしまっている。


 何か異様な空気になりそうだったので、話題を変えてみる。


「で、人数集めはどうするんだ?」


 俺は核心を聞きながら、三河を見た。


「何とかなるでしょ」


 三河は自信満々にそう切り返してくる。


「何とかって……」


 俺は、三河の計画性のなさに失望し、苦い顔をする。俺が協力する意味さえ怪しくなってきた。


「大体理由が不順すぎる。いくら俺の家が呉服屋だからって。他のやつに頼めよ」

「そりゃあ。将来の花婿だもの。お前じゃないとだめだろう」

「お前どっちの味方なんだよ」


 祐樹の言葉に、俺は顔を赤らめた。


「さぁ。面白ければ何でもいい」


 祐樹はそう言って、肩をすくめた。


「三河、祐樹の弱点が何か知らないか?」


 俺は三河に聞いてみる。俺より三河の方が祐樹との付き合いが断然長い。何か知っていてもおかしくないだろう。


「知っていたらとっくの昔に使ってるわよ。だから苦労してるんじゃない」


 ため息交じりに三河が言う。


 そうか、三河にしてみれば、祐樹は敵なんだ。敵の弱点を知っていたらとっくに使っているはずだ。だから今ここに三人でいるのだから。


「朽木くん、あんまり君島くんをいじめないであげてね。その子、純情少年みたいだから」

「おー分かった。分かった」


 祐樹が笑顔のまま二回頷く。


 繰り返すところがすごく胡散臭い。絶対に面白がっている。


 そうこうしているうちに、ウェイトレスが注文の品を持ってきた。


 俺と祐樹はコーヒー、三河は紅茶とチョコレートムースのケーキを受け取る。


「おいしそー」


 三河はチョコレートムースを前にして、すごく嬉しそうだ。


 俺は甘いものが苦手なので、コーヒーをブラックでそのまま飲む。


 祐樹は平気なのか、砂糖とミルクを少しずつ両方入れて、スプーンで混ぜ合わせている。


「いただきまーす。あむっ」


 三河は一口食べると、よほど美味しいのか足をじたばたさせて、嬉しそうに顔を綻ばせている。いつの間にか祐樹の足は開放されていたらしい。三河の靴の踵が床に当たっている。


「あ、そうだ」


 俺はふと、言わなければいけないと思っていたことを思い出した。


「何?」


 三河と祐樹が、ほぼ同時に俺を見る。


「レンタル料金は、いくら払っていただけるんでしょうか?」


 俺は精一杯の営業スマイルを二人に見せた。

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