第2話 後ろの席の

 帰りのホームルームが終わり、俺は三河の姿を目で追った。


 彼女は仲良くクラスメイトの女子と一緒に帰るようだ。途中で別れて店に行くのだろうか。楽し気に俺の目の前を通り過ぎていった。


「君島!」


 誰かに呼ばれて振り向くと、俺の後ろの席に座っていた男子が立っていた。


 彼は俺と同じぐらいの身長で、目線はすぐにあった。


 えっと確か名前は……。


「俺、朽木祐樹。よろしく」


 朽木は俺に右手を差し出してきた。とても紳士的な雰囲気の少年だった。


「ああ。よろしく」


 俺はおそるおそるその手を取ると、軽く握った。


 その瞬間、朽木の表情が変わる。


「いやあ。君島。お前災難だな」


 彼は口元を緩ませ、にやにやと笑っていた。


 その顔に、俺は少しだけ眉をひそめた。


「三河さんのこと?」


 俺の質問に、朽木は頷いた。


「俺、三河と中学が一緒だったんだけどさ。あいつの着物好きは有名だったわけよ。まさかあんな野望があったとは知らなかったけど。あいつ中学のころ演劇部入ってたんだけど、文化祭でかぐや姫やろうって提案して、演技下手なのに主演を無理矢理ぶんどって、着物着て舞台に上がってさ、大恥かくに決まってんのに。ホント、あいつ馬鹿だよな」


 朽木は笑いながら、俺に三河の青春の一ページを語ってくれた。

 いや、別に知りたくないから語らなくていいよ。

 しかし、気のせいだろうか。彼は笑っているのに笑っていない。俺は笑顔に違和感を覚える。


「ああ、ごめん。突然」


 俺の苦い顔に気づいたのか、朽木が俺に謝る。

 しかし妙に詳しい。


「別に。……お前も演劇部にいたってことか」

「ああ。ちなみにかぐや姫のときはおじいさん役だったな」

「ちょっと見てみたかったな、それは」


 朽木があまりにも楽しそうに話すので、わずかだが興味が湧いてきた。


「あいつは着物のことになると変なやつだが、普段は普通の女の子だ。多分」

「多分かよ」


 朽木の言葉に、俺は笑いそうになる。


 それから俺と朽木は、途中まで一緒に帰ることになった。

 外に出ると、春の暖かな陽気が俺たちを迎えてくれた。


「なぁ、〝HONEY〟っていう喫茶店知ってるか?」


 おおよその場所は知っていたが、俺は確信がなかったので朽木に尋ねてみる。


 知っていたら連れていって貰おうと思っていた。


「ああ、知ってる。何だよ。この後俺とデートしたいって? ごめんな、俺そういう趣味は」

「おい。違うって」


 朽木が変な冗談を言いかけたので、俺は冷静に制止する。

 俺の横を、まだ校舎に残っていた生徒たちが歩いていく。


「三河椿に……呼び出されていて」


 俺は朽木の顔色を伺いながら言った。

 正直、こいつを味方につけていいものかどうか迷うのだが、こういう場合は仕方ないと思う。味方はいないよりいるほうがいい。


「三河に? へー」


 何だそのにやにや笑いは。別にやましいことは何もないぞ。


「俺もお邪魔していいかな?」


 朽木の言葉に、俺は安堵感を抱いた。一人で行くのが不安だったのだ。


「むしろその方が色々と助かる」

「じゃぁ、早速行くぞ!」


 朽木が、俺の腕を掴んで走り出す。俺は脚を縺れさせながら、慌てて付いていく。

 本当に大丈夫か?

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