二章

第21話 夏になったら

 入学から慌しく二ヶ月が過ぎた頃。衣替えの季節だ。


 夏休みは目前。そんな矢先に、三河がまたとんでもないことを言い出した。


「合宿?」

「そ。夏休みってさ、みんなどの部活も大体行くじゃん、合宿。だからさ。あたしたちも行こうよ。京都に!」


 三河のその突然の提案に俺は一人、目を見開いていた。


「いい提案ですね。ちょうど京都には、うちの別荘がありますよ。そこでやりましょうか」


 なぜか知らないが、水ノ橋さんは乗り気らしい。


 三河は浮かれていた。


「写真部の合宿と被らないと良いですねー。私も行くですー」


 そして何で瀬戸先輩が部室にいる。


「たくさん写真撮ってね!」


 三河が笑顔で、瀬戸先輩の両手を自分の両手で掴む。


「もちろんですー!」


 通じ合った二人。


「何で行くことになってんだよ!」


 俺は我慢しきれず、思わず叫ぶ。


「何を怒っているのですかー。私はコンテストのときにお世話になったので、彼女の提案には賛成ですよー」

「賛成する理由になってないし、何でいるんですか」

「私が居たいから居るんですー。あなたには関係ありませんー」


 瀬戸先輩は、相変わらず和道部部室に入り浸っている。

 だから今日も居るのは不思議ではなかったが、いつ突っ込もうか迷っていたところだった。


 祐樹はさっきまでいたが、部活に行った後だった。


「何よ、何か文句ある?」


 三河の質問に、俺は頷く。


「ある」

「言ってごらん? 一応聞く」


 三河が、上から目線で俺に言ってくる。


「聞くだけで、受け入れてくれないことは分かってるから言わない。でも、合宿って何をやる気なのか、それだけは聞いておきたい」


 三河は少し考える仕草をして、やがて自信満々に答えた。


「日本文化を学ぶ!」


 まるでいいことを思いついたかのような言い方だった。


「具体的には?」


 俺は呆れた顔をして、三河に問う。


「そうね……舞妓さんの格好をしたり、古き良き日本文化の建物を見たり。色々」

「つまりお前的には、着物といったら京都でしょ、ぐらいの認識しかないってことだな」

「別にいいでしょ?」


 三河が拗ねたように、俺から目を離す。


 とんだわがまま少女だ。俺は溜息を吐いた。


「もういいよ。お前の好きにしろ」


 俺は三河には何を言っても無駄だということを学習した。諦めて合宿の申請書を先生に貰いに行こうと椅子から立ち上がる。


「珍しい。いつもだったらもう少し粘るのに」

「成長したって事ですよー」


 三河と瀬戸先輩が何か言ってる。


 せめてもう一人くらい男子部員が欲しいものだ。そしたらこんな惨めな思いをしなくてすむ。


 俺はそんなことを思いながら、部室を出る。廊下を、何人かの生徒たちが歩いている。


 衣替え期間なので、ブレザーを着ている生徒や、半袖のYシャツを着ている生徒が、まじりあって変な感じだ。


 と、ちょうど和道部の顧問である蔵元先生がこちらに向かってきていることに俺は気づいた。


「蔵元先生。ちょうど良かった。先生を探しに行こうとしてたんですよ」


 俺が蔵元先生に駆け寄ろうとすると、あることに気づいた。


「おお、こっちもちょうど良かった。部室にみんな居るか?」

「え? あ、はい」


 蔵元先生の後ろに、少しけだるそうに付いて歩いてきている、金髪の少年が居た。

 

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