挿話 rainy season

 あたしの嫌いな雨が降っている。


 部室には、あたしの嫌いな男が我が物顔で居座っている。


 当然、あたしは不機嫌になるわけで。


「ああ、もう。あんたの入部の件は、保留だっつったでしょ。何で毎回毎回、部室に来るのよ!」 


 あたしは思わず叫んでいた。もう我慢できなかったのだ。


 あたしの中学からの腐れ縁。大嫌いな男子。朽木祐樹。会うたびに嫌味を言ってくる。いつもへらへらした顔をして、人のことを馬鹿にする。


「え。面白いから」


 朽木くんの返答に、あたしはため息を吐いた。


「さ、俺のことはいいから着替え始めていいぞ」


 にやにやしているその顔がむかつく。


「ちょっと、待った。着替えるなら、俺、出るから。ついでに祐樹も追い出すから」


 君島くんが慌てて朽木くんを引っ張っていく。その顔は真っ赤だ。


「よし、んじゃな」


 それに素直に従う朽木くん。


 まあ、面白いっていう意味。わからなくもないけれど。要するに、君島くんの反応が面白いから見に来ているのだと思う。正直、うっとうしいけど。


 あたしは二人が部室を出ていくのを見送ると、君島くんが持ってきた着物を手にする。今日は淡いピンク色。白い蓮華の刺繍が施されている。


 君島くんの家は呉服屋さん。お母さんも相当の着物好きなのか、そのまた母親から受け継いだ着物から、個人的に購入した着物なんかをあたしに無料で貸してくれている。


「京菜。ちょっと、そこの帯取って」


 あたしは自分で着付けている途中、衝立の向こうに帯を置き忘れていたことに気づいて水ノ橋京菜に向かってそう言った。衝立の向こうで静かに絵本を見ていた京菜は、あたしの声に気づかない。


「ちょっと、京菜。聞こえてないの」


 仕方ないので、あたしは衝立の隙間から顔だけ出した。制服は脱いでいて、下着姿だったのだ。


 京菜はいつも同じ絵本を部室で眺めている。しかも、ほとんど一日中だ。理由はわからないし、わかりたくもなかった。


「京菜!」

「え。なんですか」


 再度呼びかけると、ようやく京菜がこちらに気づいた。あたしは嘆息すると、「そこにある帯取って」と言った。


 京菜は白い帯を手に取り、あたしに渡してくれる。


「本当に好きですね。お着物」

「ありがと。どうしたのよ。今日はいつもより、なんかこう。変よ」


 あたしが言うと、京菜はそのまま黙ってしまった。


 しばらくの沈黙の後、何かを言おうとしたのか京菜が口を開きかけた時だった。


「椿ちゃんー」


 瀬戸萌美先輩の声がして、部室の扉が開く。


 京菜は諦めたようにまた絵本に視線を戻した。


 あたしは衝立の隙間から顔を出したまま、彼女を視界に入れた。


「萌美先輩。どうしたんですか」

「聞いてくださいよー。この間の写真のコンテストの結果が出まして。なんと、入賞しましたー」

「本当ですか。おめでとうございます!」


 あたしは思わず衝立を除けて、萌美先輩に抱きついた。


「わー。椿ちゃん。風邪ひきますよー」


 萌美先輩は、下着姿のあたしを見て慌てていた。


 京菜のくすくすという笑い声が聞こえて、あたしは内心ほっとしていた。変だと思ったのは気のせいだったのかもしれない。


 あたしは萌美先輩の頬が気持ちよくて指でつつく。


「先輩をこのまま、お持ち帰りしたい」

「ええ? やめてくださいよー。美味しくないですよー」


 そんな冗談を言い合い、あたしは笑うのだ。


 こんな瞬間がずっと続いていけばいいのにと思う。


 外は雨が降っている。あたしの心はこの雨と同じにいつまでも晴れない。

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