第31話 君の涙と彼の本意

「な、何でお前がいるんだよ」


 演劇部は体育館で舞台稽古をしていた。


 祐樹が俺と三河を見つけて、早速咎めてくる。


「頼まれたの」


 三河が頼んできた二人を見て言う。


「ご、ごめんなさい朽木くん。でもどうしても、役者不足で」


 一人が両手を合わせて祐樹に謝る。


「言うんじゃなかった」


 そう言って、頭を抱える祐樹。


「何でお前も引き受けるんだよ」

「頼まれたから」

「頼まれたら何でも引き受けるのかよ? お前ふざけんなよ、この期に及んでまだ舞台に立てると思ってんのか」


 祐樹が、三河を睨んでいた。三河も負けじと祐樹を睨み返している。


「でもあたしがやらなきゃ他に誰がやるっていうの?」

「俺はお前のそういう態度が気にいらねぇ。二年生が事故ったのも、またお前の差し金だったりしてな」


 突然、体育館に皮膚が皮膚を叩く音が、高く響いた。


「!」


 俺と演劇部員たちは呆気に取られていた。舞台袖にいた人たちも、何の音だと皆こっちを見に来ていた。


 三河が、祐樹の左頬を叩いたのだ。


「何すんだよてめー!」


 祐樹が叩かれた左頬を手で押さえながら、尚も三河を睨もうとして、反対に目を丸くした。


 三河が、あの三河が泣いていたのだ。


「三河……?」


 三河が、両目から大粒の涙を流していた。


 俺たちには、三河がなぜ急に泣き出したのか分からなかった。祐樹の言葉が原因なのは分かるが、祐樹の言葉の意味がそもそも分からない。


 差し金? また?


 様々な疑問が頭の中を駆け巡る。恐らく中学の頃何かあったというのが、関係しているのだとは思うが。


「悪い」


 三河が泣き出したことによって祐樹の熱も冷めたのか、祐樹が三河に謝った。


「言い過ぎた」


 泣きながら、三河は首を振る。


「でもやるからには、しっかりやれよ」


 祐樹の言葉に、三河は泣きながら頷いた。


 俺は、三河の泣いている姿を初めて見た。三河でも泣くことがあるのかと、驚いた。


   ***


「中学の頃、三河がかぐや姫の主役を演じたって言っただろ?」

「ああ。聞いた」


 三河に平手打ちされたので、痛む頬を冷やすために、俺と祐樹は手洗い場に来ていた。ハンカチを水で濡らすためだ。


「あれ、元々別の人が演じるはずだったんだ。でも本番の二・三日前にその人が階段から落ちて全治一カ月の怪我を負った。舞台は諦めざるをえなかった」


 祐樹は終始虚ろな表情をしていた。


「それで急遽代役を立てることになって、三河が名乗り出た。台詞もばっちり覚えていたし、結局三河が代役に決まった。けど本番前日に、元主役の見舞いに行った時だった。病室で、元主役の怪我の具合を見てからか分からないけど、急に三河がさっきみたいに泣き出して、ごめんなさいってその人に謝ったんだ」

「え? 何で」


 話の流れでまさか、と思った。けれど俺は言わなかった。


 大体この先の予想はついていた。


「元主役が階段から落ちた原因は、誰かに背中を押されたから。でもその人は、誰が犯人か分からないって言ったんだ。顔を見てないから分からないって。でも、三河が犯人だったんだ」


 やっぱり。と俺は思った。


「三河は必死でその人に謝ってた。その人はすごく優しい人だったから、優しく微笑んで許してくれた。気持ちは分かるからって。けど俺は許せなかった。どうしても三河を許せなかった。三河は自分が主役をやりたかったから、どうしてもやりたかったから、自分勝手な理由で主役に怪我をさせた。そうする他に思いつかなかったから」


 俺はやっと謎が解けた感じがした。これが、祐樹が三河を嫌っていた本当の理由。


「あの人は、泣いている三河に向かって、頑張ってねって言ったんだ。自分が勝手な理由で怪我させられたのに、明日、私の分まで頑張ってねって言ったんだよ。俺は、少なくともその場にいた演劇部員は全員微妙な気持ちになったよ。俺は本番当日も、ずっと三河のことを軽蔑するような目で見ていた」

「それが、今回のことと被って見えた?」


 俺が言うと、祐樹がハンカチを左頬に当てながら苦笑いした。


「そうだな。はっきり言ってその通りだ。浩彦、俺さ、正直言って好きだったんだわ」


 祐樹の言葉に、俺は一瞬固まって、それから言った。


「え、三河のこと?」


 俺の言葉に、祐樹が笑いだす。


「ぶっ。違うに決まってんだろ馬鹿。ぶふっ。俺が好きだったのは、元主役の人。ったく笑わせんなよ、痛いんだから。ふっ。安心した?」

「え?」


 何のことやら。

 俺は誤魔化す。


「ふぅ。だから余計に、三河に腹が立ったって話。あれ以来、俺は三河が嫌いだよ。毛嫌いしてるから、向こうも俺のこと嫌いになったみたいでね。ま、好かれたくねーがな。からかうと面白いけど」


 祐樹がいててと言いながら、頬をハンカチで押さえている。


「でもまさか、平手食らうとは思わなかった」

「それは俺もびっくりした」

「まぁでもホント、あれは言い過ぎた」


 祐樹は本当に反省しているようだった。


「仲直りしないのか?」

「仲直りは、するつもりはない。少なくとも俺はね。あいつが自分のしでかしたこと、一生償い続けるってのなら話は別だが」

「お前、もしかして三河に演劇続けて欲しかったのか?」


 俺の質問に、祐樹は答えなかった。


「責任、取るべきだろ」


 それだけ呟いて、祐樹は体育館に戻って行った。

 彼は不器用な人間なのかもしれないと、俺は思った。

 

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