第36話 君たちの舞台
演劇部の公演の題目は、〝不思議の国のアリス〟だった。
俺とマルクと水ノ橋さんは、体育館に設置されたパイプ椅子に三人並んで座っていた。瀬戸先輩は写真部のところに行っている。
「早めに来てよかったですね」
俺は周りを見ながら、横に座っている水ノ橋さんに話しかける。
「ですね。やっぱり演劇部は人気ありますからね。見に来る人が多いのも当たり前ですね」
俺は頷いた。
「オレ、途中で寝るカモ。寝てたら起こしてクレ」
マルクが水ノ橋さんに言う。
「はいはい」
水ノ橋さんがもうすでに半目になっていたマルクを見ながら、呆れたように笑った。
開演前、体育館はすでに満席。出入り口付近にも人が立っている。混むことを予想してはやめに来たのは正解だったらしい。
低音の、映画館で上映前などに鳴るあの音が鳴ると共に体育館の電気は落とされる。いよいよ開演だった。
幕が上がる。
「あそこの木陰で本を読みながら休みましょう。アリス」
アリスのお姉さんがそう言いながら舞台袖から出てくる。
そういえば、俺は祐樹と三河が何の役をやるのか聞いていない。
アリスが眠ってしまったシーンで、一度舞台の照明も落とされ、次に時計ウサギが登場する。時計ウサギを追いかけるアリス。
「ここは、どこ?」
アリスが不思議の国に迷い込む。
「ここは不思議の国さ」
チェシャ猫が登場。そしてしばらくして、
「ようこそ、お茶会へ」
帽子屋と三日月ウサギが登場した。
「ん」
「あら」
水ノ橋さんも気づいたのか、小さく声を上げる。
「紅茶をどうぞ」
タキシードを着た三日月ウサギが、どうやら祐樹のようだった。
あいつ、いい役もらってるじゃないか。
俺がそんなことを思っている間に、シーンは進み、アリスがいよいよハートの女王に出会う。
ハートの女王が舞台に上がったその瞬間、俺は目を疑った。
「あなたたち、そこで何をやっているの」
そこにいたのは、三河椿だった。三河はハートの女王役だったのだ。
何で助っ人にそんな重要な人物の役をやらせてるんだ演劇部。
「首をはねておしまい」
いやしかし、役にぴったりはまっているのがなんとも言えない。
「しかし女王様」
「あなたたちはただのトランプよ!」
そして最後のシーン。暗転。アリスが目覚めてお終い。
俺はよく分からないけど、原作に沿った劇だったと思う。そしてこの言いようのない感動が湧き上がってきた。
拍手喝采。俺も拍手する。手が痛くなるくらいに拍手する。
カーテンコール。アリス役の女生徒が、代表してマイクでしゃべる。
「本日は、文化祭最後のステージを見て下さってありがとうございました。午前は晴れてたんですが、今は生憎の雨で。ここまで来るのに濡れてきた方もいるんじゃないでしょうか」
舞台には、演劇部員がずらっと並んでいる。そこに混じっている三河の姿を、俺は見つめていた。
「えー、実はですね。皆さんご存知かと思いますが、先日、一週間ぐらい前ですかね。運悪く、一部の二年生がバスの事故にあってしまい、死人が出なかったことがせめてもの救いなんですが。うちの部員も何人か怪我を負ってしまい、劇に参加することができませんでした。先生方の方針で、今回二年生全員が参加不可ということになってしまい、私たちは急遽、助っ人を頼むことにしました。二年生の方たちは、きっと今、全員客席にいると思うのですが」
ああそうか。と思った。この混み具合は、二年生の部員全員が来てることも影響しているのか。今気づいた。
アリスが助っ人に来てくれた子たちを近くに呼び寄せる。その中には勿論三河もいた。
「まずはこの子たちに盛大な拍手をお願いします。本当に、ありがとうございました。助かりました」
会場の拍手と共に、部員全員が助っ人の人たちに向かって頭を深く下げる。助っ人の子たちは少し戸惑っているが、頭を下げ返した。三河も頭を下げている。
「では三年生の皆さん、私たち今年で文化祭も最後ですね。色々大変でしたが、楽しかったですか?」
「楽しかったです!」
アリスが質問を投げかけると、時計ウサギが答えた。
「はい、私も楽しかったです!」
何人か笑っている。
「では、そろそろ閉めますかね。最後に、今日は本当に、ありがとうございました!」
アリスの掛け声とともに、幕がゆっくりと下がっていく。
「ありがとうございましたー!」
最後まで、お礼の言葉が飛び交う。泣いている子が何人か見えた。
深々とお辞儀をしている姿を最後に、幕が落ちる。
気が付くと、体育館内の電気が、ゆっくりと明るくなっていた。
***
「お疲れ様」
「おう」
舞台終了後、俺は舞台裏へ向かった。俺は早速、祐樹に声をかけた。
「カッコよかったぜ。三日月ウサギさん」
「照れるなー」
祐樹が頭を掻く。まだ終わったばかりなので、衣装は着たままだった。
「タキシードなんて着る機会ないから、俺的には貴重だった」
「ホントそうだよな」
俺も祐樹に同意する。そんな会話をしている時だった。
突然、体に衝撃が走った。
「うおっ」
その衝撃で倒れそうになるもなんとか耐える。
「……三河。お疲れ様」
俺は突然抱きついてきたその人物に、そう声をかける。
「うん」
三河が黒いドレスを着たまま、俺に抱きついている。人の目も気にせずに。泣いているのを隠したいのかもしれない。
「よく頑張ったね。綺麗だったよ」
「うん」
三河が一々頷いているのが分かる。
「ちゃんと、見てたから」
「うん」
俺は、三河の頭を優しく撫でてやる。
「三河。俺、そろそろ恥ずかしいんだけど」
「うん」
最後に俺の言葉に頷いて、三河が涙で濡れた顔を上げて、俺に向かって悪戯な笑みを見せた。
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