第24話 ふれてはいけないこと

 水ノ橋家の別荘は、そらもう広かった。庭には池があったし、さすが京都って感じの木造の和風な屋敷だった。


「お嬢様、お待ちしておりました。マルク坊ちゃまも」


 この屋敷の使用人らしき着物姿の女の人が、水ノ橋さんに深々と頭を下げる。


 隣で三河が目を輝かせていた。


「皆さん、そんなに堅苦しくしなくていいですよ。ゆっくりしていってくださいね」


 水ノ橋さんが俺たちにそう言って、優しく微笑む。


 寝室に通された俺たちは、その広さに、更に目を丸くする。


「畳、何枚あるんだよ」


 俺は呟いた。祐樹が俺の横で早速、腰を下ろしていた。


「あれ、荷物って先に送っといたはずだけど」


 祐樹が言うと、女性陣の泊まる部屋に全部運んであると、部屋の障子を指差す使用人。どうやら三河たちの部屋と、障子で仕切られているだけらしい。


 俺はゆっくりと障子を開けた。


「おやおやー。覗きですかー?」


 一番に目に入ったのは、畳の上に座り込んでいる瀬戸先輩だった。


「違うっ。俺たちの荷物もこっちにあるって聞いたから」

「そうですかー。勝手に持って行ってくださいー」


 瀬戸先輩が、そっけなく答える。


「あれ、三河は?」


 俺は、三河が部屋に居ないことに気づく。それどころか、水ノ橋さんも居ない。


「椿ちゃんなら、京菜ちゃんと一緒に、どこかへ行っちゃいましたよー。私一人で暇してたんですよー」


 丁度良かったと、瀬戸先輩は俺を見上げる。


「なになにー。トランプでもやるー?」


 祐樹が突然、俺の後ろからトランプ片手に顔をだす。


「その前に荷物を運べ」

「ほーい」


 俺の言葉に、祐樹は部屋の隅に並べてある荷物の中から、自分の鞄を手にする。


 俺も祐樹の後に続いて、自分の荷物を隣の部屋に運ぶ。


「つーか、気づいたらマルクまで居ないんだけど」

「あ、ホントですねー」


 瀬戸先輩が、俺たちの部屋を覗く。


 俺は仕方ないので、マルクの物と思われる残りの鞄を部屋に運ぶ。


「どこ行ったんだよ、あいつら」


 祐樹が瀬戸先輩に聞く。


「知りませんよー」


 時刻はもう夕方で、外には夕日が沈みかけていた。


「明日はどこか行くのか?」


 祐樹が俺に、尋ねてくる。


「聞いてないのか。水ノ橋さんから」

「何にも」


 祐樹が首を振る。聞いてないって、何でだよ。


「明日は金閣寺ですよー。金閣寺ー」


 いつの間にか、畳の上にトランプが散乱していた。神経衰弱をやるんだそうだ。


「そういえば三河の奴、舞妓を見に行くとか張り切ってなかったか」

「確かにー。見に行ったんですかねぇー」

「三人でか」

「私たち除け者ですねー。少し寂しいですー」


 瀬戸先輩と会話をしながら、カードをめくる祐樹。次は俺の番だ。


「京都に着いて結構すぐここに来たけど、やっぱり出発時間を午前中にしておけば良かったかな」


 俺はしゃべりながら、カードを二枚めくる。出たのはハートのキングとハートのエース。数字が同じカードじゃない。俺はめくったカードを元に戻す。


「別にいいじゃねぇか。明日一日あるし、大したことやるわけじゃないし。結局ただの旅行みたいなもんだろ」


 祐樹が苦笑いする。確かに、気分はただの旅行だ。


「それにしてもー、立派なお屋敷ですねー」


 瀬戸先輩が、しみじみと言う。俺はカードを見ていた顔を上げる。


 この家は広すぎる。これで別荘なんだから、水ノ橋家の本家は、更に広いのか?


「こんなところに一人っきりだったら、寂しくて死んじゃいますねー」


 瀬戸先輩が、カードをめくる。


「……なぁ、俺、金持ちのことはよく分かんないけど、水ノ橋さんって、こんな堅苦しそうな家で、毎日暮らしているんだよな」


 俺の言葉に、祐樹が顔を上げる。瀬戸先輩はカードを揃えたらしく、揃ったカードを回収している。


「どうしたんだよ、浩彦」


 祐樹が俺に向かって、眉をひそめる。


「次は、朽木くんの番ですよー」


 俺は、水ノ橋さんがいつも読んでいる人魚姫の本を思い出す。


 水ノ橋さんは一体どんな思いで、いつもあの部室で一日を過ごしているんだろう。


「水ノ橋さんは、何で一日中ずっと部室にいるんだろう」


「人間誰でも一人でいたい時って、あるじゃないですかー。そういうことですよー」


 俺の疑問に、瀬戸先輩が答える。


 祐樹が揃わなかったカードを見て、肩を落としている。


「でも、寂しくないのかな」


 俺は、カードをめくる流れを止める。


「そんなのあの子の勝手だろ」と祐樹。


「けどさ、授業は良いのか。勉強は?」

「君島くんー?」


 俺の顔を見て、瀬戸先輩が首をかしげている。


「友達だって、作れないじゃっ」

「それがいねーから、居心地悪くて、ずっとあそこに居るんだろ」


 祐樹が、俺の言葉を遮るように溜息交じりでそう言った。


 呆れられても仕方がない。分かっていても言わずにはいられなかった。祐樹たちだってずっと思っていたことだ。


 水ノ橋京菜の異常さ。それに気づいていながらも誰もふれなかった。


「分かりますよねー? もう高校生なんだから、君島くんもー」


 祐樹も瀬戸先輩も、一度めくられたカードの配置を忘れないように、必死にカードを見つめている。


「京菜ちゃんはー、お金持ちのお嬢様なのですよー? 敬遠されるに決まってるじゃないですかー。許婚まで居るわけですしー」


 瀬戸先輩が言った。


「そんなの……」

「可哀相ってか。ならお前どうにかできんの。どうしようもねぇだろ」


 祐樹が、再び俺の言葉を遮る。


 俺は、ゆっくりとカードを二枚めくる。


「あ」


 偶然にも、カードは二枚ともダイヤの3。俺は二枚のカードを自分の隣に置く。


「それにー、京菜ちゃんのお家の事情のこともですよー。口出し無用ですー」


 瀬戸先輩が自身ありげにカードを二枚めくる。カードは二枚とも同じ数字。


「俺たちはそこらへん割り切って、あの子と付き合ってかなきゃならんの。分かった?」


 そんなことは分かっている。分かっているつもりだ。


 でも……。

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