第10話 憂鬱な朝

 気が重かったのは、月曜日からまた始まる学校のことだけだった。


 原因は決まっている。三河椿とその他のことだ。


「部活に行きたくない」


 俺は月曜日の朝、教室でそんなことを祐樹に向かってもらした。


「あー、大丈夫か?」


 祐樹は少し困った顔をして、俺を見る。


 俺は、日曜日のことを祐樹に話した。祐樹は俺にハーレムだなと言ってきた。


「そうでもないだろ」

「ある意味な」


 俺は溜息を吐く。


「でも、嫌な顔しつつも、しっかり着物は持ってくるんだな」


 祐樹がニヤニヤ顔を、俺に向けてくる。


「仕方ないだろ、母さんが持ってけって言うんだから」

「それにしてもだな」

「土曜日のことで、母さんが更にエスカレートしてるんだよ。もうどうにかしてくれよ」


 俺は、机に掛けてある着物が入っている異様に大きな紙袋を、ちらっと見る。


「……おまえな、いい加減気づいてる? その袋のこと、皆不思議に思ってること」


 祐樹が、そう言って、紙袋を指差す。


「知ってる」


 だから余計に困るのだ。聞かれたらなんて言えばいいんだ。


「もうこの際、大々的に発表したほうがいいんじゃないか?」

「それは無理だ! 俺が!」


 俺は顔を赤くして必死でその提案を否定する。


「いやもう。みんな薄々気づいているって。部活のこととか。噂もたってるし。君島は三河の尻に敷かれてるって」


 なんだそれ。恥ずかしすぎて死ぬ。


「とにかく、俺はあいつの弱点を探そうと思う」


 俺は急にまじめな顔を、祐樹に向ける。昨日からずっと考えていたことだった。


「だから祐樹、協力してくれ」

「協力?」


 祐樹が顔をしかめる。


「何でも良いから話してくれ、あいつのことを」

「いや、無理だろ、あいつに弱点なんてものあったら、とっくに利用してるし。前も言ったろう」

「あいつも人間だ、弱点の一つや二つ!」

「無理」


 祐樹は、無理の一点張りだ。俺は諦めるしかないのか?


「俺はその前に、和道部が部活として機能するのかって心配のほうが高いぞ。いくら水ノ橋さんの財力で部活が成り立ってるとは言え、人数が足りないだろ。反感を買うぞ」


 今更だけど、正当な意見だ。


 俺は苦い顔をする。


「うっ。それはほら、三河次第だし」

「お前の世界は三河中心で回ってるのかよ。俺と同じ男なら、しっかりしろ」


 祐樹が俺の頭を軽く小突く。


 俺はうな垂れた。分かっている。これはずるだ。どう考えてもずるだ。それに、水ノ橋さんにも悪い。


「一回がつんと、あいつに言ってやれよ。お前にしかできないことだ」

「どうせ聞き流される」

「その可能性はあるな」


 改めて考えて、俺たちは溜息を吐く。


 三河椿は、自分中心にしか、物事を考えられない女だ。自分の都合のいいように事を動かす。あいつにはその力がある。


「自分が満足できれば、他の奴はどうでもいい、あいつは昔からそういう女だ。諦めろ」


 祐樹にそう言われ、俺は渋々納得した。


「浩彦、一つ思い出したことがある」

「ん?」


 しばらくの間の後、祐樹が神妙な面持ちで俺を見てきた。


「演劇部の話しただろ」

「ああ、かぐや姫の話か?」

「そうだ。実はあのとき、ある事件があって。それが、俺があいつを嫌う理由でもあるんだけど」


 祐樹が、何かを言いたそうにしていたが、言葉が出てこないようで、だんまりを決め込んでしまった。


「ごめん、やっぱやめとく。お前に話すことじゃねぇしな」


 やっと口にした言葉がこれだった。


 教室はある程度ざわついていて、もうすぐホームルームが始まる時刻だった。


 俺は不思議に思いながら、それ以上追及しなかった。言いたくないなら無理に言う必要はないだろう。俺がそうであるように。

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