第3話 冒険者との出会い
生活基盤を整えるのに一週間ほどかかったが、満足いく出来栄えになったからよしとしよう。
浅層と同じように、モンスターへの対応は専ら待ち伏せで対処している。といってもこれだけでは安全が確保できたとは言えない。
モンスターには二種類いて、猛獣以上の力や硬さを持つが所詮は「動物」である奴らと低いながらも知性を持つ奴らがいる。厄介なのは後者で、オーガやコブリンと呼ばれる者たちだ。
彼らは集団で行動するから、数を頼りに攻めて来られると苦戦は免れない。しかし、彼らは「危険」に敏感なのだ。といっても巧妙に隠した罠には引っかかるし、遠距離から弓で脅すと逃げて行く。
幸い夜間は活動しないので、注意を怠らなければ大丈夫だろう。
冬を迎えるまで俺は食料集めを特に意識して日々を過ごす。
結果、初雪が降る頃には春まで暮らせるほどの蓄えを小屋に集積することができた。寒さ対策も万全で、小屋の中には毛皮の布団、外套、靴など全て揃えている。
しかし、問題が全くないわけでもないんだ。持ってきた消耗品が枯渇してきている。毛皮から革を作る為のなめし剤なんかは既に枯渇していたり……。まあ、革に関しては必要な分に加えて予備も作ってはいるけど……。
春になったら、物資を補給しに一度街に戻ることも考慮しないといけないかもしれない。
その場合、金をどうするかだなあ。ここで獲れる牙や鱗、毛皮なんかを持っていけばお金にはなるだろうけど、俺だとまだ気がつかれたくない。
俺が街に戻り姿を現すのは自分の修行が終わった後と決めているのだから……。中途半端な時に自分が街にいると知られたくはないんだ。つまらない拘りだと自分でも分かっているけど、俺に残ったちっぽけなプライドが邪魔をする。
しかし、俺はそれでいいと思っている。それさえ忘れてしまうようなら、俺は俺じゃ無くなってしまうのだから。
冬の間は小屋の周辺を動く以外は遠出せず、春を迎える。
もちろん、トレーススキルを鍛えることは忘れていない。雪が解ける頃に「他者記憶」という新たな能力を獲得した。すぐに試してみたかったけど、生憎……冬の魔の森に人なんているわけがない……。
◆◆◆
随分と暖かくなって来た頃、俺は水場で冒険者らしき二人組を発見した。
二人とも胸の部分だけ覆う皮鎧に厚手のズボンを身に着けた動きやすい服装をしており、一人は剣を、もう一人は弓を持っている。
俺は遠目から声をかけそのまま近寄らず手を振り、武器を降ろして友好的なことをアピールする。すると、彼らも俺と同じように無手のまま両手をあげ警戒心を解く。
「こんにちは。冒険者ですか?」
「おう、一人でとは珍しい。狩りか? それとも採集か?」
気さくに剣を持った冒険者の男が言葉を返す。
見た感じ二十代後半ってところかな。
「森の中で修行しているんですよ」
人恋しさからか俺は馬鹿正直に自分が何をしているのかを二人へぶっちゃけた。
俺の言葉を聞いた彼らは目を見開き、かなり驚いた様子だ。
「生きて行くことはできるだろうが……ここだと酒さえねえぞ。どれくらいここで過ごしているんだ?」
「もうすぐ一年くらいになると思います」
「ほお。そいつはストイックだな……おもしれえ奴だ!」
ガハハハと豪快な笑い声をあげる男。そんな大声を出したら、モンスターが来るって……。
む。
この気配……。だから言わんこっちゃねえ。
「静かに……」
もう一人の長髪の男が口に手をやると背中の弓を引き抜き、矢を手に持つ。
八の字を描くような奇妙な動作をした後、彼は矢を弓に番え狙いを定める……。
「インファリブル・ショット!」
長髪の男が叫ぶ。
すると矢がほんやりとした青白い光を放ち、彼は矢から手を離す。
一直線に矢が飛んでいき、枝と枝の間を抜けて行く。次の瞬間、どさりと何かが落ちる音がした。
「す、すごいですね!」
あの位置から矢を当てるとは、さすが専門の弓職は違うぜ。
枝の上から落ちて来たのはクロヒョウに似たモンスター……フォレストウルフだった。奴は頭を撃ち抜かれてピクリとも動かなくなっている。
「スペシャルムーブを使ったからね。必ず当たるのさ」
髪をかきあげ、ニヤリと口元に笑みを浮かべる長髪の男。
あれがスペシャルムーブなのかあ。初めて見たぞ。剣や弓のスキル持ちは、熟練度があがると特別な必殺技――スペシャルムーブを使えるようになる。その内の一つが先ほど長髪の男が見せた「インファリブル・ショット」ってわけだ。
スキルごとにスペシャルムーブが使えるものと使えないものがあるらしいけど、その辺はよく分からない。
「で、できればまた見せて欲しいです!」
前のめりになって彼にお願いすると、「機会があったらね」とまんざらでもない感じで応えてくれた。
「そろそろ仕事をしなきゃな」
剣を持った男が顎に手をやり、俺へ顔を向ける。
「狩りですか? それとも採集ですか?」
「さっき仕留めたフォレストウルフを三匹仕留めねえといけねえんだ。皮と牙を持って帰る」
「そ、それなら、手伝わせてください」
彼らからもっと情報が欲しい。その思いから食い下がるように言ってしまった。
「目的はなんだ?」
無償で手伝おうとする俺へ男は警戒心を露わにする。
当たり前だよな。森の中で会った怪しい奴がそんなこと言いだしたら普通警戒する。
「お駄賃を頂きたいんですよ」
「ほうほう。いくら欲しいんだ?」
途端に弛緩し笑みを浮かべる男。
「ええっとですね、お二人の技を見せて頂きたいんです」
「技を見せることを報酬とするなら、お前さんにやってもらう事に比べて(俺たちが出す報酬が)少なすぎるな」
「それと……」
「まだあるのか、よっし言ってみろ」
「よければ俺の拠点で休んでくれたらなあって……食事も出しますよ?」
「おいおい、それだと俺たちへの報酬が増えてるじゃねえか」
「いえ、冒険者のお話を聞かせてもらうのも含めてで、どうですか?」
「本当に面白い奴だな。気に入った。手伝いを頼むぜ」
俺がここまでして彼らに拘ったのにはもちろん理由がある。考えが正しければ……彼らから頂く報酬はとてもじゃないが釣り合わないものになるだろう。
もちろん、俺がもらい過ぎって意味でね。
◆◆◆
フォレストウルフの発見なんて余裕余裕。俺はすぐに一匹を発見すると、弓の人へ促す。彼は普通に弓を射って見事にフォレストウルフを仕留めたのだった。
この時の動きはしっかり「記憶」させてもらった……ふふふ。
次に発見したフォレストウルフは地を歩いていたので、剣の人が真正面から切りかかって首を落とす。すげえ。この動きも、先ほどと同じように「記憶」した。
これは練習が捗るぜえ。ニヤニヤがとまらない。
無事目的を達成した二人を小屋まで案内し、仕留めたフォレストウルフの肉に香草を加え蒸し焼きにした。あとは山菜のスープも提供する。
彼らは上機嫌で、持ってきた酒を俺にも振舞ってくれた。
そうそう、剣の男の名前はガフマン。弓の人はアレックスと言うそうだ。俺は本名のウィレムではなく、ストームと名乗ることにした。
彼らから街に俺の噂が流れる可能性もあるし、街に戻ってからも俺は偽名を名乗るつもりなんだ。待っていろ……い、いかん。また黒い気持ちになってきた。
冒険者たちはスネークヘッドの街を拠点にしていても、街の組織とは別の権威で動いている。だから、俺は冒険者相手には今まで通りの俺で接しようと思っている。街に戻ったらそうはいかないかもしれないだろうけど……。
「へええ、ステータスカードって便利なんですね」
俺はガフマンのステータスカードを見せてもらってそう呟いた。
「おう、本人が触れた時だけだけだとか、一番肝心な状態異常が分からないとか難はあるが、無いよりマシだぜ」
「これ、俺にも売ってもらうことってできます?」
「そんな高いもんでもねえが……生憎予備は持ってねえんだよな。アレックス?」
ガフマンがアレックスへ目をやると、彼も左右に首を振った。
そう都合よく手には入らないかあ。街へ行った時の楽しみにしておくとしよう。
「ガフマン、次にここへ来る時にでも持ってきましょうか?」
「そいつはいい。いつになるか分からんが、それでもいいか? ストーム」
「も、もちろんです!」
こ、これは嬉しい。
俺は小屋に入り、溜め込んだ牙や鱗を抱えて彼らの元に戻る。
「こ、これと引き換えでもいいですか?」
「先払いか。お前さん、冒険者の扱いが分かってるじゃねえか」
ガフマンは愉快そうに笑う。アレックスも同じように口元に笑みを浮かべている。
何のことか分からず首を捻る俺の背中をガシガシと叩き、ガフマンが口を開く。
「冒険者ってのは、等価交換を是としているんだぜ。報酬をもらったとあれば、きっちり仕事を果たさねえといけねえ」
「な、なるほど。後払いでもいいですが……」
「本当に面白い奴だなお前は!」
翌朝、約束通り二人のスペシャルムーブを見せてもらって、最初に出会った水場まで来たところで彼らと別れたのだった。
そうそう、二人は俺の蓄えた牙と鱗を持って帰ってくれたんだ。本当に信じていいのか分からないけど、もし彼らが来なかったとしても……その時はその時だ。
牙や鱗はここでの生活に役に立つ物でもないから、痛くも痒くもないからな。
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