第49話 決着
「砂で俺の位置を探るとはやるじゃないか」
声を出すことで
「ククク……凡百どもと同じにしてもらっては困る。俺はファールードなのだからな」
「ふん、何が来ようが押し切ってやる。行くぞ、ファールード!」
様子見はしない。
スペシャルムーブはあと三回使える。
一気に行くぞ!
「
跳ね上がった筋力を使いナイフをファールードに向けて投げる。
このスピードなら手を出すのが間に合わないはず。
対するファールードは俺がナイフを投げた瞬間に鉄の盾を出した。
それくらい余裕でナイフが貫通するぞ。
しかし、奴はナイフが盾に当たり突き抜けるまでの間に鉄の盾を俺のナイフごと「収納」する。
なるほど。そのやり方なら動きが追いつかなくても対応できるか。やはり、やる。この男。
そのまま一気に奴の喉元まで迫ろうかと思った俺であったが、考えを変え奴の出方を待つために足をとめ構える。
何が出る?
来たのは円柱だった。
よし!
「
今度は俺のスピードを強化し、円柱に登る。
そして、腰からもう一本のナイフを抜き、投擲!
迫るナイフは通常の筋力で放たれたものだから、奴は余裕を持って収納。
ここまでは予想通り。
続いて、地面に風を切る音を立てて落ちてきた円柱を掴む。
「
円柱を持ちファールードへ向けて駆けながら、狙いを定めず円柱を放り投げる。
円柱はファールードへ向かっていなかったが「インファリブルショット」の効果で奴の頭へ向かうルートへ軌道が修正される。
「何度やっても同じだ! 『収納』」
ニヤリと笑みを浮かべて得意げに円柱をかき消したファールード。
しかし、奴の顔が曇る。
もう遅い。それはおとりだ。
スペシャルムーブの連続使用であの攻撃が真打で最後の決め手だと思っただろう?
ところがどっこい、あれは俺がファールードの懐へもぐりこむためのデコイ。
ファールードの目前にまで迫った俺は、トップスピードのまま拳を下から上へと振り上げ奴の顎を打ち上げた。
「ぐ、ぐうう」
綺麗な放物線を描き吹き飛ぶファールードを追う。
奴が地面にもんどりうって落ちた後、俺は奴へ馬乗りになり拳を構えた。
「これで詰みだな。ファールード」
「この俺に二度までも土をつけるとはな……ククク」
この期に及んでも余裕ある態度を崩さないファールードへある意味恐れ入る。
「負けを認めろ。俺がこの拳を振り下ろせばお前の頭はザクロになる」
「……仕方あるまい。今回は負けを認よう」
「……随分潔いじゃないか。驚いたぞ」
「ふん。事実は事実として受け止める。それでこそ天才なのだ……ククク」
ファールードから体を離し、立ち上がる。
紙一重の戦いだった……あそこで奴が円柱ではなくあれを出してたら……。
ファールードが出した水を被った地面をチラリと見やる。地面はあの液体によって未だに煙を上げていた。
確かに「今回は」勝つことができた。しかし、次回があるとしたら勝負はどうなるか分からない。
今回俺が勝てたのは、戦いの経験の差だろう。ファールードは二ヶ月間修行をし、レベルを上げたんだろうけど強化された肉体での戦闘経験は皆無に違いない。
彼は天才である。だから、ぶっつけ本番でも十二分に体とスキルを動かすことができた。しかし、極限レベルとなると経験の差が出たってわけだ。
「勝負はこれで終わりだ!」
集まった全員に聞こえるよう大声を張り上げ宣言する。
「ストーム殿」
「ストームさん」
左右から千鳥とエステルが俺へ抱き着いて来た。
二人の頭をそれぞれの手で撫で、微笑みかける。
「大丈夫だっただろ?」
エステルは俺に張り付いたままうんうん頷くだけだが、千鳥はそうではなかった。
「ストーム殿……」
「そうだな。ファールードは強かった」
千鳥は俺とファールードの差がそれほどなかったことを肌で感じていたのだろう。だから、何か言いたげな顔で俺を見上げている。
しかし、すぐに彼は俺から体を離し、
「そうでござるよね。勝てた。それでいいです」
と笑顔を見せるのだった。
「まさか旦那が敗れるとは。ビックリだよお」
ファールードへ手をかし、彼を引き上げながらヨシ・タツが俺へ目を向ける。
「経験の差だ。修行でもして出直してこい」
偉そうに彼らへ言い返したのはいいけど、強がっているだけだ……。
ファールードを殴り飛ばすって目的は達したし、もうこいつとはやりあいたくないってのが本音……。
しっかし、立ち上がったファールードの目を見ていると、無駄に優れた頭脳を使ってまた俺と決戦できる舞台を作り上げそうだよ。
様子を見ていると、ヨシ・タツに導かれ尊大な態度を崩さぬままファールードは俺と向い合せに立つ。
「ウィレム。今回はこれで終わりだ」
「そうだな。契約は履行しろよ」
自分で念を押すように述べたが、ファールードは約束を違えることは有り得ない。
彼が権力を失うことがあれば話は変わるが……彼自身、全力で俺との契約を履行するはずだ。
それが彼が彼であるためのプライドなのだから。
「誰に言っている? お前とは違うのだ。俺は負けたからといってお前みたいに女々しく街を出たりしない」
「こ、こいつ……」
「ククク……冗談だ。一つ言っておく。俺はお前が街を出るほどに追いやったことを後悔もしていないし、謝罪する気もない」
「そうだろうな……」
これがファールード。むしろこいつの思考なら、俺にやったことを感謝しろとさえ思っているかもしれない。
ファールードと俺は相容れない。
だが、それでいい。いや、それがいい。
俺はファールードへ完全に復讐を果たしたと言えるのだろうか?
こいつからされたこと以上の利益を得たことは確かだし、直接対決で打ち負かしもした。
しかし、ファールードの気持ちをへし折ることもできなかったし、彼の命を奪うことも同様に達成していない。
いや、俺は成し遂げた。
元々俺が持っていたモノからすれば、遥かに多くのモノを得ることができたのだから……。
「じゃあな。ファールード」
右手をあげ、踵を返す。奴の顔は見ない。
「ククク……楽しみに待っていろ……」
何か言っているが聞こえない。聞こえないからな。
ファールードが今どんな表情をしているのか想像できてとても嫌だ。
その気持ちを振り払うように首を振ると、千鳥とエステルと共に村雲たちが待つ場所までゆっくりと歩いて行く。
身一つで街に戻って来た俺は、街へ確固たる勢力圏を築き上げることに成功する。
五番倉庫の売上も好調だし、次は書写本の改革へ乗り出そうと思う。いつまでも俺だけができるってのじゃあ困るからな。
書写本を俺以外の手を使って量産化する案はあるんだ。
書写本以外にも商売を拡大していき、そう遠くないうちに「商会」を立ち上げよう。
まだ見ぬ未来へ向けて俺はニヤリと口元を綻ばせる。
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