第23話 獅子奮迅

 力を込めすぎたようで、グラハムがスレッジハンマーから手を離してしまい壁に激突してカエルが潰れたような声を出した。


「まだやるか?」


 グラハムから目を離し、俺は及び腰になったまま立ち尽くしている手下どもを睨みつける。

 睨まれた彼らは、ブルブルと首を左右に振って武器を床へ投げすてた。

 

「千鳥、エステルを降ろしてやってくれ」

「了解でござる」


 千鳥の声と共に彼の姿が現れ、エステルの脚を丁寧に床へ降ろす。

 自然と彼とエステルは俺の両脇に立ち、対するは武器を捨てた手下ども、気絶している手下ども……床に転がってうめき声をあげるグラハムってところだな。

 

 俺は手下どもを威嚇しつつ、一歩前に出る。

 彼らは俺の動きに合わせるように後ずさり、体を震わせた。

 

 ゆっくりと一歩、また一歩進み……痛みから頭を両手で押さえたまま、まだ立ち上がれないグラハムの前に立つ。


「グラハム。どうする? まだやるか?」

「ぐ、ぐうう。この場は引かせてもらう……覚えていろよ、ストーム。俺たちに立てついたらどうなるのかを!」

「えらく強気だな。俺がこのままお前の頭を踏みつけたらどうなるかとか想像がつかないのか?」

「ッチ!」


 目の前に命の危機が迫っているというのに、偉そうな態度を崩さないグラハムに感心する。

 下種なことには間違いないが、その精神力は立派だと思う。手下の手前、引くに引けないのかもしれないけど、普通の者なら尻尾を巻いて一目散に逃げようとするところだ。

 

 このまま立ち去ってもいいが、それだとおもしろくない。

 そうだな……。

 

「ふん。おい、そこのお前!」

「へ、へい。あっしですか?」

「そうだ。そこのモヒカンのお前だ。ここの権利書を取ってこい」

「え、いや……」

「はやくしろ!」


 俺に呼ばれた手下のモヒカン頭は、俺とグラハムの顔を交互に見て固まってしまう。

 しかし、俺が再度睨みつけると逃げるように間仕切りの奥に姿を消し、すぐに冊子を持って戻って来た。

 

「こ、これです」


 どうやら間抜けなことに、ここに大事な大事な倉庫の所有権を記した書類を置いていたらしい。

 本当にこいつら荒事を専門にしているのか? 不用心過ぎる。

 

 手下から冊子を受け取り、中を改めたらこれは確かに「第五倉庫の権利書」だった。

 置いているだけじゃなく、馬鹿正直に本物を持ってくるとか……逆に疑ってしまうぞ。

 

「グラハム。俺への迷惑料だ。これで手打ちってことにしようじゃないか。どうだ?」

「……勝手にしろ! そんなものくれてやる」


 グラハムは怒りのせいか勢いよく立ち上がるものの、頭がふらつき倒れそうになる。

 すかさず、先ほどのモヒカン頭が彼の肩を支えた。

 

「ふむ……」


 献身的にボスを支えるモヒカン頭。

 他の連中はどうかというと……固まったまま何もしようとしない。

 

「おい、モヒカン頭」

「な、なんでい? これで手打ちじゃあ……」


 俺はにこやかにほほ笑むと、彼の空いた方の手を掴む。

 

「モヒカン頭、名前は?」

「ヨシ・タツ……」

「そうか、ヨシ・タツ。俺に雇われないか? 今の倍を出そう」

「……馬鹿なこと言ってんじゃねえよお。俺は『クラーケン』だぞ。あんたと敵対する者なんだよお!」


 フンと鼻息荒く、俺の手を払いのけるとヨシ・タツはグラハムに肩をかしたまま背を向ける。

 

「お頭、行きましょうぜ」

「……ああ。ストーム。お前の名は忘れねえ!」


 最後まで憎まれ口を叩き、グラハムと手下どもは倉庫から出て行ったのだった。

 

 倉庫からクラーケン一味の気配が消えたところで、俺は膝を少しかがめエステルと目線を合わせる。

 

「エステル、ごめんな。怖い思いさせて」

「い、いえ。すぐに助けに来てくださいましたし……それに……」

「ん?」

「……い、いえ……何でもありません」

「そうか」


 何故か頬を赤らめるエステルから目を離し、今度は千鳥へ顔を向ける。

 

「千鳥。助かった。絶妙のタイミングだったよ」

「いえ、ストーム殿の獅子奮迅のご活躍。胸がおどりましたぞ」

「いやいや」

「……か、カッコよかったです!」


 照れる俺へエステルが口を挟む。

 声が余りに大きかったので思わず振り向くと、彼女はプスプスと湯気が出そうなほど真っ赤になってプイっと俺から顔を逸らしてしまった。

 

「帰ろうか」

「はい!」

「了解でござる」


 倉庫は俺が大暴れしたことで、机と椅子があっちこっちに倒れ荒れに荒れていたけど、今のところ使う予定もないしそのままでいいだろ。

 奴らから拠点の一つを奪い取るってことが目的だったし、利用する時にまた掃除すればいいかな。

 

 ◆◆◆

 

 ついて来ようとする千鳥に父親のことを見るように言い聞かせて、彼とは途中で別れる。

 そんなわけで、俺はエステルと一緒に宿に戻って来たのだった。

 

 宿に入った途端、エステルの顔を見た彼女の父親が物凄い勢いで駆けてきて彼女を強く抱きしめる。

 

「エステル、よかった無事で」

「心配かけてごめんね。お父さん」


 抱き合う二人の様子を眺めていると、エステルの父親の方から体を離し俺へ向き直った。


「ありがとうございます。ストームさん」

「いえ、元を辿れば俺に関わったことではじまったことですし。すいませんでした」


 お互いに頭を下げ、エステルの父親が頭をあげようとしないので、俺もそのままの体勢で……。

 むう。謝る側の俺が先に頭をあげてなるものか。

 

「お父さん、ストームさん、いい加減頭をあげてください」


 見かねたエステルが父親の肩に手を添えた。

 そこでようやく彼が頭をあげたので、彼の気持ちを汲もうと俺も彼と同時になるように頭をあげる。

 

「ストームさん、お父さん。私は無事でしたので、このことはもう……」

「そうだな。エステル」

「いや……でも」


 エステルの言葉に納得するように頷く彼女の父親と口ごもる俺。


「いえ、ストームさん。うちは冒険者相手の商売をしております。冒険者はお世辞にもお上品な人たちとは言えません」

「分かりました」


 エステルの父親の言わんとしていることが理解できた。

 荒くれどもが客層だから、「クラーケン」じゃないにしても何らかのトラブルに巻き込まれることは覚悟しているってことかな。だから、無事帰ってきたので良しとしたいってことか。

 彼の気遣いも多分に含まれているだろうが、彼自身が今回の事件を不問にすると言っているのだ。俺にとって都合のいい話じゃあないか。

 

 うん、今回はこれでよかった。そこは俺も納得だ。

 しかし、「クラーケン」の奴らは必ずまた仕掛けてくる。奴らは俺に直接手を出してくることはもうないだろう。俺の強さを理解しただろうから……。

 となったらやはり、エステルが一番危険なんだよな……。何とかしたい。どうすればいいだろう。

 

「では、今日のところは部屋に戻ります。何かあればすぐに呼んでください」

「はい。改めて……ありがとうございました!」

「ありがとうございます」


 二人から礼をまたしても言われ、照れた顔を隠すためにペコリと礼をし、そのままクルリと彼らから背を向け部屋に向かう。

 

 いろいろなことが一気に起こり過ぎた。部屋でゆっくりと整理するとしようか。

 俺は部屋に向かう階段を登りながら、ほうと息を吐き出すのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る