第22話 五番倉庫
背中に背負うような目立つ武器は避け、腰からさげたナイフだけの装備で宿の外に出る。
服装は先ほどのまま。その方が奴らの監視役も発見しやすいだろうから。
歩く速度はいつも通り、堂々と道の真ん中を進んでいく。
地図は頭に入っているから、迷うことはなく倉庫が立ち並ぶ通路まで到着した。
港には倉庫が並んでいる場所があり、荷運び時代はここへ荷物を運んだり、運び出したりをよくやったものだ。
倉庫はどれも長方形の平屋になっていて、扉はなくポッカリと空いた入口は、荷物が通しやすいように高さが三メートル、横幅は十メートルくらいある。
また、倉庫自体の大きさは横三十メートル、縦百メートルといったところか。材質は全て木製。
倉庫は同じような形をしているから、それぞれに番号がつけられており、俺が向かうのは「五番」の倉庫だ。
通路に沿って倉庫に掲げられた番号も一から順に増えて行く。
二、三、四……五番が見えて来た。
五番の倉庫の入り口には、ガラの悪い男が二人長槍を構えてたっていた。
衛兵のつもりだろうか、こんな狭いところで長槍だと取り回しが悪く下手したら素手より役に立たない。
俺にとっては好都合だけどな。
「ストームだ。エステルを返してもらいにきた」
レストランで注文をするかのごとく、軽い感じで門番の男たちへ声をかける。
俺の名を聞いた男たちへ緊張が走り、二人揃ってこちらに体を向け右側の男が応じた。
「ストーム……その名は聞いている」
「とっとと案内しろ」
「お前がストームかどうか分からない。冒険者カードを見せてもらおうか」
何言ってんだ、こいつら。
彼らの意味のない子芝居に笑いがこみ上げてくる。
「茶番はいい。俺の人相は知ってんだろ? とっとと案内しろ」
「言わせておけば! お前、自分の立場が分かってるのか!」
男達は一歩前に進み、槍を構えた。
立場ね……。
対する俺は右ひざを沈みこませ、右側の男のみぞおちに一発拳を入れ、続けざまにナイフを抜き放つ。
もんどりうって倒れる男に気を取られる左側の男の首筋にナイフを突きつけ、優しく言葉をかける。
「俺が冒険者ランクAってことも知っているんだろ? あまりに不用心過ぎないか?」
「ぐ、ぐぐ」
「とっとと案内しろ」
男にナイフを突きつけたまま、彼と共に五番倉庫の中へと進む。
◆◆◆
中はガランとしていて、奥の方に一か所間仕切りがあるだけで他に遮るものはなにもなかった。
俺の良く知る倉庫と同じような作りだな。奥の間仕切りは机と椅子を置けるだけの小さな部屋になっていて、荷物の管理をする責任者が詰めている場所になっているんだ。
責任者はそこで在庫の数を管理し、どれだけ荷物を出して、どれだけの荷物を運び入れるのかなどの書類仕事をしている。
しかし、この五番倉庫には積荷の類は一切なく、門番と同じようなガラの悪い男達が休めるよう大きなテーブルと十以上の椅子が倉庫の端に並んでいた。
左右を見渡し確認したところ、男達の数は二十ってとこか。
エステルの姿は……無い。
外の喧騒を聞いていたのだろう、男達は浮足立った様子で俺へ睨みを聞かせている。
しかし、どいつも腰が引けていてまともに戦えそうには見えなかった。
「エステルを出せ」
声を張り上げ倉庫全体に聞こえるように言ってみるものの、誰からも反応がない。
仕方ねえ。何も言わないっていうのなら……。
俺はナイフを突きつけた男を後ろから蹴り飛ばし、前を向く。
その時――。
パンパンパンと手をゆっくりと叩く音が間仕切りの奥から聞こえてきて、男達は倉庫の右端へ走って移動すると順に並ぶように整列した。
手を叩きながら、奥からスキンヘッドの男が出てくると、男達が一斉に頭を下げる。
それに対しスキンヘッドは
「ストーム。待っていたぞ」
「……」
あのスキンヘッドは……やはり俺の思っていた通りグラハムだ!
三年経つが相変わらずにやついた嫌らしい顔は変わっていないみたいだな。
「どうした? ストーム? 震えているのか?」
「すまんな。エステルはどこだ?」
ああ、震えているさ。お前を前にしてな……。
武者震いする手を押しとどめ、心の中の激情を抑え平静を装う。
目的を忘れるな。目的はグラハムをとっちめることではない。エステルを救うことだ。
「まずはお前の書写の秘密を教えてもらおうか」
「ダメだ。エステルを先に見せろ。ちゃんと無事なんだろうな?」
「ふん。傷一つつけちゃいないさ。グハハ。おい」
グラハムが顎で示すと、手下の一人が間仕切りの奥へ入っていく。
すぐに両側を男達にガシッと固められた体勢でエステルが引き出されてきた。
彼女はご丁寧に両手を縄で繋がれている。
「エステル」
俺の声に気が付いたエステルは顔をあげぱああっと笑顔になる。
しかし、俺は見逃さなかった。彼女の頬についた涙の跡を。
「ストームさん!」
「無事でよかった。エステル」
彼女へ向かって一歩前に進む。
「おっと、エステルの無事は確認できたな。無事に返して欲しけりゃ、話せ」
「グラハム……」
「お、俺の名を聞いたのか。ああ、あの間抜けなニンジャマスターの親子からか。あいつらにも近く……グハハ」
「グラハム。俺の周囲から手を引け。今なら何もせずエステルを連れて帰るだけにしてやる」
感情の昂りが爆発しそうだ。
ここに来て、こんなことを言ってしまう俺は自分でも甘すぎると思う。こいつらに手加減は必要ないと黒い何かが俺の中で呟く。
「何言ってんだ? お前? エステルは俺の手の中だ」
肩を竦め、スタスタとエステルの目前まで歩いたグラハムは、腰のナイフを引き抜き彼女の首筋へ刃を当てる。
更に奴はナイフの腹をピタピタとエステルの首に……。
「グラハム……いいんだな……それで……」
低い声で彼へ最後の忠告を告げる。
これ以上はない。これで最後だ。
「とっとと話せ! 俺の手元が狂わねえうちにな。グハハ」
「分かった。もういい……千鳥!」
「何?」
グラハムは驚いたように左右を見渡すが、もちろん千鳥の姿なんて見えない。
しかし、俺には気配で分かる。彼が今どこにいるのかをな。
「グッ……」
グラハムのナイフが見えない何かに叩き落される。
「きゃ!」
エステルが宙に浮き、姫抱きされた姿勢のまま動き始めた。
「ま、まさか……『
「そうだよ。何ら対策をしていなかったから呆れてしまう。お前らは俺たちを舐め過ぎだ」
「ち、ちいい。こいつをやってしまえ!」
グラハムはゆでだこのように顔を真っ赤にして叫ぶ。
彼の命令に反応した手下どもが一斉に俺へ向かってくるが、こんな奴ら敵にもならねえ。
左右の拳を振るうと、手下の二人が右と左の壁へ向かって吹き飛んでいく。壁に激突した二人は泡を吹いて動かなくなった。
怯む男達へ容赦せず、次から次へと蹴り上げ、殴り、掌底で打ち上げる。
「スマッシュ!」
手下どもに当たるのも構わず、グラハムがいつの間にか用意したスレッジハンマーを振り下ろしてきた。
余りに遅い動きにあくびが出そうになるが、ここは……そうだな。
俺は手をクロスさせ、トレーススキルを発動。
「流水!」
スレッジハンマーを頭で受け、ニヤリとグラハムへ笑みを向ける。
「こ、こいつ……モンクか!」
「さあどうかな……」
驚くグラハムに対し、俺は奴のスレッジハンマーの尖端を掴むと力一杯そいつを引っ張った。
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