第21話 手紙

 封を切り手紙の中身を改める。どれどれ……。

 

『冒険者ストームへ

 エステルという小娘は預かった。帰してほしくば、一人で倉庫まで来い。

 お前の持つ書写本作成の技術と交換だ。

 クラーケン』

 

 エステルが攫われただと!

 千鳥が戻ってこないことから、クラーケンの奴らは俺へ暴力や諜報で当たることを諦めたのだろう。

 そこで考えたのが絡め手。俺から書写本の秘密を喋らせること。

 親しい人をさらい、脅す。

 俺がストームとしてこの街へ来てからの人間関係を洗ったのだろう。おそらくエステルと食事に行ったことなんかも奴らは調査したはず。

 迂闊うかつだった……。

 自分の間抜けさに激しい怒りが湧いてくると同時に、胸の奥から黒い何かが俺を包み込んでいく……。


「あんたと関わらなければ……エステ」

「ふふふ。はは、ははははははははは」


 エステルの父親の声へ被せるように、俺の口から笑い声が出てくる。


「ひ、ひぃい」

「ははは。すまない、エステルの父さん……」


 俺は尻餅をついてしまった彼に手を差し伸べた。

 対する彼はお尻を床につけたまま後ずさり、怯えたような声を出すばかり。

 

 しかし、そんなエステルの父親の態度を見ても、俺の笑いは止まらない。


「ははははは! いいぜ。実にいい! なあ、千鳥」


 笑う。嗤う。


「ストーム殿?」


 ただごとではない俺の様子を感じ取ったであろう千鳥が眉をひそめ、俺の名を呼ぶ。


「汚い、実にやり方が汚い。しかし、こうでなくては俺の決心も揺らぐというものだ!」

「ストーム殿!」


 アウストラ商会よ。そしてクラーケン。

 お前らは分かりやすい。本当にな。


 く、くはは。

 愉快だ。

 実に愉快。


「心置きなく……潰せるってもんだ」

「ストーム殿!」


 千鳥が後ろから俺に抱きつき、ゆさゆさと体を揺すってくる。


「正気さ、千鳥……俺は、く、くくく」


 笑いが止まらねえ。


「ニンジュツ・『水遁すいとん』」


 バシャーと頭の上からバケツを三つほどひっくり返した水が落ちてきて、全身がびしょ濡れになる。


「あ……俺は……」

「ストーム殿。正気になられましたか?」


 俺と一緒にずぶ濡れになった千鳥は、髪の毛から水を滴らせながら、俺に問いかける。

 彼はそのまま俺の前に回り込み、上目遣いでじっと俺の顔を見つめた。大丈夫、大丈夫だからと言わんばかりに。


「落ち着いたよ。ありがとう、千鳥」

「いえ。して、何が書いてあるのです?」


 俺は千鳥へ手紙を手渡す。

 手紙を読み始めた彼の顔がどんどん曇って行く……。

 

「エステル殿とは?」

「この宿の受付にいつもいた緑の髪をした女の子だよ」

「……拙者が……逃げ出したばかりに……」

「それは違う。これは俺を狙ったものだ。書写本の利権に加え、千鳥と村雲を自陣に加えた俺のな」


 千鳥が手紙を俺の手に戻すが、俺はそのまま手紙をくしゃっと握りつぶす。

 

「千鳥……街を出る前に聞こうと思っていたことがある。村雲さんが完治してから聞こうと思ったんだけど……」

「何でござるか?」

「『クラーケン』のボスの名前と特徴を教えてくれ」

「名前はグラハム。筋骨隆々とした大柄な三十代前半の男です」

「ほう……スキンヘッドで浅黒い肌の?」

「はい。お知り合いでござるか?」

「おそらくな……」


 最高だ。最高だよ。

 ここで相まみえるとはな。グラハム。その名を忘れてはいないぞ。

 ファールードの隣にいたあいつだ。

 

 相変わらず、圧力と脅しをモットーとしているようで何よりだ。実に好ましい。

 いいぜ、正面から行ってやるよ。

 

「千鳥、ついてきてもらえないか?」

「もちろんです! 無理にでもついていくつもりでした」

「作戦がある。聞いてくれ」

「はい!」


 俺は千鳥へ作戦の内容を伝えると、彼は納得したように頷きを返す。

 その前に、確かめておかねばならないことがある。とても大事なことだ。

 

「エステルのお父さん、エステルをすぐに取り戻してきます。俺のせいですいませんでした」

「あ、ああ……」

「一つ、教えてもらえますか?」

「な、なんだ?」

「エステルが攫われたのはいつですか?」

「今日の昼だ」

「なるほど……作戦会議をしたいので、先に部屋の鍵をもらってもいいですか?」

「わ、分かった」


 ペコリとお辞儀をして、未だ腰を抜かしたままのエステルの父親を残し、千鳥と一緒に部屋へ向かう。

 

 ◆◆◆

 

 部屋の扉を閉め、俺は椅子に千鳥はベッドへ腰かける。

 

「作戦でしたら、道中でもよろしかったのではござらんか?」

「いや、それじゃあダメだ」


 千鳥に目を向け、俺の考えを彼に伝える。


「エステルが攫われたのは、『今日の昼』。ここまではいいか?」

「はい」

「俺たちがスネークヘッドの街へ戻ってきたのも『今日の昼』」

「な、なるほど!」


 千鳥も予想がついた様子だな。

 クラーケンの奴らは俺たちが戻るのを待ち構えていた。おそらく、魔術師ギルドの門の前で手下どもが張っていたに違いない。

 その後は、簡単だ。俺と千鳥の恰好は目立つし、街を歩くとそれなりに注目される。監視されているとは思わない俺たちがどこにいるのか奴らにずっと見られていたってことだ。

 街に戻りさえすれば、俺が宿に戻らずともエステルを誘拐したことを伝えるに容易い。

 

 なら、どうして今日攫ったのかってところも簡単に予測がつく。

 俺が反応するまでに数日かかった場合、エステルの父親が冒険者ギルドを頼る可能性があるからだ。冒険者ギルドは依頼を受けると動く。

 街中の人探しなら、モンスターを相手取るより危険性は少ないから乗ってくる冒険者も多いだろう。

 アウストラ商会としては、冒険者にしゃしゃり出られるのことを嫌うはず。

 何故なら、アウストラ商会の力が及ばぬ冒険者ギルドへ、街のことになるべく関わらせたくないから。まして自分たちの弱みを見せるなどもってのほかだ。

 

 だから、攫ったらエステルの父親が「俺をまだ待っている間」に俺へ「事件」を伝えることが望ましい。


「ストーム殿?」


 千鳥が思考を遮るように俺の名を呼ぶ。


「あ、ごめん。自分の考えをまとめるのに集中していた」

「そうでござったか。しかし、この部屋も監視されている危険性があるのでは?」

「大丈夫だ。例え『隠遁ステルス』であっても、俺をあざむけないのは千鳥も知っているだろう?」

「確かに。多数の人の中に紛れるのならともかく……でござるな」


 千鳥は納得したようにポンと手を打つ。

 彼の言う通り、「木を隠すなら森の中」で来られるとこちらとしても感知のしようがない。誰が下手人か分からないからな。

 しかし、忍び込まれるのなら、すぐに分かる。

 だからこそ、部屋で作戦会議をしようと千鳥を誘ったのだ。

 

「千鳥、作戦は実に単純だ」

「はい」

「俺はこのまま『倉庫』に向かう。千鳥はここで『隠遁ステルス』をしてから俺の後をついてきてくれ」

「さすがストーム殿! それでしたら拙者がいることは相手には分かりませぬな」

「奴らは『一人で来い』と書いてたから、一応、守ってやろうじゃないか」


 見える範囲ではな。

 

「じゃあ、千鳥、先に出る」

「了解でござる。拙者は窓からでいいですか?」


 俺は彼へ頷きを返す。

 さあ、倉庫に向かうとしようか。すぐに助けるからな。エステル。

 

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