第20話 戻ったら……
拠点の洞窟に戻る。
夜までにはまだ時間があり、夕焼け空までもう少しといったところか。
かまどから煙が上がっていたけど、千鳥の姿を確認できなかった。
なら、洞窟の中かなと思って見てみたけど……いない。
「千鳥……どこだ?」
まさか、モンスターに?
さああと俺の頭から血の気が引いていく。
荷物と捻れた槍を床に置き身軽になると、腰の翅刃のナイフの柄を一度撫で外へと飛び出す。
「千鳥ー!」
左右を見渡してみるが、彼の姿はやはりない。
かまどを覗き込んだところ、薪の燃え具合から判断するに火をつけてからあまり時間は経ってないように思える。
先にかまどを見りゃよかったと、ほっと息を吐きながら水場に向かった。
彼はおそらく水を汲みに行ったんだと思う。
お、やはり。いたいた。
ちょうど水浴びをしているみたいで、千鳥の後ろ姿がここから確認できる。
なんか中途半端に脱いでるな、あいつ。上半身だけは裸でズボンは履いたままだぞ。
「千鳥! 戻ったぞ!」
「ス、ストーム殿!?」
後ろ姿のまま激しく動揺した千鳥は、その場でしゃがみこみ耳が真っ赤になっている。
「
千鳥の姿が消えた。
「千鳥、モンスターの気配は無い。大丈夫だ」
しかし、彼からの応答は無い。
気配からそこにいるのは分かっているけど……なかなか出てこないな。
「ストーム殿、エルダートレントは?」
声とともに千鳥の姿が現れる。
彼は急いで服を着ていたらしく、黒装束の袖が乱れているぞ……。
すました顔をしているつもりだろうけど、口元が引きつっているからバレバレなんだが、知らないフリをしよう。
「討伐してきたぞ。これが木の実だ」
「お、おおお。同じモンスターランクSでもスワンプドラゴンとかなり実力に開きがあると聞きます……さすがストーム殿」
「あ、うん」
手放しに褒められて悪い気はしないけど、照れる。
俺は誤魔化すように頭をカリカリとかき、千鳥から目を逸らす。
「し、して」
「ん?」
千鳥が身を乗り出し、キラキラした目で見つめて来た。
あ、ああ。なるほど。
「戦いの様子を知りたいのか?」
「そうでござる! 是非是非」
「じゃ、じゃあ、夕飯の準備をしながら話そうか」
「はい!」
◆◆◆
塩をふって焼いただけの肉が刺さった串を食べているところで、俺は千鳥へ戦闘の経過を語り終えた。
「なるほど……紙一重だったのでござるな」
「ああ、あいつとやる時はひやひやもんだよ」
「てっきり、『流水』を使い、駆けよって必中の距離で『超筋力』かと思っていたのですが」
「なるほどな。でも、それだと……」
千鳥に「流水」について話しをするべきか迷ったけど、「流水」はモンクのスキル持ちなら使えるものだし調べればすぐ分かる。
それに、千鳥のことは信用したいという思いがあるんだ。誰も彼も信用も信頼もできないんじゃ、息苦しいし……。もし、手のひらを返されても、その時はその時。
信じることに溺れて破滅するなら、本望……。何もかもをシャットアウトするより余程俺にあっている。
「千鳥、『流水』はどれほど強力な攻撃であっても無効化できるんだ」
「スワンプドラゴンのブレスでさえ、跳ねのけたでござる!」
「うん、でもな、『流水』の効果は一度きり。これで分かるか?」
千鳥は俺の言葉で理解したようで、ポンと手を叩き「なるほど」と呟いた。
「エルダートレントと『流水』は相性が最悪でござるな」
「うん。だから、離れたところから正確に狙いを定める『インファリブルショット』と確実にコアを撃ち抜くための『超筋力』なんだ」
エルダートレントの脅威はこちらの対応能力を超える波状攻撃にある。流水だと一度きりしか攻撃を防御できないので、使えない。
「ストーム殿は多彩な攻撃手段だけでなく、確かな戦略眼もお持ちでござるなあ」
「俺の強みは『スペシャルムーブ』だからな。強力だが、使いどころを考えないとすぐにSPが切れる」
この後、千鳥と戦い方についていろいろ話をして、就寝したのだった。
◆◆◆
――魔術師ギルド
そんなわけで、素材を持って魔術師ギルドへ千鳥と共に戻って来た。
すぐににゃんこ先生へ取り次いでもらい、千鳥の父である村雲が寝かされているベッドまで足を運ぶ。
彼は以前見た時と同じで、蒼白な顔をしており息は荒く決して状態が良いとは言えない感じだった。
しかし、千鳥の顔を見ると村雲は笑みを浮かべ、千鳥の頭を撫でる。
「かたじけない。ストーム殿。この御恩は必ずや……」
言ったところで咳込む村雲。彼の背中を撫でる千鳥。
「喋ると体に障ります。きっと良くなるはずですから、安静にしておいてください」
村雲の手をギュッと握りしめ彼と目を合わすと、彼も頷きを返してくれた。
これだけでいい。それだけで、俺に彼の思いは伝わったから。
きっと彼は元気になってくれる。その強い意志を感じた。
ガチャリ――。
その時、扉が開く音がしてにゃんこ先生が姿を見せる。
「ストームくん、あとは任せたまえ。薬はワオンが現在調合中だ」
にゃんこ先生は耳をピンと張り、俺の肩をポンと叩く。
「分かりました。費用が必要でしたら言ってください」
「そ、それは拙者が支払います故……」
俺の言葉を聞いた千鳥が立ち上がり、かぶりを振る。
「ストームくん、君には書写本でお世話になっているからね。それに素材もとってきてくれたことだし、費用は必要ないよ」
にゃんこ先生はゴロゴロと喉を鳴らし、ご機嫌そうに笑う。
くうう、俺も喉をナデナデしてゴロゴロと鳴らさせたい。
……ハッ。俺は一体何を……。
「では、明日また来ます。ミャア教授、ワオン教授によろしくお伝えください」
にゃんこ先生へ会釈をして、村雲へ目配せをする。
「ストーム殿、あの宿に泊まるのですか?」
千鳥が俺を見上げ、問いかけてきた。
「うん、そのつもりだよ。空いてたらいいけど」
「なら、宿までお送りするでござる!」
「村雲さんについててくれてもいいんだぞ」
「いえ、せめてお送りさせてください! その後すぐにここへ戻ってきます故」
「分かった」
ようやく一仕事が終わった俺は、千鳥と一緒にいつもの宿へ向かう。
この時まで俺は「久しぶりにベッドでゆっくり寝ることができるなあ」とか「今晩は酒を飲むか」なんて呑気なことを考えていた。
しかし、事態は急展開を迎える。
◆◆◆
宿の受付にエステルの姿はなく、代わりに四十代半ばほどの緑の髭を蓄えた男が立っていた。
この男……目に力が無く、どこか
何かあったのかな。
「こんばんは。宿に一泊とまりたいんですが」
「お二人ですか? 空き室はございます」
「いえ、一人です」
「お一人でも大丈夫です。ここに名前をお書きください」
宿帳に名前を記入し、男がそれを確認した途端、彼の顔がみるみるうちにゆでだこのように真っ赤になる。
「あ、あんたがストームか! よ、よくも、うちの娘を!」
掴みかからん勢いで、男が俺を睨みつけてきた。
「落ち着いてください。何があったんですか?」
「娘が、エステルが攫われたんだ! あんたが来たらこれを渡せと」
男――エステルの父親は俺へ乱暴に手紙を投げつける。
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