第19話 エルダートレント

 翌朝――。

 「最深部」に向けて進んでいるが、俺一人で行くことになった。

 というのは、最深部のモンスターはなるべく避けて行きたいからだ。不用意に「地面を歩く」と対処しきれないほど強いモンスターとばったり遭遇してしまう危険性がある。

 俺一人ならなんとか逃げることもできるが、千鳥をかばってとなると……難しい。

 そう、「地面を歩いて行く」のがよろしくない。残念ながら、千鳥は樹上を進むことに慣れていないから、彼には洞窟で待っていてもらうことにしたってわけなんだよ。


 そんなわけで、洞窟に千鳥を一人残して行くのも不安だったが、「隠遁ステルスもあるし平気でごさる」と彼に後押しされ、後ろ髪を引かれる思いながらも洞窟から離れた。


 大きなモンスター対策として罠を張り巡らしてるから、洞窟にいればまずスワンプドラゴンクラスのモンスターには襲われないはず。

 空を飛ぶ強力なモンスターもいるが、奴らは洞窟にはやって来なくなっているから問題ない。


 理由?

 俺が散々奴らを鴨にしたからだ。

 空を飛ぶ奴らって、空中だと無防備なんだよね。空だと空中戦をしない限り安全だから、空にいる奴らは専ら地上にいる獲物を探すことに特化している。

 俺にとって奴らはおいしい敵に過ぎず、下からズドーンと「インファリブルショット」で撃ち抜いて終了だった。余談ではあるが、肉の味も美味しいのが多いぞ!


 とまあその結果、あの洞窟付近は危険地帯と認識されたらしく、飛行生物はまず現れることがなくなったってわけなのだ。


 さて、もうすぐ「最深部」だぞ。

 入る前に装備のチェックをしておくとしよう。エルダートレントとは紙一重の戦いになるからな。勝負は一瞬。

 装備の抜けがあると致命傷になる可能性もあるから……。

 黄金獅子のローブにほつれは無いかどうか……よし、問題ない。こいつはいざという時に俺を護ってくれる大事な防具。

 武器は腰の翅刃のナイフ、そして、最も大事なものはこれだ。

 

 俺は背中にしょった身の丈ほどの長さのある槍を手に取る。

 この槍は最深部にいる「一角龍」の角を削って作ったもので、柄の部分も角で出来ている。螺旋のように捻じれた形状をしているけど、こと突き抜ける力に関してはこいつの右に出るものはない。

 その代わりとても重たいんだ。重さを衝力に変え、ぶち抜くことに特化した槍。

 ひび割れなし、持ち手の皮もちゃんとグリップが効いている。

 全て問題ないな。行くとしよう。

 

隠遁ステルス


 千鳥から「記憶」させてもらった隠遁は、あらゆるところで役に立つ。

 音と姿が消せるだけで道中は相当楽になるに違いない。

 自分が千鳥に言ったように油断は禁物だけどな……熱や超音波、気配で感知できるモンスターはわんさかいる。

 

 俺は一息で木の幹を駆け上がり、枝の上に着地した。

 よし、振り切るぜ!

 

 ◆◆◆

 

 幸い道中モンスターに会うこともなく、トレントの縄張りまでやって来ることができた。

 ここはお椀上の窪地になっていて、踏み込んだモンスターは漏れなくトレント達に襲い掛かられる。

 トレントは樹木が動き出したような木の化け物で、根っこの部分をうねらせて歩く。移動速度は遅いが、長い枝をムチのようにしならせて四方八方から攻撃してくるから近寄ると非常に危険だ。

 

 トレントには二種類いて、三メートルほどの高さがあるレッサートレントと巨大な樹木と同じくらいのサイズがあるエルダートレントになる。

 レッサーは身体も小さく、枝の攻撃をまともに喰らっても体が吹き飛ぶ程度なんだ。

 しかし、エルダートレントは枝に加え、鋭い刃のようになった葉っぱを飛ばしてくる。これは物凄い切れ味で、人間の腕なんか軽く真っ二つにしてしまう。

 

 普通のモンスターと違うのは、一度に飛ばしてくる葉が数えるのも馬鹿らしいくらいの量ってことなんだ。

 容易には縄張りへ踏み込めない。

 例え、黄金獅子や翅刃の黒豹であってもこの領域に飛び込めば一たまりもないだろう。レッサートレントの数の暴力を凌ぎ切ったとしても、エルダートレントに切り裂かれるだろうから。

 

 近寄るのは危険だ。

 しかし……俺は押し入る。

 

 トレント達の縄張りにある大木の枝の上を慎重に慎重に進んでいく。

 レッサートレントに気が付かれたら、エルダートレントに俺の存在が伝わる可能性が非常に高い。

 攻撃可能な距離に近寄るまでに奴らに察知されたら無理せず撤退する。

 

 眼下を見下ろしながら、レッサートレント達の頭の上にある枝を一つ、また一つ進む。自然と緊張から背筋に汗が流れてきた。

 もう少し、もう少し――。

 

 いたぞ、エルダートレントだ。やっぱでかいな。

 幹の上部には顔のようなものがあり、目に当たる部分は窪んだうろになっている。口も同様で穴が開いているだけだ。しかし奴はあの口から――。

 

 ブロオオウウウオウ!

 

 風が吹き抜けるような音を口から出す。

 気が付かれたか。

 

 だが、ここからならこちらの攻撃は届く。

 どっちが早いかの勝負だ。エルダートレント!

 

 エルダートレントはしっかりと俺のいる方向に体を向け、真っ直ぐこちらに進んでくる。

 対する俺は目を閉じ、腕を胸の前でクロスさせる。

 

超筋力力こそパワー!」


 捻じれた槍を引き抜く。

 それと同時に俺を射程距離に捉えたエルダートレントが枝をしならせ始める。

 間に合ええええ。

 一発目の枝が俺に迫ってくるが、俺はそれに構わず叫ぶ。

 

「インファリブルショット!」


 捻じれた槍は轟音を立てながら、エルダートレントの顔めがけて一直線に飛んでいく。

 超筋力を付与したインファリブルショットならば、エルダートレントの顔の中にあるコアを一発で撃ち抜けるはず!

 

 刹那の後、捻じれた槍はエルダートレントの口の中に飛び込み、そのまま反対側に穂先が出たところで止まる。


 だが、どうなったか確認する暇もない。

 というのは……目と鼻の先にエルダートレントの枝が迫ってきているからだ!

 ううおお。

 俺は枝を回避するために、無理に体を捻る。

 激しい痛みと共に体から骨が軋む音がしてもんどりうってその場に伏せてしまうが、髪が切れただけでその場を凌ぐことに成功する。

 

 その時、ドオオンと大きな音が鳴り響き、目を向けるとエルダートレントが地に倒れ伏していたのだった。

 

 ゆ、揺れるう。エルダートレントが倒れた衝撃が俺のいる枝にまで伝わり、体がまだうまく動かない俺は枝から転げ落ちてしまう。

 地面に足から落ちた俺であったが、なんとか両手を伸ばして四点着地すると大きく息を吐く。

 

 必要な物は、エルダートレントの木の実だったな。

 お、あれか。

 紫色の洋ナシのような木の実を発見。五個ほど懐に入れ、ついでにエルダートレントの枝をいくつか拝借して帰路に……っと、レッサートレントがどんどん集まってきているな。

 しかし、奴らには大きな弱点がある。

 

 俺は再び木の上に登ると、涼しい顔でトレントの縄張りを進んでいく。

 そう、レッサートレントの攻撃は木の上まで届かないのだ。ははは。

 

 トレントの縄張りを脱出した俺は再び「隠遁ステルス」を使い、拠点の洞窟まで戻るのだった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る