第24話 豆と手紙

 部屋に戻ってしばらくするとエステルが訪ねてきて、エールと豆を炒ったつまみを持ってきてくれた。

 ありがたくいただくことにして、行儀悪く寝そべりながら豆をポリポリとかじりつつ、エールを飲む。

 

 うめええ。生き返る。

 

 やりたいこと、やらないといけないことは山積みだけど、どれからやっていくか……。

 順を追って整理していこう。

 

 エールを口に含み、今朝からのことを思い出す。

 まず、村雲のことかな。彼のことはにゃんこ先生たちに任せて経過観察しかない。追加で素材が必要ならすぐに魔の森に行くけど、俺にできることは今のところ何もないなあ。

 彼が快方に向かってくれることを祈る。しかし、彼の体調が良くなってきたとしても、充分に動けるようになるまで家に戻すべきではないと思う。

 理由はエステルと同じだ。クラーケンの奴らにどうにかされる可能性があるからな。最悪、今のうちに亡き者にしてやろうと凶刃に倒れることになってしまうかもしれない……。

 安全地帯となると……魔の森の中層にある小屋かなあ。あの場所なら、千鳥がいればまず安全だろうし。

 

 村雲と同じく、エステルもどうするか……。

 俺がこの宿に泊まっているうちは俺が対処できる。

 

 やはり、グラハムを含めクラーケンの構成員をあの時潰しておくべきだったか? あいつらがいなければ彼女らの身の安全を心配する必要は無い。

 俺はあの時、グラハムを仕留めず帰って来た。個人的には奴の頭をあのまま踏みつぶしたかったんだが、グッとこらえて奴を逃がしたんだ。もちろん、仏心が出たとかそんな理由じゃあない。

 これまでクラーケンの動きは非常に杜撰ずさんで対応が甘いと感じるところが多々あった。それはあいつがボスだってことも大きく絡んでいるはずだ。あそこでグラハムを潰し、別の奴に交代したとして、あいつがボスをやっている時より間抜けにはならないと思った。だからこそ、あそこで奴を逃がしたんだ。

  

 んー、待てよ。迷うところだけど……。

 今からでも遅くはない、やはりいっそのことクラーケンの拠点を潰すか? 

 

 そこまで考えたところで、豆をかじる。

 ポリポリと子気味良い豆が潰れる音を聞いていると、潰す案はクラーケンのバックにいるアウストラ商会のことを考慮したら、良い手ではないと思い至った。

 アウストラ商会はこの街を牛耳っているといっても過言ではないほど勢力が大きい。

 クラーケンを潰したところで、奴らはまた新たなクラーケンを組織するだろう。過激な手で潰したのだから、奴らの反撃もまた激しくなり、血で血を洗う抗争に発展することは避けられないはず。クラーケンの構成員だけ抹殺しても、人員補充されて新たな組織が立つといたちごっこだ。奴らの勢力も衰えることはないだろう。こうなれば、今より遥かにエステルらに危険が及ぶ可能性が高くなる。

 

 結局どうするのが一番なのかと考えたら、当面の間クラーケンは放置し振りかかる火の粉を払うってのがよさそうだ。

 いずれ、こちらの準備が整ったら奴らの「縄張りを奪い取る」形で潰す。解散したら二度と奴らが入り込める隙を作らないようにだ。

 

 エステルと村雲のことを考慮すると……村雲の毒が抜けるまでの間は、この宿にとどまり書写本を作るのがよさそうだな。うん。

 お金も稼げるし、商人としての繋がりも広まるかもしれない。

 

 考えがまとまると、アルコールの効果もあってか急速に眠くなってきた。

 残ったエールを一息で飲み干すと、心の中で「ごちそうさま」と呟き、布団をかぶる。

 

 ◆◆◆

 

――三日後。

 エステルを救出してから三日が過ぎた。

 村雲は体を起こすことができるほどまで回復し、あと一週間もしないうちに立てるようになるとワオンの診断だ。

 時刻は朝。毎日村雲の様子を見ににゃんこ先生のところへ行っているものだから、ついでに本を借りていたら書写可能な本の冊数が五種類ほど増えた。

 

 この三日間はずっと書写本を作っていたので、体がだるくなってきている……。ずっと部屋に籠りっぱなしてのも体がなまるし、何より退屈だ。

 というわけで、ちょうど書写本が一冊完成したから外へ散歩しつつ冒険者ギルドにでも顔を出そうと思っている。

 

 階下に降り宿の受付で挨拶をしようとすると、見知ったお腹がでっぱった中年の男が深刻な顔でエステルと言葉を交わしていた。

 

「お、おお。ストームさん。今、あなたに取り次いでもらおうと」

「ストームさん! お手紙が来てます!」


 同時に違うことを言われても困る。

 

「わ、分かった。先に手紙を受取ろう。その後トネルコさんのお話しを聞くって感じで」


 エステルから二通の手紙を受け取る。どうやらトネルコ以外の二つの本屋から来たもののようだ。

 手紙を見つめるトネルコに気が付き顔をあげると、彼は沈んだ顔のまま元気なく呟く。

 

「それは私以外の本屋からの手紙でしょうか?」

「そうらしい。開けてみましょうか?」

「そうですね。おそらく……でしょうし、私がここへ来た理由もお分かりになるかと」

「分かりました。先に読みますね」


 トネルコから目を離し、手紙の封を切る。

 手紙には、


『申し訳ありません。次回からの仕入れは無しにしてください』


 という意味のことが丁寧な文章で書かれていた。

 

 やはりこうきたか。クラーケン……いや、アウストラ商会か?

 どっちでも中身は同じだから、仕掛けたのがどっちかはどうでもいいな。

 俺から「書写本で儲ける技術」を入手できなかっただけでなく、クラーケンのメンツも俺に潰された。

 短絡的だけど、ならば書写本自体を販売できなくしてやるというわけだ。

 

「読みましたよ。『書写本はもう扱えない』って内容でした。しかしこれ……」

「ストームさん。彼らも本心からそう言っているのではないのです」


 真剣な眼差しで大きく手を振るトネルコ。


「言わなくても、分かりますよ。トネルコさんも手を引いてください」

「いえ、私は……このままストームさんから仕入れを続けようと思っています」


 トネルコは拳をギュッと握りしめ、自分へ言い聞かせるように首を縦に振る。

 随分と悩んだんだろう。寝てないからか、彼の目は充血し顔色もよくない。

 彼には妻と娘がいる。家族円満らしく、よく俺に妻と娘の可愛さと家庭の素晴らしさを語ってくるほどだから……。

 

 このままアウストラ商会の意向を組むか、反発するか……冷静に彼の立場で考えると波風が立たぬよう、反発は避けたほうがいい。

 だが、彼の意思はそれをよしとしなかった。

 

「家族のこともあるでしょう? 俺はお金ならありますし、心配されずとも……」

「それじゃあダメなんです! ストームさん。それじゃあ……」


 トルネコは気持ちの高ぶりから頬が紅潮する。

 そのまま、彼は身振り手振りを交えながら語り始めた。

 

 アウストラ商会は「おいしい話」に目ざとく、必ず上前をハネようとする。時には荒事専門の裏組織まで使って……。

 店舗を出すと管理費などみかじめ費などといった名目で金をせびり、やりたい放題をしてきた。

 儲けを出せば自分たちも潤うが、それ以上にアウストラ商会が肥えて行く。

 

 この理不尽な状況に憤っているのは何もトネルコだけではない。アウストラ商会系列以外の全ての商人であると。

 このまま搾取され続ければ、街はいずれアウストラ商会系列だけで埋め尽くされる。

 

「分かります、そのお気持ち……」


 俺だってアウストラ商会にやられた口だからな。

 

「書写本はこれまでになかった商品なんです。今のところストームさんにしか作ることができません。アウストラ商会が圧力をかけたとしても、他に無いのですからこれまで通りに売れるはずです」

「トネルコさんの『思い』は、俺にとって非常に喜ばしいことです。ですが……」

「はい」

「今は我慢してください。俺の準備が整ったら、必ず連絡します。その時まで書写本は我慢しアウストラ商会の意向を汲んだようにしていてくれませんか?」

「ストームさん……あなたなら、アウストラ商会が相手でも臆さないと思ったのですが……」


 肩を落とすトネルコへエステルが口を挟む。

 

「トネルコさん、それは違いますよ! ストームさんは先日、『クラーケン』の人たちをカッコよく倒しちゃったんですから!」

「……その話。信じることにしましょう」


 疑い半分といった感じでトネルコは背を向けトボトボと宿から出て行く。

 

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