第62話 ただの気まぐれさ

 頭を抱える俺。呆れた顔のエルラインと顔を見合わせてため息を何度もつく千鳥とエステル。

 微妙な空気が流れる中、先に口を開いたのはエルラインだった。

 

「それで、君はどうするつもりだい?」


 クッキーをかじり、まるでピクニックにでも出かけないかという時のように気軽に問いかけてくるエルライン。


「魔王と戦おうと思っている。やれるのが俺だけなら俺が……やる」

「その勇気は立派だけど……」

「このままだと蛮勇だとも分かっている。魔王が復活するその時まで、出来る限りレベルをあげるつもりだよ」

「ふうん」


 レベルを九十九まであげる。場所は魔の森最深部しかないだろうなあ……。なりふり構わずハールーンへ協力を頼むか。


「エルライン殿、いくつかお聞きしたいことがあるのですが」

「なんだい? 僕の性別かい?」

「……ち、違うです。エルライン殿は体を見ればすぐわかり申す。ありえないくらい整った女性的な顔立ちで驚きはしましたが……」

「ふうん。彼は」


 思わせぶりな態度で俺の顔を見やるエルラインだが、何だよ?

 千鳥もこっちを見てすぐに顔をそむけるし。

 

「あ、俺もいくつか疑問点があるんだ」

「この場を取り繕うにはどうしたらいいかとかかい?」

「……ち、違う! エルラインは先ほどの話し方からして、二千年前に魔王を討伐した時その場にいたのか?」


 あまりに話にリアリティがあったから、ひょっとしたら……。


「うん。そうだよ」


 悪びれもせずエルラインは即答する。


「き、君は不死なのか……」

「んー。君たちが知る情報量が少なすぎるか。この体はリッチになっている。既に人間ではないんだよ」

「リッチって……」


 にゃんこ先生なら知っているかもしれないけど、俺は魔法的な知識について全然なんだよ。


「疑問点をバラバラに聞くより、前回の魔王討伐とその後について僕のことを交えながら話をしようか」

「それで頼む」


 エルラインがどうしてここまで俺たちに情報を与えてくれるのか疑問ではあるけど、藪蛇にならないよう突っ込まずに黙っておいた方がいいな。


「まあ、クッキーでも食べながら気軽に聞いてくれればいいよ」


 そうは言われても誰もクッキーどころか紅茶にさえ口をつけない。


「エルライン殿、先に一つだけいいでござるか?」


 確信を持った目で千鳥はエルラインへ問う。

 

「うん。何かな?」

「エルライン殿は大賢者様その人です?」

「当時はそう呼ばれていたね。今はそうじゃあない。だって僕はリッチだからね」


 エルラインはクスクスと子供っぽい笑い声をあげていたずらっ子の顔になる。


「じゃあ、話をしようか。大丈夫だよ。毒なんて入ってないからね。おっと、媚薬を入れておいたほうがよかったかな」

「……は、はじめてくれ……」


 クッキーをぐわしと乱暴に掴んでバリバリと咀嚼する。お、おいしいなこれ。

 思わずエルラインの顔を見ると、ニヤニヤとされてしまった……。調子狂うなあ、この人。

 

 エルラインは「オールワン」というスキルを持って生まれる。伝説では全ての魔法を操ると言われているけど、実際はそうじゃない。

 オールワンとは単に知識をもたらすスキルで、彼はどのような魔法でも「使い方」を知ることができた。ただ、魔法のスキルではないので、習得に関してはスキル無と同じだ。

 だから、魔法使いではなく賢者なのだと。

 なるほどな……。しかし、知っているだけで習得にボーナスが無いとなると、使いこなすのは大変に違いない。彼は血のにじむような努力をして大成したのだろう。

 

 成長したエルラインは勇者と共に魔王討伐に向かい、見事それを成し遂げる。


「ここまではいいかい?」

「うん」

「君は疑問に思うだろう。何故、『勇者』で魔王を倒したのかってね」

「確かに、その点はずっと疑問だった」

「続けよう」


 エルラインはポットから自分のカップへ紅茶を注ぎ、ついでに空になった俺のカップにも。

 

「ありがとう」

「久しぶりの客人なんだ。気にせず飲んでいいからね」


 魔王を倒した勇者一行は歓呼の元、王国へ帰還する。

 エルラインは勇者らと別れ、一人隠棲した。彼の目的は全ての魔法を習得することだった。

 しかし、スキル無しの彼は不世出の才能がありながらも魔法の数は膨大過ぎ、とてもじゃないが彼の一生では覚えきれるものではない。

 そこで彼は自らを不死の存在アンデッドに変えることを決意する。若返りの魔法があるにはあったが、運用が非常に難しいとのこと。

 そして、彼はけた違いの魔力を持つ不死者リッチへと儀式魔法で変化する。

 

 リッチとなったエルラインに寿命は無くなり、長い年月を魔法の研究に費やす。

 魔王討伐が成ってから五十年の月日が経つ頃、ついに彼の「オールワン」のスキル熟練度が百になった。

 

「もう予想はついたかい?」

「うん、スキル熟練度が上がると『オールワン』が変化したんだな」


 エステルのステータス鑑定と同じように、得られる知識の幅が増えたんだろう。


「その通り。『オールワン』のスキルとは『世界の本棚』を閲覧するスキルだったんだよ」

「どんなスキルか想像もできないな……」


 オールワンを極めたエルラインは、知りたいことならほぼ何でも情報を取得できるようになった。

 彼は魔王について調べ、魔王の恐るべき特性を知る。

 その内容は俺にさっき語ってくれた通りだ。

 

 これで合点がいった。

 魔王が討伐した者のスキルを次回使いこなすと知っていれば、とどめだけ別の人がやっていたに違いない。

 しかし、知らないとなれば、当代最強の勇者が討伐して当然といえば当然だろう。

 

 全てを話終えたエルラインは小首をかしげいたずらっぽく肩を竦める。

 

「まだ何か言いたそうだね」

「いや……」

「嘘はよくないね。ついていい嘘は女の子に対してだけにしておくといいよ」

「またそうやって!」

「クスクス。君は面白いね。かつての僕の友人のようだ」


 エルラインはこれまで見たことが無い酷く優し気な表情を見せるが、俺たちの視線に気が付くとすぐに元の子供っぽいにやけた表情に戻る。

 

「横道にそれてしまったね。僕が何故、君にここまで協力するのか。気になっていないかい?」

「……ま、まあ……」


 もちろん、気にはなっているけど下手なことを聞いて今の友好的な関係性が崩れると嫌だからなあ。

 人には触れられたくないことだってあるし、現時点で充分な情報を俺は得ている。

 寝た子を起こす必要はない。

 

 それに、俺は何となくだけど彼が何故協力してくれるのか想像できる。

 彼は勇者が魔王討伐を行うのをそのまま見ているだけだった。あの時、勇者ではなく他の者が……という贖罪や後悔から、今度こそという気持ちがあるんじゃないかと。

 

「ウィレム。それは違うよ。気まぐれさ」

「考えが読めるのか!」

「それはないよ。君の顔を見たら分かる。ものすごい被害は出るかもしれないけど、君が行かずとも魔王はいずれ討伐されるさ」

「『英雄』スキルがあるのにか?」

「君は一面的な見方でしか考えていないところがあるね。英雄スキルの発動条件とか、効果時間とか考えないのかい? 結局のところ数の暴力で削ればいずれ魔王は倒れる」


 絶句した……。彼は人がどれだけ死のうが王国がどれだけ荒れ果てようが気にはしないのか。

 知識だけを求めるモンスター……それがエルライン? いや、違うだろ。

 彼は贖罪なんてするつもりもないし、後悔だって微塵もしていない。しかし、被害を最小限に押しとどめるために俺とコンタクトをとった。

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