第15話 魔の森ニンニン

 馬で魔の森に向かっているが、そのまま魔の森へ入るか少し悩む。中層の小屋までなら馬を連れていても問題ないけど、深層の洞窟は馬にとって非常に厳しい環境だ。

 飼い葉なら用意できる。しかし……馬を休ませる場所がないんだよな……。

 

 洞窟の外なら広い空間はある。しかも馬が走り回ることができる広さはあるから、ハッピーだ……とはいかない。

 あんなところに馬がいたら……おいしい餌が「襲ってください」って言ってるもんだぞ。馬を護るにしても深層のモンスターはなかなか手ごわいし、夜行性の奴らも多い。二十四時間戦うのは不可能。

 

 人任せになってしまうが、仕方ない。魔の森の手前で馬を放置するわけにもいかないしな……。

 

 考えた結果、俺は中層の小屋へ馬に乗ったまま到着する。

 いずれにしろ、深層の洞窟へ行くにはここから歩いて行く必要があるしな。

 

 これまで作るには作ったけど使う事が無かった厩舎に馬を繋ぐと、かまどへ火をつける。

 

「千鳥、今晩はここで休む。明日の朝、深層に向かう」

「すぐに向かわないでござるか?」

「ここから深層まで行くには、半日ほどかかるんだ。すでに日が陰っているだろう?」


 俺が空を指さすと千鳥は顔をあげ、「なるほど」と頷く。


「まだ時間はある。千鳥、深層へ行ったことはあるか?」

「拙者、中層までしか行ったことがござらん」

「なるほどな。深層に俺が使っていた洞窟があるんだ。そこにいくつか装備がある。もし使えそうな物がありそうなら言ってくれ」

「かたじけないでござる」

「いいか、深層はともかく、『最深部』は別世界だ。エルダートレントは『最深部』にいる」

「拙者、隠れることだけなら……」

「油断するな。『最深部』は別世界だと言っただろう? 俺がお前の『隠遁ステルス』に気が付いたように、『隠遁ステルス』が安全だと思うな」

「心に刻みました……」


 千鳥は額からタラリと冷や汗を流し、コクコクと頷く。

 つい熱くなってしまった……真剣な目で俺を見つめてくる千鳥の姿が目に入ると、途端に恥ずかしさから「かああっ」と頬が火照る。

 しかし、最深部の恐ろしさは細心の注意を払ってもまだ足りないのは事実。

 あそこは魔境だ。俺は深層なら鼻歌混じりで歩くことも可能なんだが、最深部は違う。

 今回の討伐対象は幸いにもエルダートレントだったけど、あそこにはもっととんでもない奴らが多数生息している……。エルダートレントを最速で発見し、撲殺、帰還せねば。


「脅すようですまなかった。食事にしようか」

「了解でござる」


 俺は千鳥の頭を撫で、小屋の中へ向かう。たしか調味料がまだあったはず。ひょっとしたら冒険者のみなさんが使っているかもしれないけど……。

 お、あったあった。岩塩と乾燥させたハーブ類が。

 

 街から持ってきた肉や野菜を刻んで鍋に入れ、ぐつぐつと煮込む。

 味付けに塩とハーブ類を使ってっと……よし完成だ。

 

「食べようか」

「かたじけないでござる」


 千鳥は両手を合わせて、食事に向かって会釈し口を開く。

 

「いただきます」

「礼儀正しいな。俺も……いただきます」


 彼の真似をして会釈してみると、なるほど。なかなかいいかもしれない。

 食事に対する感謝の気持ちが感じ取れるような気がする。

 

「食べながらでいい。聞いてくれ」

「はふはふ……」

「こと討伐だけなら、エルダートレントよりスワンプドラゴンの方が厄介なんだ。魔の森に住んでいた時、俺は何度もスワンプドラゴンの討伐を諦めたことがある」


 倒したことはあるけどな。念のため。

 

「どういうことです?」

「スワンプドラゴンは、その名の通り『沼』に棲息しているんだよ。泥だらけの沼にな……」


 沼に入ると泥だらけになるばかりか、深いところに入り込んでしまうと出るだけでも大変なことになる。

 そんな中でまともに戦えるはずもなく。じーっと待ち続けて、スワンプドラゴンが沼の端まで来た時に倒したんだけど……。あいつら、滅多に沼から離れようとしないんだよな。

 

「なるほど。拙者に妙案があります故……。その時は任せてもらえるですか?」

「おお! じゃあ、その時は頼むよ」


 何をするのか分からないけど、いきなりスワンプドラゴンの前へ行かせるのは危険に過ぎる。

 彼がどれだけ戦えるのか不明だからな。


 ◆◆◆

 

 馬は中層に置いたまま、千鳥と一緒に深層に向かう。

 そうなんだ、「人任せ」とは中層の小屋へ馬を放置することだったんだ。中層の小屋は既に冒険者たちへ知られており、彼らのキャンプ地としても利用されている。

 厩舎の壁に「馬に乗って帰ってください。馬は差し上げます」と書いた木板を張り付けてきたから、運が良ければ馬は生き残る……はず。後ろ髪を引かれる思いではあるが、餓死しない限り、馬が死ぬことはない。

 何故なら、中層の小屋へ近寄るモンスターが皆無になっているからなのだ。ひたすら近寄るモンスターを撃退したところ、「縄張り」を意識したモンスターと猛獣たちは小屋へ近寄ることがなくなった。

 狐などの小型動物なら小屋まで来ることがあるけど、馬なら平気だろう。

 

 次回……馬を使う時は、必ず連れて帰ってくれる人を雇うと俺は心に誓ったのだった。

 

 そんなことを考えている間に深層の洞窟へ到着する。

 

「千鳥、まずは洞窟へ入ってくれ」


 先に俺が洞窟へ入り、中から千鳥を手招きする。

 おっかなびっくりと言った感じで彼は洞窟へと足を踏み入れた。

 

「こ、この無造作に敷かれているラグのような毛皮は……黄金獅子ではござらんか?」

「保温性が抜群で、寝心地もいい。オススメだぞその毛皮」

「い、いえ……そういうことを聞いているのではなく……」


 千鳥はブツブツと何か呟きながら、洞窟の中に置いてあるものを見るたびにえらい勢いで驚いている。

 

「千鳥、この後はまず『深層』にいるスワンプドラゴンの討伐から行こう。エルダートレントは『最深部』だからな……」

「了解でござる」

「途中、俺とお前が連携できるか模索したい。それで今日の時間が潰れても構わないくらいで行こうか」


 中層から歩いて来たから、もうすぐお昼だ。

 無理に焦ってスワンプドラゴンを討伐しなくてもいいだろう。千鳥の戦い方を先に見ておきたいしな……。

 彼がある程度戦えるなら、安心して「彼の策」とやらを見ていられる。

 

 あれもこれもってわけにもいかないから、じっくりいこう。焦ると命に関わるのが魔の森なのだから……。

 俺は心の中で気を引き締め、こぶしをギュッと握りしめた後、ガサゴソと自作の武器庫の中を漁る。

 

「千鳥、どんな武器を普段使うんだ?」

「拙者は脇差やブラックジャックを携帯しております」

「脇差は……ナイフみたいなもんだよな。ブラックジャックって?」

「ブラックジャックは革袋に砂を詰めた物でして、頭を打ち気絶させる時に使用するのです」


 隠遁ステルスを使って、背後から鈍器で殴る用か。人間相手にはいいかもしれないけど、ここでは必要ないな。


「じゃあ、これとかどうだ?」

「こ、これは?」

「牙を削って形を整えただけだけど、切ることには向いてない。刺突用だ」

「どのモンスターから……金属光沢がある牙なんて見たことないでござる」

「俺もよくわからないんだけど、ざっくり言ったら『二首の狼』だよ。俺は『二首』って呼んでる」

「……」


 千鳥は俺から受け取った「二首のナイフ」(今名前をつけた)をポロリと取り落としてしまった。

 二首のナイフは尖端を下に向けて落ちたものだから、岩盤に突き刺さる。うん、素晴らしい刺突性能だ。


「危ないからちゃんともっておけよ。切る武器のがいいか?」

「見せていただいても?」

「おう」


 いろいろあるぜえ。何しろ暇だったからな。ふふ。

 俺は自分のコレクションを自慢したがるお金持ちの気持ちが少し分かったような気がした。

 

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