第14話 想定外の事実

 にゃんこ先生が連れてきてくれた専門家の先生は……俺の心をくすぐって仕方ない人だった。

 なんと、犬族だったんだもの。薄茶色のサラサラとした毛皮に、途中で折れ曲がった短い耳、鼻先が濡れているのもたまらない。チャームポイントは首元に伸びた真っ白のふさふさとした毛束だろう。

 な、撫でたい。撫でまわしたい。

 

「はじめまして、ミャア教授から話を聞かせてもらったよ。私はワオンと言う。よろしく」

「ワオン教授、ストームと言います。よろしくお願いします」


 俺とワオンは硬い握手を交わす。肉球が俺の手の平を刺激し顔が緩みそうになる。

 しかし、病人の前で不謹慎だと思いすぐに顔を引き締める俺なのであった。

 

「こ、これは……」


 ワオンは耳と尻尾をピンと尖らせる。

 様子からして深刻な雰囲気を受けるが……。

 

「父上は『肺線虫症』という病に犯されているでござる……」


 千鳥は父の手を取り、真っ直ぐにワオンを見つめる。

 一方のワオンは一瞬だけ目を見開くが、かぶりを振った。

 

「そ、それほど悪い状態なのです? 父上、お気を確かに!」


 千鳥の顔が蒼白になり、父を握る手に力がこもる。

 

「どのような事情があるか分からぬが、簡潔にその方の病状を伝えよう」


 ワオンは一人一人の顔を順に見やり、俺のところで動きを止めた。

 無言でコクリと彼に頷きを返すと、彼も静かに首を縦に振る。

 

「いいかね、この症状は『とある毒』によるものだ。病気ではない」

「な、何!」

「え?」


 ワオンの言葉に俺と千鳥が驚きの声をあげた。

 なんだよ、それ。一体千鳥の父親に何が起こってるっていうんだ?

 

「非常に厄介かつ狡猾な毒なのだよ。これは。毒の名は『アコシニン』。遅効性の毒で、じわじわと対象を衰弱させていく唾棄だきすべき毒だ」

「そ、それって……まさか」

「『アコニシン』の厄介なところは、一度取り込むと症状がずっと続くことにある。致死量まで与えず、ごく少量ずつ飲ませることで生き残る期間も調節できるのだよ」


 要は毒を一度でも飲めば、症状が現れる。どれだけ日数が経とうが自然治癒することがないってことか。


「千鳥……。お前の父は、そ、その」


 口ごもる俺に対し、千鳥は真っ直ぐに俺を見つめた後、顔を伏せる。

 

「ストーム殿の予想通りかと。父上の容態は悪くなる一方でござる……おそらくは……」


 千鳥の目からぽろぽろと涙がこぼれ出し、その先の言葉を続けることができなかった。

 俺は彼の背中をそっと撫で、

 

「言わなくてもいい。分かった。分かったから」


 と呟く。

 

 言わなくてもわかるさ。

 つまり、「クラーケン」のボスから薬をもらうたびに彼の父の容態が悪くなっていったってことだろう?

 許せねえ。自分のことじゃないとはいえ、悪辣な手で千鳥を騙し働かせていた奴らに激しい怒りを覚える。

 いつか報いを受けさせてやる……俺の中に沸々と黒い何かが涌いてきて腹の辺りに溜まっていく。

 

「ストームくん」


 ポンとにゃんこ先生が俺の肩を叩く。

 

「やった者に報いを受けさせたいという、君の気持ちは分かる。しかしだな、ストームくん」


 にゃんこ先生は千鳥の父へ目をやる。

 弱弱しい、青白い顔をした千鳥の父。

 彼の顔を見た時、俺はハッとなり頭を抱えた。

 

「ありがとうございます。にゃんこ先生。俺、頭に血がのぼって大切なことを忘れていました」

「うむうむ」


 そうだよ。千鳥の父はまだ生きている。彼の回復こそまずやるべきことだろう。

 

「ワオン教授、解毒する方法はあるのでしょうか?」

「あるとも! 素材さえ持ってきてくれれば、私が調合しようではないか」


 ワオンの言葉に俺と千鳥は顔を見合わせ、ほぼ同時に食い入るようにワオンへ向け身を乗り出す。


「し、して、どのような素材なのでござるか?」

「焦るでない。必要な素材は二種。どちらも魔の森にある」


 ほう。それなら何とかなるな。

 ワオンは言葉を続ける。

 

「必要な物はエルダートレントの果実とスワンプドラゴンの背中にある鱗が必要だ」

「そ、その二体は……どちらもSクラスのモンスターでござる……」


 崩れ落ちるように千鳥が嘆く。

 そんな顔をするな千鳥。どちらのモンスターもおそらく俺は遭遇している。一匹は俺も一度逃げ帰ったモンスターではあるが、やろうと思ってやれないことはないだろ。


「ワオン教授、念のため特徴を教えていただけますか?」

「うむ」


 ワオン教授は本を開き、二体のモンスターのイラストを見せてくれた。

 やはりこいつらか。

 スワンプドラゴンは深層。エルダートレントは深層の更に奥にある最深部にいるモンスターだ。

 

「分かりました。倒してきますよ。どうせならこいつらの素材も持って帰ってきます。きっとそれなりの価格で売れると思いますし」


 こともなげに言う俺に対し、千鳥があっけにとられた様子で口をパクパクさせている。

 

「ス、ストーム殿! 相手が何か分かっているですか?」

「もちろんだ。どこにいるのかだいたい分かる。お前も来るか? 千鳥」


 四つん這いになったままの千鳥へ手を伸ばすと、彼はしっかりと俺の手を握りしめた。

 そのまま、持ち上げるように腕を引き、彼を立たせるとポンと彼の背中を叩く。

 

「ご一緒させてください。お役に立ってみせるでござる」

「おう!」


 やってやる! 見ていろ。

 死せる運命など跳ねのけてやる。

 

 その前に……。俺は頭をブンブンと振り、先ほど俺を落ち着かせてくれたにゃんこ先生の顔を思い浮かべる。

 よし、頭が冷えて来た。さすがにゃんこ先生の顔だぜ。

 

「ミャア教授、千鳥の父をしばらく預かっていただけませんでしょうか? もちろん謝礼は支払います」

「そう言うと思ったよ。安心して行ってきたまえ」


 突然、自分の父の処遇を決めてしまった俺とにゃんこ先生の顔を交互に見る千鳥。

 俺は彼の頭をポンポンし、膝を屈めて彼と目線を合わせるとさとすように彼へ言葉をかける。

 

「千鳥、お前の家に置いておくのはまずい。看病をする者がいないとかそういうのではなく、お前がいなくなったことにすぐ『クラーケン』の奴らは気が付くだろう?」

「な、なるほど。そうでありましたか。かたじけない、ミャア師父。お願いいたす」


 あれだけ弱っていたら、簡単に攫われるからな。

 千鳥の父親をダシにして、脅されると彼の命もこちらも危うい。その点、魔術師ギルドならば奴らもおいそれと手は出せまい。

 来てもいいが、魔術師ギルドと抗争になるぞ。千鳥を得るためだけにそこまでのリスクを負うことはまずないと言い切れる。

 

 こうして、俺と千鳥は魔の山へ向かうことになったのだった。

 

 ◆◆◆


 森へ行く準備を急ぎ済ませた俺たちは、すぐに街を出立する。

 今回は少しでも急ぐため、馬を購入した。

 

 ずっと無言で馬を走らせていたけど、後ろに乗る千鳥がふと呟く。

 

「ストーム殿、貴殿は何故、これほどまでに拙者たちへ尽くしてくださるのですか?」

「なあに、気まぐれだよ。ここで俺がお前の父を助けたら、二人とも俺に味方してくれるだろう?」

「そ、それはもちろんです! もうクラーケンとは関わりたくないでござる」


 関わりたくなくても必ず千鳥には接触してくると思うけどな。

 おそらく粛清……。俺にとってはそれさえも好都合だ。向こうから仕掛けてきてくれた方が、俺の外聞が良くなるからな……。ふふ。

 い、いかん。またダーティな気持ちに陥るところだった。今は千鳥の父を救う。

 そういえば……。

 

「千鳥、お前の父の名を教えてもらっていいか?」

「そうでした。すっかり失念していたです。我が父上の名は村雲むらくもと申します」

「了解。あと……」

「あと?」


 俺は聞くべきか迷っていた。

 クラーケンのボスの名を……。


「いや、村雲さんへ薬を届けてから聞く」


 俺はそこで話を打ち切り、馬の手綱を強く引いたのだった。

 

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