第13話 千鳥
「
「背景とは何でござるか?」
んー、皆まで説明しないと分からないのか。
それなら、腹の探り合いをするより核心をズバズバっといくとしよう。
「千鳥、どこに雇われている? 組織内での身分を言え」
「……拙者『クラーケン』の依頼を受けただけです」
「どんな組織だ? こうやって盗み見をしてくる組織だからだいたい予想はつくが……」
「諜報だけでなく、荒事など、街の裏で活動する組織でござる」
ふむ。街の闇組織か。
目ざとく金の臭いを嗅ぎつけてくるところなんて一つしかない。
だいたい誰の差し金か想像はついたけど、念のため聞くとしよう。
「『クラーケン』はアウストラ商会と繋がりがあるだろう? むしろアウストラ商会そのものかもな」
「組織の幹部に元アウストラ商会の者もいるでござる」
クラーケンはアウストラ商会系列で決定だな。ひょっとしたら系列じゃなくてアウストラ商会に対抗しようとする組織かもしれないと若干期待したけど、現実はそんなに甘くなかった。
対抗組織なら協力もやぶさかではないけど、アウストラ商会なら答えは一つ。「対立」以外はない。
アウストラ商会は表だと豊富な資金と圧倒的な流通をもって街全体に圧力をかける一方、裏では何かと理由をつけてあこぎに荒稼ぎをしているのだ。
街の暴力と諜報を牛耳るのがアウストラ商会の闇組織……クラーケンってわけか。もしかしたら、クラーケンは本体の尻尾かもしれないけど……そこは大きな問題ではない。
俺に接触してきたことを後悔させてやる。荒事は得意なんだぜ、俺。
「『依頼を受けただけ』で、お前は組織にどっぷりと浸かっていないってことか?」
「その通りです」
千鳥の目をじっと見つめるが、彼はみじろき一つせず動揺した様子を感じ取ることはできない。
本当か嘘か分からないけど、態度からはどちらとも言い切れないな。
俺は彼の元へ一歩にじり寄る。
更に一歩。
俺と彼の距離は手を伸ばせば拳が届く距離になる。
「千鳥、単刀直入に言おう」
「う……」
俺は千鳥の頭を手のひらで掴み、顔を上に向けさせる。
そのまま、彼に顔が付きそうなほど顔を寄せ、睨みつけ、言い放つ。
「俺に雇われろ」
「う……うう……」
怒りからか頬を赤く染め、千鳥は首を後ろにやろうと力を込める。
しかし、彼の筋力では俺をこゆるぎもさせることができなかった。
「裏切りたくないってことか? 依頼主とは一期一会ではなかったのか?」
案に俺に嘘をついたのかと脅す。
「は、離して……。話す、全部話します故……」
「ほう……」
「信じてもらえぬかもしれませんが……」
「いや、信じるさ」
彼の頭から手を離すと、二歩下がり優し気な顔で笑みを見せる。
話半分だろうけど、少しでも情報が欲しい。
「『クラーケン』の
「ほう。それでその主に頼まれたのか」
「その通りではござるが……最初から全て聞いてもらえるですか?」
「もちろんだ。ゆっくりと話しをしてくれ。その網は解かないけどな」
千鳥が語る彼の過去は思ったより重たく、彼の人柄は悪くないものだと感じさせた。
千鳥は半年ほど前に諜報の仕事をしていた父が病で倒れてから、クラーケンの世話になっている。彼の父は「肺線虫症」と呼ばれる死に至る病に
クラーケンは彼の父に症状を抑える薬を提供すると共に、特効薬も仕入れてくれると千鳥に約束しているらしい。
しかし、症状を抑える薬も安くはなく、特効薬に至ってはなんと百万ゴールドもする。
クラーケンのボスは千鳥の父とも懇意で、彼が病に倒れて以来何かと世話を焼いてくれているのだそうだ。症状を抑える薬も彼の
なんだ。あのぼんくら息子の配下にある組織だから、血も涙もないと思っていたが、意外や意外。
といっても俺の意思は揺らがないがな。
「お前の事情は分かった。そのまま帰してやってもいいと思っている」
「かたじけないでござる」
「だが、一つ頼まれてくれ。お前の父をとある人に診てもらいたい。特効薬の素材次第では俺が取って来てやる」
「ほ、本当でござるか? 特効薬は魔の森の深層に潜む『Sランク』のモンスターから採れると聞いておりますが……」
ほう、魔の森か。ならば何とかなるかもしれないな。
俺がここまで手を焼くのは下心からだ。もし彼の父を俺が救うことができたのなら、彼は俺のために働いてくれるだろう。
都合のいい話だと自分でも思うけどな……。彼は姿を隠す能力を持っているし、今後アウストラ商会の情報を探るのに大活躍してくれると思う。それに、闇組織に関わっていたからそれなりに情報を持ってるかもしれないからさ。
「いや……」
誤魔化すのはやめよう。
俺は弱いんだ。父と子の話にさ。甘いとは自分でも思うよ。
でもさ、自分の父のことを思うと……俺にサバイバル知識を叩きこんでくれた父さん……俺は彼に何も返せていない。
でも、千鳥は違う。まだ生きているんだ。
甘い、俺は甘過ぎる……。でも……それが俺なんだ。甘くていいじゃないか。それで足元を救われ破滅するのなら、仕方ない。
俺が俺でなくなるより、その方がよほどいい。
「どうしたでござるか?」
「すまん、つい口に出てしまった。解放する。明日の朝、ここに父を連れて来い」
「了解です」
ここで解放するのも俺の甘さだ。
彼が明日、ここへ来ても来なくても構わない。
俺は千鳥にまとわりついている網を取ってやり、顎で窓を示す。
「では、失礼して……」
「またな」
千鳥は両手を組み目を瞑ると、左右の足先を僅かに揺らした。
「
彼の言葉と共に、姿が完全に消失し窓に気配が移っていくのが感じ取られる。
なるほど、これは……スペシャルムーブか。
「待て、千鳥」
「……」
彼の気配が窓のところで止まった。
クラーケンに今からやることを知られるかもしれないけど、その方が好都合。
見せてやる。千鳥。
俺は目を瞑り足の親指、続いて小指を小刻みに揺らす。右、左、右の順だ。
「
うまくいっているのかどうか分からない……。俺には俺自身の身体が見えるのだ。
しかし、窓にいるだろう千鳥の反応が俺の姿が消えていることを証明する。
「な……!
声と共に千鳥の姿が出現した。
ほうほう。声を出すと「
「これを見て、お前が何を思い、どうするのか楽しみだよ。千鳥。じゃあ、また明日な」
俺は不敵な笑みを浮かべ、右手を振るのだった。
◆◆◆
翌朝、千鳥は本当に俺の元を訪ねて来た。窓から。
ここは二階の窓だし、明るいうちは目立つからやめて欲しいんだよなあ。黒装束だと余計に……。
千鳥の父は、三十代後半だと千鳥が言っているけど、実際の年齢より十歳以上老けて見えた。
体はやせ細り、蒼白で無精ひげを生やしたぼさぼさ頭だからだろう。切れ長の瞳は千鳥によく似ていて、健康になり身だしなみを整えたらきっとカッコいいんだろうなあと思う。
俺は千鳥と彼の父を連れて魔術師ギルドに向かった。
俺が頼れる知識人ってにゃんこ先生だけだからな……もしかしたらにゃんこ先生だと特効薬の素材とか製法が分かるかもしれないと思ってね。
クラーケンなら知っているかもしれないけど、千鳥の言葉から彼らは「仕入れる」ということだし……知っているとも思えない。最終手段はクラーケンに乗り込んで、特効薬の製法を知る者を聞くってことだな。
力技でクラーケンに押し込むのは全然構わないけど、俺は一人だから……ずっと寝首を狙われると厄介なんだよな。現時点でこちらから襲い掛かるのは得策ではない。
そんなわけで、にゃんこ先生ということなのだよ。うん。
魔術師ギルドにつくと、すぐににゃんこ先生が出てきてくれて、蒼白な千鳥の父の様子を見て驚いた様子で虎柄の尻尾をピンと立てた。
「ミャア教授、この人の症状が分かりますか?」
「ううむ。私は専門ではないからね」
「そうですか……」
「少し待っていてくれたまえ。詳しい者を呼ぼう」
「あ、ありがとうございます」
「なあに、君には世話になっているからね。容易い事さ」
にゃんこ先生は片目をパチリと閉じ、奥へと引っ込んで行った。
しかしこの後、事態は思ってもみなかった事態へ進んでいく。
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