第16話 狩りとは奇襲である
千鳥には結局、「二首のナイフ」「翅刃のナイフ」「フォレストヒポポタマスの臼歯」を選んだ。
臼歯は手のひらに幾つか握りこんで投げつける
敵へ忍び寄り、目つぶし変わりに臼歯を投げつけ、二首のナイフでブスリ……または敵が怯んだところを俺が仕留めるとかね。
深層の洞窟から沼地に向けて千鳥と一緒に歩いて行く。
すぐにモンスターの気配を感じ取った俺は彼へ目配せする。
「千鳥……狩ってくる……見ていろ」
俺の言葉を受けた千鳥は無言で頷きを返した。
前方には太い幹の大木が何本も立っており、地面が落ち葉のおかげか非常に柔らかい。
敵の気配は五本先の木の裏だ。ここからではお互いに姿は見えない位置にある。
森での基本は「奇襲」だ。
俺は「木登り」の「記憶」を「実行」する。
すると、自動的に俺の右の足先が木の幹を蹴り、体が伸び上がると次は左の足先で木の幹を蹴り上げ更に高く飛ぶ。
同じ動きを二度繰り返し、木の枝に止まった。
木の枝から枝へジャンプして飛び移り、気配のあった木の枝の上まで到達。
ほう、新緑熊か。
名前の通り見た目はクマに似ている。体長はおよそ六メートル。黒灰色の毛皮をしているが、背中部分に赤色のリンゴマークが二個ついているのが特徴だ。
こいつは頭蓋がとても硬く、翅刃であっても傷はつくものの深く切り裂くことは難しい。それにクマのような見た目どおり立ち上がるんだよね。そうなると、高さ的に頭を攻撃することが難しい。
強力な
しかし、奴は地面、俺は樹上だ。
まだ気が付かれていないようだし……ここは、これだな。
俺は背中にしょった長柄のスレッジハンマーを構える。
行くぜ!
両足で枝の上に立ち、狙いをつけ飛び上がる。
重力に引かれ俺の体は真っ直ぐに新緑熊に向かって落ちて行く。
俺は顎を少しだけ右に振り、両肘を畳みこむ。これは、スペシャルムーブの前動作だ。
「スマッシュ!」
スレッジハンマーの頭部が赤く輝きを放ち、落ちる力を全て威力に変えて振り下ろす!
スレッジハンマーは狙い通り新緑熊の耳と耳の間にぶち当たる。
ドゴオオと鈍い音が響き渡り、新緑熊の頭蓋が砕けハンマーは奴の頭の中へめり込んだ。
俺はハンマーを手放し、くるりと一回転して着地。
一方の新緑熊はドオンと大きな音を立てて地に倒れ伏したのだった。
「す、すごすぎるでござる……」
音に気が付いた千鳥が駆け足でやってきて、新緑熊と俺の様子を見た途端、目をこれでもかと見開き驚きの声をあげる。
「相手に気が付かれる前に樹上からの奇襲はとても有効なんだ」
「あ、あんな動きできないでござる。拙者は猿や豹ではありません故……」
「そ、そうか……」
微妙な空気が流れてしまう。
しまったと思ったのか、千鳥がワタワタと手を振り俺に目を向ける。
「し、しかし、新緑熊はモンスターランクAでござる。それを一撃でとは……ストーム殿はとんでもない冒険者なのですね」
「あ、ああ……まともに戦ったわけじゃないけど……あ、うん」
更に空気が固まってしまった……。
ど、どうしたものか。
「先に進もうか」
結局、何もいいアイデアが思いつかず前へ進むことにした。
千鳥も「了解でござる」と応じ、俺たちはテクテクと歩き始める。
◆◆◆
俺たちは伏せの状態で、丘の下の様子を伺っている。
ここは小高い丘になっていて、下は獣道でよくモンスターが通りかかるんだ。よくここで罠を張り、モンスターを狩ったものだ……。
隣で伏せる千鳥へ目を向け、前を指さした。
俺の指さす先には、身長が三メートルほどのがっしりとした体形の猿がいる。
短い黒い体毛が腹と胸以外覆っていて、歩く時は長い腕を地面につき四足歩行を行うのだ。普段は群れで行動しているのだが、現在一頭のみ。
これはチャンスだな。こいつの脅威は仲間との連携で、単独だとそれほど強くない。
「千鳥、あれと戦ってみるか?」
暗にお前の力を見たいと含ませる。
「ジャイアントエイプ……モンスターランクB。相手としては申し分ないです。ストーム殿が拙者の力を不安視しているのは分かってます」
「あ、いや……」
ハッキリと言われて口ごもる俺に対し口元へ笑みを浮かべ、千鳥は言葉を続ける。
「ご安心を。『ニンジャマスター』の力、とくとご覧あれ」
千鳥はゆっくりと立ち上がると、そのまま丘を下っていく。
お? 「
ワクワクしてきた。ニンジャマスターとはどんな戦い方をするのだろう。
って、おいおい。千鳥は何の対策も無く真正面からジャイアントエイプに近寄っていくじゃあないか。
当たり前だが、それだとジャイアントエイプが千鳥に気が付き……唸り声をあげながら立ち上がると、両手を上に掲げる姿勢を取る。
あれは威嚇のポーズだ。
しかし、千鳥はそれを意に介さず更に寄る。
どうする? 万が一のために助けに入ったほうがいいか? あれでは無防備過ぎる。
彼はジャイアントエイプが手の届く位置で両手を組み目を瞑った。対するジャイアントエイプは、当然これを好機と見て両手を振り下ろす。
「ニンジュツ『
千鳥の声の方が、ジャイアントエイプより速い。
しかし、ジャイアントエイプの丸太のような腕が、彼の顔へ勢いよく当たってしまう。
え?
ええ?
ジャイアントエイプの腕が千鳥に当たった瞬間、彼の姿がかき消え、代わりに細い木の枝が現れた。
千鳥はどこに?
上だ。上にいる。
彼はいつの間にか高く飛び上がり、ジャイアントエイプの頭上で「二首のナイフ」を振りかぶっていた。
そのまま落下した彼はナイフを振り下ろし、ジャイアントエイプの首元へそれを突き刺す。
ジャイアントエイプから腹の底まで響くような悲鳴があがった。
対する千鳥はジャイアントエイプの肩から足を回し首元に後ろから取りつく形になる。
ジャイアントエイプは千鳥を振りほどこうとせず、思いっきり握りしめた両手を千鳥に向けて振り下ろした。
ここはどうする千鳥?
彼はチラリと俺の方を見た気がした。
彼は素早く武器を「翅刃のナイフ」へ切り替えると、ハの字を描くようにナイフを一閃させる。
ジャイアントエイプの腕が半ばから落ち、更なる絶叫が響き渡った。
最後のあがきとばかりに暴れまわるジャイアントエイプだったが、千鳥は振りほどかれぬよう両足に力を込め体を固定すると、冷静に「二首のナイフ」を奴の首へ突き立てる。
この攻撃が致命傷となったのか、ジャイアントエイプは前のめりに倒れ伏したのだった。
身体バランス、冷静な判断力、ニンジュツ「
俺はナイフを振り、血を落とす千鳥の様子を眺めながら、口元が綻ぶのだった。
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