第26話 相談ごと
太陽が真上にあがる頃、宿に戻って来た。
お昼時だけど、この宿はお昼が一番暇な時間らしい。
「おかえりなさいませ。ストームさん」
「エステル、お昼はまだなの?」
そろそろ彼女はお昼休憩の時間なんだけど、まだ受付業務をしているみたいだ。
「そろそろ行こうと思ってたんですよ」
「そうなんだ。お昼なんだけど、少し抜け出せないかな?」
「大丈夫ですよ。夕方まででしたら」
「じゃ、じゃあ。お昼を一緒に行かない?」
「え、いいんですか……私で」
「うん、エステルと行きたいんだよ。お昼代は心配しなくていいから、どうかな?」
「もちろんです!」
エステルは棚の下から「受付の方はベルを鳴らしてください」と記載された台紙をカウンターの上に置く。
彼女がいない間は、レストランにいる彼女の父親がお客さんの対応をするって
「エステル。途中で食べ物を買ってから、行きたいところがあるんだよ」
エプロンを脱いでいるエステルに声をかけると、彼女は「分かりました!」と元気よく言葉を返す。
◆◆◆
途中でサンドイッチと飲み物を購入して、てくてくとエステルと横並びになって歩いて行く。
さあ、見えて来たぞ。
「ストームさんと外でランチ……どんな場所なのか楽しみです」
エステルはぽやぽやとご機嫌な様子だ。誘ってよかった。うん。
「ここだよ。エステル。行こう」
「え、ええ。え?」
戸惑うエステル。
どうしたんだろう?
ん? どこに着いたのかって? そら、魔術師ギルドだよ。エステルも交えて、村雲と千鳥を加え相談したいことがあるからさ。
ちょうど、彼女が空いていたようだからついてきてもらったってわけだよ。
「魔術師ギルドですよね……ここ……」
「うん。ここで知人が療養しててさ」
「は、はい……」
エステルの顔が一瞬曇るが、彼女はすぐに笑顔に変わる。
どんなつもりか分からないけど彼女は、俺に見えないよう腰の後ろ辺りで拳をギュッと握りしめている。死角に入っているつもりだろうけど、見えてるからな。
彼女は「ストームさんだし……」と呟いているけど、どういう意味だよそれ……。
「エステル、こっちこっち」
「は、はい」
左右を物珍しいそうに見渡して立ち止まるエステルの手を引き、俺は真っ直ぐにいつもの校舎に向かう。
◆◆◆
「お食事でしたら、出向きましたのに……」
村雲の寝ている部屋を訪れると、千鳥がすぐに出てきてそんなことを呟いた。
サンドイッチを沢山持っていれば食事を一緒に食べたいってすぐに分かるよな。うん。
「てっきり、ストームさんがこれだけの量を食べると思ってました。お二人の分もだったんですね」
エステルが納得したように、テーブルの上にサンドイッチを準備してくれている。
しかしだな、なんだか彼女の態度がさっきから刺々しい気がするんだよなあ。何かやったっけ俺?
「村雲さん、調子はどうですか?」
エステルの様子が気になりながらも、俺はベッドで寝ころぶ村雲へ問いかける。
「おかげ様でもう立って歩けるほどに回復してきておりますぞ。若!」
村雲は上半身を起こして、渋みのある笑顔を見せた。
顔色もよくなってきていて、ガリガリだった体も肉が少しずつついてきたように思える。
それはそうと、「若」って何なんだろうな……。いつの間にか村雲が俺のことをそう呼ぶようになってしまったんだ。
そのうち聞いてみよう……。
「それは良かったです。そろそろ退院できそうですね」
「そうでござるな。ワオン師父のお言葉ですと、明日からは日常生活なら送ってもよいと許可が出ておりまする」
「少し、今後のことで相談がありまして」
「分かり申した。若。それがしは何処へでもお供いたす」
気持ちは嬉しいけど、まずは療養してくれよお。倒れられたらせっかく回復してきた意味がなくなってしまう。
ちょうどサンドイッチの準備もできたようだし、改めてみんなに呼びかけることにしよう。
俺は村雲、千鳥、エステルへ順に目を向けると、口を開く。
「今後のことで相談したいことがあって……みんなの意見を聞きたいんだ」
三人は無言で頷きを返してくれた。俺の真剣な様子を汲み取ってくれたのだろう。
「まず、俺の置かれた状況を簡潔に。その後、俺の提案を聞いて欲しい」
俺は三人へ語り始める。
書写本を売ってくれていた本屋が、アウストラ商会の邪魔が入り販売できなくなったこと。
トネルコが取引をしたい意思を示してくれていたが、このままではエステルと同じように荒事に巻き込まれる可能性があること。
だから、護衛を探していて冒険者ギルドを頼った結果、そのまま使えそうな人材はなかなか集まりそうにないこと。
「そこで、初心者冒険者を育てようかなと考えているんだ」
「なるほどでござるな」
村雲がふむと顎に手を当てる。
「そうなると、俺は街を離れ魔の森へ向かうことになる。そうなったらエステルが護れなくなってしまうんだ」
「それでしたら、それがしが必ずやエステル殿を。千鳥もいますしな」
村雲と千鳥が頷きあう。
待ってほしい。村雲は療養だと言っているだろうが。
「まだ先があるんだ。せっかくだから、この機会にエステルにも村雲さんにも魔の森へついてきてもらえないかと思って」
エステルには修行をしてもらい、村雲は中層の小屋で静養。千鳥には村雲についていてもらう。
これだと、モンスターの襲撃以外は安全だ。中層のモンスターなら千鳥がいれば余裕で捻りつぶせるしさ。
「若、一つ、それがしに提案がござる」
「なんでしょうか?」
「護衛の件でしたら、それがしが探して参りますぞ。荒事に関わってる期間はそれなりにありましたので」
村雲が連れて来るような人物ならそれなりに使える人が来そうだ。
しかし、寝首を可能性がないわけではない。
「村雲さん、元気になってからお願いしてもいいですか。一つ、注文が」
「お任せを。注文を申してくだされ」
「人選はお任せしますが、『信頼』を売りにするより『金で動く』者の方が却って仕事をしてくれると思っているんですよ」
「なるほど。おっしゃられることは分かりますぞ。『賃金分の働きを行う仕事人』を探してきましょうぞ」
「ありがとうございます」
思わぬところで護衛の件は軌道修正したが、初心者冒険者を雇うよりはいいだろう。
「でしたら、エステル殿を含め四人で魔の森へ行くのですね。ストーム殿」
千鳥が確認するように俺へ尋ねる。
「千鳥、まだそうなると決まっていないんだ。エステル」
「はい?」
「行くか行かないかは君自身で決めて欲しい。もし行かないとなっても君の安全は何とかする」
冒険者を鍛える必要は無くなったから、村雲と千鳥だけ行ってもらってもいいわけだしな。
俺が行くかどうかは、村雲が連れて来た護衛次第ってところだ。
「行きます! 絶対に行きます!」
「そ、そうか……」
あまりの勢いに気圧される俺。
「ち、違いますよ! ストームさんと一つ屋根の下だからってわけじゃあないです!」
聞いても無いのに、そんなことをのたまって耳まで真っ赤にするエステルである。
「あ、うん」
「私……強くなりたいんです。お父さんにもストームさんにも迷惑をかけないくらいには……」
「分かった。君の父さんには必ず許可をもらってくれよ」
「はい!」
この後すぐエステルは父親の許可をもらい、俺たちは魔の森へ向かうこととなった。
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