第36話 半蔵

 そんなこんなで忙しさにかまけていたら、千鳥とエステルとレストランへ行く日になる。


 道中、これから行くレストランの話題になって、エステルに以前この店へ連れて行ってもらったとか話すと……千鳥が「むむむう」って感じになってしまい困った。

 そんな微妙な空気も港が近付き波の音が大きくなってくると変化する。


「海が好きなのか? 千鳥?」

「波の音が好きなんでござる」


 ようやく笑顔を見せる千鳥へ、エステルも笑いかけた。


「波の音って何だか癒されますよね。音楽を聴いてるみたい」

「音楽かあ……」


 そういやちゃんと音楽を聴いたことがないな。街路で演奏してる人たちから聴こえて来るものならあるけど。


「次は音楽を聴きに行こうか」

「はい!」

「是非お願いしたいです」


 二人もまんざらではない様子。できれば次は村雲も連れてきたいところだな。同じ釜の飯を食った仲だしね!


 お、レストランが見えてきた。

 船を模したレストランは今日も盛況のようで、中から雑多な声が聞こえてくる。


 ◆◆◆


 レストランで楽しい時を過ごし、外に出るとすっかり夜のとばりが下りていた。


「千鳥……」


 囁くように千鳥へ声をかける。

 彼も気が付いたようで、無言で頷きを返した。

 

「エステル、俺と千鳥の間に」


 エステルの手をグッと引き、彼女を挟んで反対側に千鳥が歩く。

 

 レストランを出た時から、誰かにつけられている。

 気配は二人。

 一人は素人だな……ハッキリと場所が分かるほど気配を感じる。もう一人は手練れだ。

 

「千鳥、何人か分かるか?」

「一人? でござるか」


 千鳥の回答から、もう一人の実力を推測。油断はできないな。

 どうするか。このまま人気のない場所へ向かうか、街の方へ向かうか。

 千鳥、エステルの顔を順に眺め、俺はすぐに結論を出す。

 

 下手に潜られるより、今やっちまおう。

 今なら確実に俺が対応できる。

 

「千鳥、エステルから目を離さないように頼む」

「はいです」


 俺たちはゆっくりと倉庫街の方へと進んでいくことにした。

 倉庫街は昼間こそ賑わっているが、労働者が消えた後は急に静まり返る。

 

 倉庫街に入り、少し進んだところで俺は歩みを止め、後ろへ向きを変えた。

 

「出てこいよ。俺に用があるんだろ?」


 挑発するように、呼びかける。

 魔法の灯りの光はぼんやりとしていて、月明かりより若干明るい程度。視界はとても悪い。

 奴らがいるだろう位置は、灯りと灯りの隙間……あそこの暗闇だ。

 一方の俺たちは灯りの真下にいて、相手からはよく見えるはず。ワザとここから呼びかけたんだけどな。

 

 といってもこんな安っぽい挑発に乗ってくることはないか。

 こっちから行ってやろうかと右足を上げた時、向こうから声が響き渡った。

 

「ストーム。久しぶりだなあ」


 姿を現したのはグラハムだった。


「何の用だ?」

「お前を潰したくてなあ。ハハハハ」


 こいつはやっぱり馬鹿だ。


「お前……『クラーケン』を首になったんだろ? せっかく五体満足なんだ。とっとと街を出たらどうだ?」

「ストーム! どうしてそれを!」


 言っちゃうのかよ。少しは取り繕えよ……。

 分かりやすすぎるくらい顔をゆでだこのように染めて、グラハムは叫ぶ。


「お前の、お前のおかげで俺は『クラーケン』を追い出されたんだ! お前を仕留め、ファールードの奴にも復讐し……」

「それを成したとしても、お前、アウストラ商会に消されるだけだぞ」

「事が終わったら街から脱出するだけだ! まずはお前だ! ストオオオオム!」

「いいぜ。かかってこいよ。それとも、臆病なお前じゃなく、そこにいる奴が俺の相手か?」


 隠れているもう一人を見抜かれたことであからさまに動揺するグラハムだったが、怒りがそれを打ち消したようだ。

 

「半蔵! まずはこの男をやっちまえ!」


 グラハムの声に応じ、すううっと闇から姿を現したのは村雲や千鳥に似た黒装束をまとった男だった。

 赤色光沢のある鉢金と背に白色で般若の意匠が刺繍されているのが特徴的だろうか。

 

「般若に赤鉢金……『ヌケニン』半蔵!」


 傍らで千鳥が驚きで目を見開いた。

 

「よく知っているなあ。こいつは賞金首ランクAの半蔵。冒険者ランクAのお前よりこと戦闘においてはランクが上だ!」


 自慢気に鼻息あらくグラハム。

 賞金首ランクってのは何のことか分からないけど、同じレベルの冒険者ランクより強いらしい。だから何だって話なんだけどな。

 ランクは勝手に認定されたもので、そいつの実力を示しているわけじゃあない。あくまで参考程度にする分にはいいが、妄信するものではないぞ。


「よくわからんが、『ニンジャマスター』ってやつか? レアスキルって聞いていたけど、わんさかいるんだな」

「何を呑気に……半蔵でござるよ! 純粋な戦闘力ですと父上をも凌ぐやもしれませぬ」

「千鳥、君ならもう分かってると思ったけど……」


 俺の言葉で千鳥はハッとしたように膝を打つ。

 

「ですが、くれぐれも細心のご注意を。ご武運を」

「エステルをしっかり護っておいてくれよ! 任せたぞ。千鳥」


 俺は半蔵へと向き直り、こぶしを前に掲げる。

 

「かかってきな。お前なんてこの拳だけで充分だ」


 武器は抜かない。素手で倒してやるとハッキリと言い切る。

 相手を舐め切ったこの挑発へグラハムは激高するが、半蔵は冷静そのものだった。

 

隠遁ステルス


 半蔵の低い声が響き、彼の姿が消失する。

 ニンジャマスターの「売り」は隠遁だろう。しかしだな。

 

 そこだ!

 

 俺は斜め後ろに腕を振る。

 裏拳が肉を捕らえた感触がはっきりと伝わって来た。

 

「ニンジュツ『空蝉うつせみ』」


 これに対し、半蔵は空蝉で俺から受けたダメージを無効化し空へと飛びあがる。

 そのままトンボ帰りして着地する半蔵。

 

隠遁ステルスが見破られた……だと……」

「残念だったな。きかねえんだ。そいつは」


 声こそ冷静そのものだったが、僅かな驚きを半蔵から感じ取る。

 次はどうする? 半蔵?

 

 立ち尽くすままの半蔵へ向け、俺は一歩前に進んだ。


「もう手詰まりか?」


 対する半蔵は両手を胸の前で組み、新たなニンジュツを詠唱する。

 

「ニンジュツ『影縫い』」


 声と共に、半蔵はクナイを俺に向けて投げつけた。

 しかし、大きく外れ俺の後ろの床にクナイは突き刺さる。

 

「む……」


 急に体が重くなったぞ。力をグググッと込めると僅かだけ右腕が動く。

 一方の半蔵は動きの止まった俺へ向け一目散に駆けてくる。

 

 しかし……。

 動かそうと思えば動くんだよな。

 それなら問題ない。

 

超筋力力こそパワー


 小刀を抜き放ち飛び上がった半蔵へ向け、下から上へ拳を突きあげる。

 虚を突かれた半蔵はどてっぱらへまともに俺の拳を受け鈍い音を立てた後、吹き飛ぶ。

 

 ドウン――。

 半蔵は倉庫の壁へ派手に激突し、首がガクリと落ちたのだった。

 

「そ、そんな馬鹿な! 俺の全財産を持っていきやがったんだぞ。こいつは!」


 半蔵を指さしワナワナと肩を震わせるグラハム。


「次はお前の番か? 来いよ、グラハム」


 手を前へ突き出し、中指と人差し指を揃えクイクイッ奴に向ける。

 これに対し、すごい形相で俺を睨みつけるグラハムだったが、顔つきとは裏腹にブンブンと首を振り踵を返す。

 

「覚えておけ! 必ず、お前を潰す!」


 ダッと駆けだすグラハムが俺たちから少し離れたところで何かにぶつかりすっころんだ。

 

 暗闇でよく見えないが、グラハムのところに二人の気配があることが分かる。

 誰だ?

 

「て、てめええ。ファールード!」


 グラハムの怒声がこちらにまで聞こえて来た。

 今、何と言った。グラハム。

 考えるより先に体が動いていた。

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