第59話 苦手な相手

「アイテムボックス……」


 俺の呟きにハールーンは無言で頷きを返す。

 

「そうだとも。親子のスキルは受け継がれることが多いんだよ。君もね」


 何気ない一言だったが、すぐに言葉の意味を噛み締め驚愕の事実に目を見開く。

 この男……俺のスキルを知っている?

 

「ほら、そうやってすぐに気持ちが揺さぶられる」


 肩を竦めて柔らかい態度を崩さないハールーン。

 こいつは思った以上の際物だぞ……。柔らかな仕草に騙されてはいけねえ。気を引き締めろ。

 自分を叱咤し、カウチへ腰かける。

 

「それでお話とは?」

「全く君は……先ほど順を追って話をしようと言ったところじゃないか」

「それでお願いします」


 憮然とした顔で彼と目を合わせず応じた。

 

「世界樹の果実の色が変わった」

「はい」

「だから、君には古代遺跡に行ってもらいたい」

「よく分からないんですが……」

「ほら、単刀直入に言っても分からないだろう?」

「……ですね」


 いかん、どうもこの人は苦手だ。でも嫌な感じがしないところが不思議で仕方ない。

 なんだか、幼い時の自分が諭されているみたいで……。悪くない。

 それが悔しいんだが。

 

「いいかい。君は勇者と魔王の物語なら知っているかな?」

「はい」


 にゃんこ先生ともこの話をしたな。

 確か、大賢者が実在するとかなんとか。

 

「大賢者は実在する」

「やはりそうなんですか!」


 心を読まれていたみたいで気持ち悪かったが、それよりなにより世界樹の果実の色の原因を知るに一番だろう事実を切り出されたから、身を乗り出して聞き返してしまう。

 

「……と言われているね」


 機先を制されガクリとする。

 てっきり、大賢者の居場所でも知っているのかと思ったよ。

 

「まあ、これは冗談だ」

「そ、そうですか」

「本題はだね。伝説だと思われているようなおとぎ話でも真実だということもあるのだよ」

「なるほど。例を出したんですね」

「そうだとも。いいかい。『世界樹の果実の色』が変わる伝承もあるんだ」


 やっと本題か。

 

「私は信じられなかったがね。どうも王族や一部大貴族の間では代々伝わっていることが分かった。それに」

「それに?」


 もったいぶったように言葉を切るハールーンをじっと見つめるが、彼は口をつぐんだままワインを口に含む。

 

「いいかい。落ち着いて聞いてくれよ」

「はい」


 引っ張るなあ。もう……。


「私の友人もそう言っていたんだ」

「は、はあ……」


 やけにもったいぶったけど、だからなんだって言うんだよ。

 肩透かしをくらった俺だったが、ハールーンの次の言葉で目を見開く。

 

「私の友人とは君の父だけどね」

「父さんの! ハールーンさんと父さんが知り合いだって!?」

「だから、落ち着いて聞いてくれと言ったじゃないか」

「は、はい」


 ハールーンは説明を続ける。

 今からちょうど二十年前、俺の父はこれより四十年以内に世界樹の果実の色が変わると予言した。

 その時は、世界樹へモンスターを寄せてはいけない。そして、その時、一番信頼できる者を古代遺跡に行かせろと。

 

「それで俺に古代遺跡へ?」

「そういうことだ。しかし、蛙の子は蛙だねえ」

「それって……」

「君は自分のスキルについてどう思う?」

「最初は荷運びにしか使えないスキルと思っていましたが、鍛えると化けました」

「うん。そうだね。君の父は君に自分の特異性を感じて欲しくないと言っていた。だから君にトレーススキルは『外れスキル』だと思わせたんだよ」


 父さんの気持ちは分からなくもない。トレーススキルはとんでもない壊れ性能を持つ。

 スキルの真実を知ってしまえば、俺は普通ではいられなくなる。地味な暮らしをしようとしても、俺の血がスキルがそれを許さないだろう。

 でもさ、父さん。

 隠さないで教えておいてくれれば、俺が山にこもることなんてなかったのに……。

 生きていたら一発ぶん殴ってやりたい。

 

「鍛えたのはあなたの息子が原因ですがね」


 嫌味ったらしく言い返すのが精いっぱいだった。

 しかし、俺の気持ちを知ってか知らずかハールーンは困ったように眉をひそめ苦笑するだけだ。

 

「君には感謝している。君の父と私の関係は私しか知らない。あいつも君に鼻っ頭を叩かれてようやく一人前になれた」

「話は戻りますが、俺じゃなくファールードとか実力ある冒険者でも良かったのでは? それに一人で行かずとも……」

「スティーブの求める条件に一番合致するのが君だ。それに、残った実力者にはやることがあるからね」

「それって……」

「順を追って話そうか」

「はい」


 今度は素直に頷きを返した。

 すると、ハールーンは満足気に俺を見やりワインを口に含む。

 彼の態度に恥ずかしさからか頬が少し熱くなる……。お、俺だって学習するんだ。

 

「まず、今やらなければならないことが二つあるのはいいかい?」

「世界樹の防衛? と古代遺跡ですよね」

「その通り。それでだね。何か気が付かないかい? 古代遺跡に行くのは、ファールードではなく君だ」


 なるほど。そういうことか。仮に、あくまで仮に。俺とファールードの実力がそう変わらないとする。

 もしそうであるなら、ファールードが世界樹へ向かった方が効率がいいんだ。

 いや、俺はファールードに負けてないけどな。実際勝ったし!

 

 思考がズレてしまった……。あいつのせいだ。

 ああああ。

 頭をこれでもかと振り回し、ファールードのにやけた顔を頭の中から消す。

 

「どうしたのかね?」

「いえ、考え中なんです。もう少し待ってください」


 世界樹での戦いは「一対多」もしくは「多対多」になる。モンスターは一体と限らないし、ハールーンの言葉通りだと防衛に向かうのは一人ではないだろう。

 アイテムボックスは事前に収納さえしておけば無尽蔵の物量を誇り、再び収納することで長期戦も可能。

 どんどん物を落とせば多数に対応できるしな……。

 一方のトレーススキルは多彩なスペシャルムーブが売りだ。SPはすぐに尽きるから短期決戦向けだし、一対一において最高の力を発揮する。

 

「お待たせしました。ファールードではなく俺だって理由は分かります」

「そういうことだよ」

「でも、俺以外にも実力者はいるんじゃないですか? 冒険者とか……」

「私の知る限り、君以上の適役はいない。私が言うんだ」


 ハールーンは茶目っ気たっぷりに片目を閉じた。

 彼の情報網は俺なんかの比じゃないだろう。時間的余裕も考慮したら、俺が最適と判断したわけか。


「分かりました。俺が行きます」

「助かるよ。私の方はすぐに伯爵と王へ使者を送ろう。できれば騎士団を派遣してもらいたいからね」

「随分大ごとなんですね」

「そうだとも。なかなか大変な作業になるはずだよ。必要な物資は私の方で準備しよう。伝書鳩……いや使い魔を使おう」

「了解です」


 なんだか大事になってきたぞ。

 王様とか伯爵とか想像もつかない。

 でも、俺のやることは至ってシンプル。古代遺跡に行くだけだ。

 

 ん?

 

「まだ何か疑問点がありそうだね。何かな?」

「いえ、伯爵とはラファイエ伯爵ですよね」

「もちろん。スネークヘッドの街はラファイエ伯爵の領地だからね。おっとアンギルス子爵にも声をかけておこう」

「魔の森を挟んだ向こう側でしたっけ……」

「魔の森が作戦範囲だからね。かの子爵も手を貸してくれていいはずだ」


 騎士団が来てくれるのはいいが、彼らの中でも最精鋭でないと最深部のモンスターは対処できないぞ。

 まあ、俺が心配することでもないか。うん。

 

「何か考えているようだけど、王侯貴族へ声をかけるといっても数百人も騎士が来るわけではないんだ」

「そ、そうでしたか」

「最深部の怖さは君も知る通りだ。えりすぐりの中のえりすぐりは王国全土でもそうそう数はいない」

「そういうことでしたか」


 納得した。

 俺は立ち上がり、ハールーンへ会釈すると倉庫を出たのだった。

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