第71話 父さんな、漂流したんだ……
――その日の晩。
簡易的な大小さまざまなテントが立ち並び、それぞれがテントで寝る前の時間を過ごしている。
これだけ並ぶとテントから漏れるランタンの灯りが壮観だな。ここにはおよそ百名程度の人間が集まっているから、集積した物資の量もけた違いだ。
俺はと言えば、千鳥らに同じテントでと誘われたんだけど、父さんのところにいる。
父さんの寝泊まりしているテントは、床が八角形になるように棒を立て中央に支柱を地面へ突き刺し上から布を被せた作りになっていた。
中は広い。四人くらいなら余裕で寝泊まりが可能なほどだ。しかし、荷物や武器が無造作に散らばっていてこのままだと父さん一人が寝るだけでも一杯一杯といった様子。
少しは片付けろよなあ。俺の魔の森にある拠点は整然と整頓しているぞ。
どこに何があるか把握するのは重要だし、何でもかんでも使えそうなものは溜め込んでいたから整理しておかないとすぐに物で溢れてしまう。
父さんは大瓶に入った酒を直接煽りながら胡坐をかき上機嫌に俺へ座るように促す。
「ウィレムは飲まんのか?」
「普段は飲むけど、明日もいろいろやりたいことがあるしな。魔王が復活するまであと二日だろ?」
「一日の疲れを癒すのに飲むんだぞ。明日頑張るなら飲まんとな」
「……酒が残ると動きが鈍くなるじゃないか……全く」
「どうやらお前とは意見が食い違うようだな。まあいい。俺は飲む」
「既に飲んでるだろ!」
「そうかもしれん」
ぐびぐびと飲みやがって。
まあ、酒が入っていた方が父さんも喋り安いだろ。さっそく聞くとするか。
「父さん、トレーススキルを外れスキルって言ってたのは、俺の為を思ってのことなんだよな?」
「……すまん。お前には普通の道を歩ませたかった……」
父さんは途端に真顔になって俺から顔を逸らす。
頭をボリボリとかいて、再び俺へ顔を向けると俺の顔を真っ直ぐに見つめ頭を下げる。
「すまなかった。ウィレム。逆にお前が苦労することになるとは。トレーススキルは異端なんだ。お前が調子に乗り過ぎて破滅することも恐れた。普通の人生を歩んで欲しかった」
「そうか……もう何も言わないよ。納得はできないけど……許す」
「ありがとな。ウィレム」
父さんの顔を気恥ずかしさからまともに見ることができないが、きっと彼も同じような照れくさい顔をしているはずだ。
父と子とはいえ、男同士って普段からお喋りなわけじゃないしなあ……必要なことをボソボソっと話す程度だから余計に。
しかし、聞かねばならぬことがまだ残っている。
「トレーススキルのことは許す。でもな、父さん、俺をずっと放置していたのはどういうわけなんだ?」
「そ、それは言いたくないんだが……ダメか?」
「言ってどうにかなるもんじゃないけど、言わなきゃ始まらないだろ?」
「……仕方ねえな……」
父さんは首を振り、一気に酒を煽る。
大瓶に入った液体がどんどん減っていき……っておいおい一気に飲みすぎだって。
ぷぱああと酒臭い息を吐いた父さんはようやく話を始める気になったようだ。
「本当に言いたくないんだが、ダメか?」
「ダメ」
「っち。しゃねえな。一度しか言わねえからちゃんと聞いておけよ」
俺を放置した立場の癖に偉そうな。
少しムッとしたが、聞き逃さぬよう耳をそばだてる。
「ウィレム、お前は俺が行方不明になったとか聞いているのか?」
「うん。海の藻屑になって魚に喰われたって噂でな」
「あと一歩でサメに喰われそうだった。人間ってのは水の中じゃあ無力だよな……」
遠い目をする父さん。
この様子だと本当に船が沈んで死にかけたんだな。
おっと、父さんが続きを語り始めた。
「船が難破するどころか、船底を何か巨大なモンスターにやられちまってな。船が完全に沈み切る前に巨大なイカのようなモンスターはやれたんだが……」
「が?」
「船が大破してバラバラの木片になっていてどうしようもなかった」
「それって海のど真ん中で?」
「そうだ。島の影さえ見えん。木の板に捕まって丸二日漂流して……運よく島に辿り着いたんだ」
「よく生きていたな……」
その時のことを思い出したのか、父さんは苦々しい顔をすると更に酒を煽る。しかし、もう中身が入っていなかった。
「途中で雨が降って来たから何とかなった。もし降らなかったら死んでたな」
「悪運の強いことで」
「そんなわけで島に辿り着いたはいいが、どっちに進めば戻ることができるかもわからん。丸太で筏を作るにしても行き先が分からんとな……」
「船が通るのをずっと待ったのか?」
「その通りだ。そんで、戻って来たのがお前と会う二日前。大賢者から聞いていた日に近かったこともあり、急いで世界樹を見に行ったってわけだ」
「俺に会っていきなり気絶させることは無いだろうに……」
「そん時はお前がここまで強くなっているって知らなかったんだ。こんな危ねえとこほっつき歩きやがってと思う気持ちと何より……お前をこの戦いに巻き込みたくなかった」
「そうか……」
「モンスターを一匹でも世界樹に吸わせないようにそのまま世界樹のところに留まって今に至るってわけだ」
連絡できなかった理由は理解できた。
「分かった。父さん」
「おう」
立ち上がり、納得したように首を振る。
父さんも分かってくれたかと頷きを返す。
――そのまま納得するとでも思ったか?
そんなわけねえだろ。
拳を振り上げ、父さんの頬目掛けて振りぬく。
「おっと」
「ッチ。躱しやがったか」
「父さんをいたわれよ……」
「鉄の棒で殴ってもピンピンしているような父さんに遠慮する必要もないだろ」
腕を組みフンと息を漏らす。
対する父さんは困ったように頭をかき、空になった大瓶をひっくり返し瓶の口を舐めた。
全く……懲りない親父だよ……。
俺は呆れたように盛大なため息をつき、腰を降ろしたのだった。
◆◆◆
――翌朝。
ハールーンから貴族から派遣されてきた騎士を紹介してもらって事情を知る彼らから激励を受けたんだけど……言葉遣いが大仰で気恥ずかしくなってしまう。
貴族の人たちって格式ばっていて苦手だな……。
「ストーム殿! 我が主は貴殿の勝利を願うと。ささ、聖女様が祈願したサークレットになります。お受け取りください」
「ストーム殿! 伯爵は貴殿の勇気に深く感嘆し、褒章を約束すると伝えて欲しいと」
「ストーム殿! 騎士団を代表して貴殿の……」
あああああ。もう勘弁してくれ。ムズムズするう。
「ハールーンさん、後はよろしくお願いします!」
彼らから逃げるようにその場を立ち去る俺であった。
朝食の後、騎士団のみなさんを含め戦える連中は全て世界樹の巡回へと繰り出していく。
俺は昨日父さんから記憶したスペシャルムーブの研究だ。
俺の練習に千鳥が付き合ってくれて、あーだーこーだと赤ポーションをぐびぐび飲みつつスペシャルムーブを使う。
「ストーム殿、
「ん?」
「これは動かせるのは剣のみなんですか?」
「武器であればいけそうだな。試してみよう」
「はいです」
剣の舞は見えない糸が伸びて剣に繋がると操り人形のように動かすことができるんだが……。
街で披露したらおひねりは間違いなしだと思う。しっかし、こと戦闘となるとなあ。動きが遅いのはまだいいとして、糸の操作に集中しなきゃなんなくて他のことがおろそかになるのが問題だ。
つまり、後ろから剣の舞で操った武器で襲い掛かりつつ、前から切り伏せるってことができない。
愚痴はともかく、千鳥が持ってきてくれた長柄の槍を動かせるか試してみるか。
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