第9話 緑の髪をした少女

「ふう……」


 夕食を食べてサウナから部屋へ戻った俺は、椅子に座り大きく息を吐く。

 

「喉が乾いたなあ……」


 サウナで汗をかいたはいいんだけど、何も飲んでいなかった。

 机の上に目をやるが、空になったコップしか置いていない。他には、「宿のサービス一覧」が書かれた冊子だけか……。

 階下の酒場で飲んでもいいんだけど、文字ばかり書いていたし静かなところで脳みそを休めたい気分なんだよなあ。

 

 あ、そうだ。ルームサービスって手があるじゃないか。

 冊子を手に取り、何があるかなーと一覧を眺めていく。

 

 お、おお。結構充実しているな。さっぱりとした果実酒のサワーとかにするかなあ。

 俺は冊子を持ったまま、宿の受付に向かう。

 

「すいませんー」


 受付に誰もいなかったので大声で呼びかけたら、パタパタと緑の髪の毛を揺らしながら、受付の少女がやって来る。

 

「お待たせしました」

「えっとですね、ここにある洋ナシのサワーを持ってきてもらいたいんですが」

「かしこまりました。他にはございませんか?」


 他にとは……。マッサージ、ステータス鑑定、洗濯、お弁当――。

 まてよ。

 

「『ステータス鑑定』は冒険者ギルドからスタッフが来たりするんですか?」

「いえ、私がやらせていただいております」


 緑の髪、エステル、ステータス鑑定……そうか。そうだったのか。

 朝からずっとモヤモヤしていたものが、ようやく繋がった!

 ファールードとグラハムに絡まれていたあのエステルに違いない。

 

「エステル、君はあの時のエステルだろう?」

「あの時とは……」


 しかし、俺の言葉とは裏腹にどうもエステルは要領を得ない。

 だったら……そうだ。

 俺はエステルに二百ゴールドを手渡し、彼女の腕を引く。

 

「ここだと人がたくさんいるから……部屋でもいいかな」

「あ、あの……。急にそんなことを言われても……そういうサービスはしていませんし……」

「足らなかったかな。じゃあ」

「い、いえ、お金の問題では……た、確かに、ストームさんは素敵な方だとは……私は何を……」


 頬を染めて恥ずかしがるエステルを自室まで連れて行き、部屋の扉を閉める。

 

「エステル、頼む」


 ベッドに腰かけ彼女へ右手を向け、頭を下げた。

 しかし、エステルは全く身動きせず「あの、その」と口をモゴモゴとさせるばかり。

 

「『ステータス鑑定』を」

「や、やっぱり、いくらカッコよくても……いきなりは……まずはお友達から……え?」


 エステルはかああっと耳まで真っ赤になってうつむいてしまった。

 何かやっちまったかと思って彼女を様子を眺めていたら、彼女は手でパタパタと顔を仰ぎながら、俺の右手を取る。

 

「で、ではステータス鑑定をしますね」

「ありがとう」


 目を瞑るとすぐにステータスが頭の中に浮かんできたのだった。

 

『ウィレム

 性別:男

 年齢:二十一

 レベル:八十三

 スキル:トレース

 スキル熟練度:百(最大値)

 HP:九百二十

 MP:無

 SP:三百二十

 状態:正常』

 

 お、おお。ステータスカードに比べて見える項目が多いんだな。

 三年前にエステルに鑑定してもらった時より項目がかなり増えているから、彼女のスキル熟練度もあがってるってことか。

 

「エステル、気が付いたか?」

「えっと?」

「あの時、ステータス鑑定をしてくれたじゃないか。俺のスキルで思い出さないか?」

「ステータス鑑定は、相手の方にしか見えません。し、しかし……まさか、あなたはあの時助けてくれた……ウィレムさん」

「うんうん。その通り。俺はウィレム」

「あの時、お名前はお聞きしてませんでしたが、あなたのお名前は街でかなり噂になりましたから……」

「いずれ奴らには相応の報いを受けさせるつもりだ。その時が来るまで、俺はストームと名乗っている。君も俺と同じでファールード達に何かされたんじゃないかと心配だったけど、元気そうでよかった」


 あの時ファールードは「俺」に対して刑を執り行うとしか言っていなかった。といってもあいつのあの性格だ。エステルにもプライドを傷つけられただろうから、何かしてやしないか心配だったんだよ。


「はい。私には何かしてくるといったことはありませんでした」


 そうは言うものの、エステルの顔は優れない。

 あいつら、やはり。

 俺の中に黒い感情が流れ込んでくる。

 

「本当です。本当に何もされてません」


 俺の雰囲気を敏感に感じ取ったのか、エステルがブンブンとかぶりを振る。

 

「そうか……それならよかった」


 腹の奥に入り込んできた何かが霧散していく。


「ごめん、怖がらせてしまった」

「いえ、私は宿屋の娘ですし、この仕事が天職だと思っているのですよ」

「そっか、この宿はエステルの両親が経営する宿だったんだな」

「そうです」


 俺は心に思うところがあったが、これ以上エステルへこの話題を突っ込むのをやめる。

 きっと彼女はずっと恐れていたのだと思う。ステータス鑑定を持つ彼女なら、より相応ふさわしい職場にだって行けたはずなんだ。

 いや、彼女は心からこの宿で働きたいと思っているかもしれないじゃないか。要らぬ詮索はよそう。

 

「ありがとう、エステル。突然部屋に引っ張り込んで驚かせてごめんな」

「い、いえ。ウィレムさんがお元気そうで嬉しいです!」

「俺だということは秘密にしておいてくれると助かる。外ではストームと呼んでくれ」

「はい! ストームさん!」


 エステルは花の咲くような笑顔を浮かべ、俺の名を呼んだのだった。


「心配しないでくれ。俺は俺でやる。あの時の俺じゃあないから」


 彼女の肩をポンと叩き、精一杯の笑みを浮かべる。

 

「ストームさんのご活躍は冒険者さんの噂でも聞こえてきます」


 エステルははにかみ、俺は彼女へ頷きを返した。


「じゃあ、また明日、受付で」

「はい!」


 エステルを扉の前で見送り、彼女の姿が見えなくなってから扉を閉める。

 椅子に腰かけ、一息ついたところで気が付いた。

 

 飲み物が無い……。

 この後、しっかりと俺の注文を覚えていたエステルが洋ナシのサワーを持ってきてくれ事なきを得た……。

 

 ◆◆◆

 

 つっかえていたものが取れたからか、その日の晩はベッドに寝転がるとすぐに意識が遠くなる。

 朝日と共に起き、ストレッチをして朝食を食べてからすぐに書写の続きへと取り掛かる。

 

 読む速度で筆記していけるから、速い速い。インクが切れて字がうつらなくならないよう、こまめにインクを羽ペンにつけることも忘れず実行。

 よしよし。いいぞ。

 一冊書き終える頃、お昼になる。

 

 昼からは更なる高速化を狙う。最初のページと最後のページでは慣れの違いから書写の速度が全然違うから、面倒だったけど最初から最後までもう一度「記憶」をやり直した。

 その結果、一冊を書ききるまでにかかる時間が更に半分になったのだ。

 ちゃんと「記憶」できたのかチェックするために、もう一冊書写を行う。おっし、問題なし。これで、いくらでもこの本に関しては書写可能だ。

 

 せっかくだから十冊くらい作って持って行くか。

 と思ったら、無地の冊子がもうない。

 

 買いに行こう……。

 俺は無地の冊子を仕入れるため、本屋に向かうことにした。魔術師ギルドで仕入れることもできるけど、にゃんこ先生に介在してもらわないと魔術師ギルドには入れないし……。

 それよりなにより、いきなり十冊持って行って彼を驚かせたいという気持ちが大きい。俺はニマニマと笑みを浮かべながら宿を出る。

 

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