第66話 ゴーレム

――翌朝。

 朝からエルラインお手製のゴーレムと戦ったが、これも前回戦ったウィスプと同じで手ごわかった。

 俺の知っているゴーレムは四角い石を積み上げて作ったような人型の巨体を誇るモンスターなんだけど、彼の準備したゴーレムはまるで異なる。

 このゴーレムは華奢な体躯にパイプを組み合わせたような胴体を持っていて、同じくパイプのような腕が六本胴体の後ろ側から生えていた。

 足は四本。関節が脚と腕に人間と同じように肩と肘、手首の三か所しかないのだけど、人と違って関節が百八十度以上稼働するんだ。

 これが思ったより厄介で、思わぬところから攻撃がくる。

 それに加え、四本の腕が持つ片手剣と残りの二本の腕が構える弓から放たれる矢と息つく暇も無く攻撃を放ってくるのだ。

 

 魔法こそ使わないけど、人間が使う武器を操るモンスターってのは初めてだったこともありとても勉強になる。

 

「まあ、これくらい倒してもらわないとね」


 エルラインは相変わらず優雅に紅茶を口にしてそんなことをのたまう。

 一方の俺は倒れ伏すゴーレムへ目を落とし肩で息をしていた。

 

「ハアハア……これくらいって……このゴーレム。下手なモンスターより余程強いぞ」

「そうだね。モンスターランクにしてAくらいかな。でも、その戦闘人形ゴーレムは劣化版なんだよ」

「え。えええ……これで完成品じゃないのかよ」

「そうだよ。よく考えてみなよ。戦闘人形ゴーレムってのは金属で作成するんだよ。それをわざわざ柔らかい普通の鉄で作ると思うかい?」

「あ……。そういうことか……俺のためにわざわざ作ってくれたんだな……」


 確かに言われてみると、翅刃のナイフで軽く当てるだけでダメージを与えることができた。

 これがオリハルコンやらミスリル鋼でできていたらこう簡単にはいかない。

 

 きっとエルラインが俺の実力を見てわざわざ鉄のゴーレム……いや彼曰く戦闘人形か……に切り替えてくれたんだ。

 俺が慣れた後、硬い体を持つ戦闘人形と戦わせるつもりだったんだろう。

 

「いや、わざわざ君のために作ったわけじゃない。たまたま鉄の戦闘人形が余っていただけだよ」


 そう言いながらもエルラインの紅茶カップを持つ手が僅かに震えているのに気が付く。

 ありがとう。エルライン。

 俺は心の中だけでお礼を言って、彼の真意には気が付かぬフリをすることにした。

 

「魔王は今日戦った戦闘人形のように人間を遥かに超越した身体能力を持ちながら、武器も使うってことだよな?」

「うん。戦ってみて分かっただろう? 剣や弓の使い方が人とまるで違う」

「重々身に染みたよ。手首のスナップだけで人が腰だめに構えた一撃以上のスピードとパワーを誇る一撃を繰り出すんだから……」

「クスクス。昼からもう一戦と行きたいところだけど、昼食後、魔王の魔法を見せよう」


 おお。それはまた面白そうだ。

 一体どんな魔法を使いこなすのか……俺は体をブルリとふるわせる。

 

 ◆◆◆


 昼食後、何故か塔の外で全員が集合してエルラインの魔法を見ることになった。

 というのは、彼が中だと狭いから外でと言って地下からみんなのいる一階へ登ったところ、魔法を使うなら是非みたいとみんながついて来たってわけだ。

 エルラインも秘匿して特に俺だけに見せるって姿勢じゃなくて、見たいならどうぞと彼の魔法を見ることを許可した。

 

「魔王はいくつもの魔法を使いこなすんだけど、勇者が使えた魔法も使うかもしれない」


 エルラインは外に到着するなり、聞きたくない事実を語る。

 魔王がそもそも沢山の魔法を使うんだったら、今更勇者の使用する魔法が加わったところで大差ないだろ。

 それに使用できる魔法が被ってそうだしさ。

 

「いろんな……となるとなかなか把握も難しいかな?」

「そうでもないよ。魔法ってのは数を使いこなすといっても、そのほとんどが高度な魔法を習得するための前提なんだよ」

「MPを考慮して上級と中級の魔法を使い分け……あ、そうか」

「うん。魔王はMPが無限だから、使いこなせるうちの最上級魔法を使う。ここは分かりやすくて対応しやすいところだね」


 確かにどの魔法が来るのか予想しやすくはなるけど、全てが最大威力の魔法で来るとなると……嫌すぎる。

 

「余り複雑に言われても理解が追いつかない。シンプルに頼む……」

「全く。魔王が魔法を使う時、呪文を唱える。この時はもちろん呪文に集中するってのはいいかな」

「あ、うん。そらそうだよな」

「その反応だったら、説明しないでよかったね」

「あ、ごめん。今のエルラインの言葉で気が付いたよ」


 魔王とて、魔法を使う際は他の者と同じってことだ。

 詠唱なしでいきなりどかーんと魔法を連打したりはできず、通常魔法を使う時の法則に従うってこと。

 なので、さっき戦った戦闘人形の武器のように人と違うことは想定しなくていい。

 

 エルラインは肩を竦め大きく息をつき、再び言葉を続ける。

 

「魔王の比較的好きな魔法は精神に影響を及ぼす呪文なんだよ。君にとってはこれがチャンスになる」

「ほう?」

「君は『鈍感』スキルが熟練度最高まで上がっているから、魔法では君の精神に影響を及ぼせない。それがどれだけ高度な魔法であってもね」

「お、おお。『鈍感』すげええ」


 ん。後ろでまたしてもため息が聞こえるが、これはエルラインじゃあないな。

 振り返ると、エステルと千鳥が気まずそうに口をつぐんだ。


「な、何でござるか? 笑ってなどいませぬ。ですよね? エステル殿」

「え、ええ。そうですよ。ストームさん。私たちはじっとエルラインさんのお話を聞いているだけですから」


 目が泳ぐ二人へこれ以上何も言わず、エルラインの方へ目を戻す。

 

「もういいのかな?」

「あ、うん。続けてくれ」


 エルラインよ。その笑みをやめてくれないかなあ。もう。

 彼はどうしてこう、エステルたちへ乗っかって俺をからかうのが好きなんだろう。

 あの子供っぽいクスクスとした笑い方も……。

 

 俺のじとーっとした目線に気が付いたのか、エルラインはニヤニヤとした笑みを浮かべながらようやく続きを語り始めた。

 

「魔法は大きな隙になる。ここまではいいかい?」

「うん」

「でも、攻撃魔法が来ることもあるから、注意が必要なんだけど……君の場合『流水』で何とかなるかな」

「躱せない感じかな?」

「魔王は派手なのが好きだからね。まあ、見せようか」


 エルラインはそう言って、俺たちへ大きく距離を取るように促す。

 十メートルくらい彼から離れたところで立ち止まるが、彼は首を振りもっと離れろと示唆してきた。

 そんなに距離を取らなくてもと思ったんだけど、にゃんこ先生が何か思うところがあるらしく俺の肩を掴む。

 

「ストーム君。もっと離れた方がいい。おそらく極大級の魔法だよ」

「どんなのなんですか?」

「見てみないことには何とも。これだけの距離を取るのなら、ランクSSの呪文に違いない!」


 にゃんこ先生は興奮した様子で耳をピンと伸ばす。

 二十メートル以上の距離をとったところで、エルラインはその辺りでいいと手で俺たちへ指示を出した。

 

「じゃあ。行くよ」


 エルラインは両手で杖を掴むと胸の前に構え、静かに目を閉じる。

 

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