第73話 遭遇

 走ること一時間程……。いよいよ世界樹が間近に見えてきた。

 ここで一息入れて、お互いに無言で水を飲む。

 千鳥に俺の位置が分かるように細い枝を揺らすとすぐ隣の枝が揺れるのが見える。

 隠遁ステルスを使っている間は俺や父さんならともかく、千鳥だとこちらの場所が把握できない。かといって隠遁ステルスを解除するわけにもいかないから、こうした方法を取ったってわけだ。

 声を出したら隠遁ステルスの効果が無くなってしまうしな。


 よし、息も戻ったことだし行くか!


――ゾワリ。

 その時背筋に薄ら寒いものを感じ自然と自分の肩を抱く。

 な、何だ。この得も言われぬ焦燥感は。

 まだ何も見えない。

 しかし、ソコに在る。


――ゾワリゾワリ。

 あそこだ。俺の座る枝から斜め下。

 そう、巨木と巨木の間から漏れる僅かな光が差し込むあの雑草で覆われたところ。

 時をおかず、空間が歪んだ。次に雑草が渦を巻くように歪んだ空間に飲み込まれる。

 周囲の雑音が根ごと吸い込まれきると、ポッカリと人の拳ほどの黒い穴が現れた。


 アレはマズイ。

 これまでに感じた事の無いほどの圧倒的にとも言える強者の佇まいを、あのちっぽけな黒い穴から感じ取れる。

 じっと観察しているだけなのに、手汗だけでなく冷や汗も止まらねえ。

 まだ姿を表していないが、アレこそ魔王か魔王になる素体に違いない。


 穴から黒い霧が漏れ出てくる!

 みるみるうちに黒い影が人型を取り、霧の密度が濃くなっていく……。


「千鳥! 逃げろ! そして、報告だ!」


 自分が姿を現わすことで黒い霧を引きつけその間に千鳥を逃がそうと思い、叫ぶ。

 千鳥、信号弾は任せたぞ。

 

 枝から飛び降り、黒い影……いや、すでに肉を持ち実体化している魔王の前に立つ。

 魔王は俺より頭一つくらい低い背丈で、薄い青色の肌をしている。頭からはヤギのような角が一本生え、長い銀髪にアーモンド形の形の良い大きな目をしていた。

 目の色は血で染まったかのような紅蓮。口元から生える牙もまた同じ色を備えている。

 美しいというより愛らしい顔貌をしているが、無表情で立ち尽くすその姿に俺は冷たいものを感じた。

 そう。

 魔王は人型というより肌の色こそ違うが人間の少女そっくりだったんだ。

 魔王はデーモンに近い姿をしていると思っていたから、本当にこの少女が魔王なのか迷う。

 

「魔王か?」


 思わず間抜けな言葉が口を突いて出た。

 だって、服装も黒のアンダーウェアの上から胸だけを覆う白銀のブレストプレートに幅広の革ベルト。下はスカート型の鎧に黒のブーツと王国の女騎士のような衣装を着ているんだもの。

 

 しかし、彼女は問いかけに応えるどころか背中の光を反射しない闇を切り取ったかのような両手斧を抜き――。

 

「うお!」


 一直線に俺へ向けて振り下ろしてきた!

 あ、危ねえ。

 

 これが魔王? ひょっとしたら魔王に操られているだけの人なんじゃあとか思っている間にも次の一撃が俺へ迫る。

 対する俺は翅刃のナイフを引き抜き、斧を逸らして凌ぐ。

 お、重たい。こんな小柄な体躯のどこにこんなパワーが!

 

 魔王と断定できる決定的な何かは無いものか。魔王だと分かれば容赦無く首を飛ばすことに躊躇は無い。例え可憐な少女の見た目であっても。

 俺の期待に応じるかのように、少女は口を開く。

 

「ブレイブ!」


 言葉と共に、少女の体が赤黒いオーラで覆われる。

 確定だ。

 こいつこそ魔王で間違いない。

 だ、だが。


 魔王の手元がブレる。

 攻撃が見えねえ。


超敏捷速さこそ正義


 スペシャルムーブの発動と共に周囲の時がコマ送りのように遅くなる。

 間一髪だった。

 両手斧が俺の首を今にも跳ね飛ばそうって距離まで迫っていたからだ。

 しかし、超敏捷が発動中の俺ならば凌げる。

 バックステップを踏むと同時に首を思いっきり後ろに反らして両手斧を躱す。

 

 追撃の手も躱したが、両手斧から放たれた風圧が後ろを駆け抜け大木の幹に直撃する。

 数秒後、巨木が倒れ込む葉をすり合わせる大きな音が響き渡ったじゃあないか。

 こいつは少しかすっただけでもお陀仏だ。

 

「お」


 どうやらブレイブの効果時間はここまでのようだな。超敏捷と超筋力に加え、六感、耐久まで強化する恐るべきスキル「ブレイブ」は、発動中はオーラが体を覆う。

 そのため、効果時間が終わるとオーラも消える。いつ発動しているのか分かるのだけは幸いだな……。

 魔王のブレイブが切れると時を同じくして俺の超敏捷の効果も切れた。

 

 どうする? 一旦距離を取って再び挑みたいところだが。逃げ切れるか?


――グエエエエエエエエ!

 魔王を睨みつけ、逃げる算段へ頭を巡らしていると上空から咆哮が俺の鼓膜を叩く。

 魔王から気を逸らさぬよう横目で上空を見やると、巨大な龍の影が確認できた。

 あ、あれは……真っ黒の影みたいになってはいるものの、あの形は……龍種の中でも最上級の一角「覇王龍」じゃねえか。

 モンスターランクは文句無しのSSランク。その姿は子供でも知っている。神々しいまでの白銀の鱗に覆われた覇王龍は人々の畏敬を集め、絵画やレリーフにと人気なのだ。

 

 覇王龍と魔王を同時に相手どるなんて自ら死にに行くようなものだぞ。

 逃げる。ここは何としても逃げる。

 これで惑わせることができりゃあいいけど。

 

 懐からクルミより一回り大きな球体を二つ取り出し、地面に投げるつける。

 すると、球体から真っ白な煙が勢いよく登り出しあっという間に白い煙が視界を遮って行く。

 

超敏捷速さこそ正義、シャドウ・サーバント、そして……隠遁ステルス!」


 一気に三つのスペシャルムーブを使用したことでSPが枯渇寸前になり、頭がクラクラしてくるがグッと堪え手近な木の幹を蹴り上げ一息に枝の上に降り立つ。

 上空で取り出しておいた赤ポーションを枝に足がつくと同時に飲む。

 

 覇王龍は俺の姿を見失ったようで、こちらに目がいっていない。

 一番気になる魔王は白い煙があるから姿を確認できないのだが、俺に肉迫してくる気配は感じ取れなかった。

 

 このまま一気に距離を取って逃げるぞ。

 前を向いた時、魔王の呪文を唱える声が聞こえた。

 

「ウィンド・ストーム」


 ッツ。あれはエルラインに見せてもらった魔法の一つだ。

 あれは大嵐を起こす魔法。白い煙を手っ取り早く吹き飛ばすために、風の最上位魔法で来やがったか。

 

 魔王を中心に暴風が吹き荒れ、大木の枝まで巻き込んで行く。

 一方の俺は風から逃れるように一目散に駆ける。しかし、暴風が起こすカマイタチを背中にまともに受けシャドウ・サーバントが消し飛んでしまった。


 何とか距離を取ることができた俺はフウと息を吐き額の汗を拭う。

 一旦撤収だ……。うまくみんなと連携しないと勝負にならねえな。

 

 念のため再度赤ポーションを飲み、千鳥が既に行ってくれているだろうけどこちらも念には念を入れてってことで信号弾を発射した。

 その後すぐに全速力でハールーンらが待つ拠点へ急ぐ。

 

 使い魔みたいに離れたところでお互いに会話できたら、連携も楽なんだが……。

 そんなことを考えているうちに拠点に到着したのだった。

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