第74話 試行錯誤

 拠点に戻ると既に作戦準備が進んでいるようで、ルドンが慌ただしく指示を飛ばしている。

 俺の姿を見とめた彼は右手を軽くあげ、こちらにスタスタと歩いてきた。


「よお、ストーム。魔王はどうだった?」

「強い……とは思います」

「その顔、やってやれねえことはねえって感じだな。ガハハ!」


 腕を組み豪快な笑い声をあげるルドン。

 何だか今の俺の気持ちを見透かされたようで嫌だな。

 魔王は強い。だけど手が届かないほどじゃあないと感じた。

 まるで勝てる芽が無いのならまた違った感情を持つが、俺は今少しワクワクしている。

 強者との戦い……高揚し武者震いしないか?


「しかし、目の前に出てくるとはな。幸いお前さんの前だったからよかったものの……」

「俺じゃなかったとして、父さんも村雲さんも下手はうたないさ」

「『英雄』に引っかかっちまうとやべえからな。まあ、スティーブならその辺うまくやるだろうがな!」


 全くよく笑う人だよ。

 何が嬉しいのか俺の背中をバシバシしながらはやめようぜ。

 ルドンの力が強すぎて痛いから!


「それで、俺はどう動けば」

 

 このままだと話が進みそうにないから、こっちから聞きたいことを聞いた方がはやい。

 俺の言葉にルドンは悪びれもせず、「おっと忘れるところだったぜ」と前置きしてから話を始める。

 彼はこのようなおどけた態度をいつもとるけど、俺の知っている人の中で頭の回転がトップクラスなんだよなあ。

 態度に騙されてはいけない。うん。

 

 俺の言葉を受けルドンがすううっと目を細める。この切り替えの早さが彼らしい。

 

「お前さんは……」

「うん」


 身を乗り出し、ルドンの次の言葉へ耳を傾ける。


「しばらくお留守番だ」


 え、えええ。

 思わず転びそうになってしまったじゃねえか。


「ガハハハハ! まあ、少しだけ待て。お前さんが戦い好きだってのは知ってるが、早漏はいけねえぞ」

「だから、痛いって……」

「心配するな、待てといっても飯でも食ってりゃ時間になる。長い戦いになるかもしれねえからちゃんと食っとけよ」

「分かった」


 ◆◆◆

 

 さっき使った分の赤ポーションを補充して、翅刃のナイフへ油をさし布で軽く拭って手入れを行う。

 武器の手入れはこれで終わり。防具も一応チェックだ。といっても俺の防具って胸を覆うだけの革鎧のみだから、そこまで気にしてメンテナンスする必要はないんだけどさ。

 モンスターの素材を使えば軽くて硬い鎧だって作ることができるし、事実ホークウィンドにつくってもらったこともある。

 でも、いざ着てみるとやっぱりしっくりこなくてさ。敵の攻撃を喰らった時は防具があった方がもちろんいいんだけど、かわすことに特化した俺の場合は防具無しの方が戦えると判断した。

 

「ストーム殿。おにぎりです」

「お、ありがとう」


 ちょうど準備が整ったところで、千鳥が木の皿におにぎりを乗せてやって来る。

 珍しい食材である米までここに持ち込んできていたとは、商人とハールーン恐るべし。

 頂く方としては大歓迎なんだけどね。

 

 千鳥は俺の隣にちょこんと腰かけると、地面におにぎりの乗った木の皿を置く。

 おにぎりはこぶし大くらいの大きさがあって、数は四個。


「二個ずつ食べようか」

「ストーム殿はお腹いっぱいになるまで食べてください」

「んー、腹一杯まで食べると、動きに支障が出るから八分目でいいさ」

「そうでござるか」


 水袋を傾け喉を潤し、さっそくおにぎりを手に取る。

 お、これは鶏肉かな。鶏肉と玉ねぎを甘辛く煮た具が中に入っていた。


「ほう。美味しいなこれ」

「いろんな味があると言ってました!」

「そっか。それは食べるのが楽しみだな」


 すぐに一つ目のおにぎりを食べきると、二つ目に手を伸ばす。

 むむ。今度は刻んだソーセージにチーズとネギを和えた具かな。ちょっと変わった感じだけどおいしい。

 

「ん? 千鳥、食べないのか?」


 じーっとおにぎりを見つめたまま固まっている千鳥。

 一体どうしたんだ? 彼は何やら思いつめた様子だけど……。あ、二度目だから俺にも察することができた。

 

「千鳥。心配しなくても必ず帰って来るから。魔王なんてあっさりと仕留めてやるさ」

「ストーム殿……」


 やはり俺が強敵と戦って大けがしないか心配していたんだな。

 彼の頭に手を伸ばし、「大丈夫だ」と言わんばかりにそっと撫でる。

 

「ファールードの時も平気だっただろ。今回も同じことさ」

「俺がどうしたというのだ? ウィレム」

「そ、その下品な声はファールードか」


 顔をあげると相変わらずのアルカイックスマイルで偉そうに腕を組んだファールードが目に入る。

 

「いかにも。お前は相変わらず貧相な顔だな……ククク」

「ほっとけ。何の用なんだ?」

「誠に不本意ながら、お前と魔王を隔離しろとルドンの指示だ」

「どういうことだ?」

「相変わらず察しが悪いな。ウィレム」


 ファールードはハアと大げさなため息をつき肩を竦めた。

 ほっとけ。


「少し考えれば俺だってすぐに分かる。あえてしていないだけだ」

「ククク……モノは言いようだな。では、考えるがいい」


 そう来るか。

 ち、ちくしょう。

 言い切った手前、何か答えないことには進まねえ。

 ええと、俺と魔王を隔離……つまり他の何者にも邪魔されないようにってことだよな。

 前回魔王と対峙した時、覇王龍の影が上空に現れた。魔王が意図して覇王龍の影を呼び寄せたのかは不明だけど、ここで分かることが一つある。

 世界樹に吸収されたモンスターは魔王から出てくるのではなく、別のところから出現していたってことだ。

 つまりだな。魔王と俺の周囲に誰も入らせないようにすれば、俺と魔王は一騎打ちになる。


「分かった。ファールード、お前が囲いを作るんだな。せいぜい破られないようにしっかりつくれよ」

「面倒なことだ。手が滑ってお前に当たるかもしれないからな……ククク」


 俺の予想は正解だったようだ。

 これは思った以上にモンスターの数が多いのか、SSランクのモンスターが複数いるのかどっちかだろう。

 ここに集まった人たちで押しとどめておくのが難しい状況なのかもしれない。

 だから、俺と魔王専用の「闘技場」をファールードに作らせるってわけか。


「仕方ねえ。お前と一緒に行動するのは誠に遺憾だが……」

「俺もだ。ウィレム」


 手を前に差し出すと、ファールードも同じように手を前方に動かす。

 そこだ!

 腰を捻って素早く前に出した手を振り上げ、奴の手に目掛けて……あいつも同じこと考えてやがった。

 ――パアアン。

 お互いの手の平が打ち合い、高い音が響く。

 

「今すぐ行くんだよな。ファールド」

「そうとも」

「遅れんなよ。振り向かねえからな」

「フン。場所が分かっているのか? ウィレム」

「う……」


 フンとお互いに顔を逸らし、俺とファールードは魔王の元へ向かうこととなった。

 

「千鳥、行ってくる」

「ご武運を。ストーム殿」

「大丈夫だって。そんな顔するな」

「はいです!」


 ぎこちないながらも笑顔を見せる千鳥へ笑いかけた後、踵を返す。

 俺を待とうともしないファールードは、既に姿が小さくなるほど前に進んでいた。

 行くか。

 勢いよく一歩踏み出すと、そのまま彼の背中を目指し駆け出す俺であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る