第46話 赤毛のキテレツ
「村雲さん、今開けますね」
腰をあげようとしたら、千鳥が先んじて扉を開けて村雲を迎え入れる。
村雲も最近になってようやく街に戻ってもらったんだ。魔の森の方は、ガフマンとアレックスが主体となって見てもらっている。
現在、村雲には「ストーム・ファミリー」の顧問として
彼から学ぶことはまだまだある。特に人材育成と管理の部分は目を見張るものがある。
「お、昼食でしたか」
「まだまだありますので、村雲さんもどうぞ」
「かたじけない。お、おおお。おにぎりですか。これはこれは」
「村雲さんもおにぎりが好きなんですね」
「然り。米はそれがしの好物なのです。若も米を焚くのが上手い姫を……」
「いや……俺は」
「いい人がいらっしゃらないので? それなら……ち……むぐう」
何か言おうとした村雲の口を千鳥が両手で押さえつけてしまった。
恋人かあ。
そういや、アーシャは何をしているのだろうか。
あの別れからしばらくの間、俺は裏切られた腹立たしい気持ちと相反して彼女を思う気持ちも強かった。
しかし、魔の森で数か月過ごすうちに彼女への未練は消えて行き、今では恨みと好きという気持ちの両方が無くなっている。
今は何しているんだろうなあ……積極的に自分から調べようという気持ちは無いけど、普通に生きていてくれたらいいな。
彼女のためにそう願うわけではなく、俺の気持ち的に死亡してたりしたら後味が悪いじゃないか。
しんみりした気持ちの俺とは裏腹に村雲と千鳥の父子はまだ格闘している。
全く何してるんだか……。
千鳥が村雲の口の中に指を突っ込んで、彼の唇がびろーんと伸びた時、突然ハッとしたように村雲が立ち上がる。
彼の動きに合わせて千鳥が床に落ちるが、村雲の口が痛そう……うわあ。
「若! それがし、重大なことをお伝え忘れておりました」
急に真面目な声になる村雲にこちらも気が引き締まる。
「どうしたんですか?」
「外で人を待たせているのです。若と取次して欲しいと」
「どんな人が分かりますか? 特徴とか……」
「然り。奇抜な格好をしております」
そ、それだけじゃあ分からん。村雲と千鳥だって変わった格好といえばその範囲に入るし。
「服装とか髪型とか」
「赤毛でキテレツな髪型をしております」
「それって、鋲付きの肩パットとか装備してますか?」
「その通りでございます。若のお知り合いで?」
「そんな感じです」
おそらく、いや確実にヨシ・タツだろう。モヒカンに肩パットとか彼以外に見たことがない。
あいつ……クラーケンのボスになったんだよな? 単独でここまで来るなんて不用心な奴だ……いや、彼なら自分が安全だと分かっていてここまで来たのだろう。
事実、俺は理由なくヨシ・タツを捕らえようなんて気持ちは微塵もないのだから。
◆◆◆
待っていたのは予想通り、モヒカン頭のヨシ・タツだった。
彼は部下も引き連れず、一人で俺と対峙する。
「今度は一人なんだな」
イヤミったらしく声をかけると、ヨシ・タツはまいったなあという風に頭に手を当て苦い顔を見せた。
「それはいいっこなしだよお。あの時はグラハムの命令だったからよお」
「何用だ?」
「ここじゃあなんだし、中に入れてくれねえかあ?」
「そうだな。入れ」
ヨシ・タツを接客用の部屋へ通し、ソファーへ向い合せに座る。
「適当に飲んでくれ」
果実水、水、紅茶などいくつかの飲み物が入った水差しをテーブルの上に置き、空のカップをヨシ・タツへ手渡す。
「ありがとうよお。しかし、あんた……」
「言いたいことは分かる。しかしだな。ここに迎え入れたからには誰でも俺の客だ。最低限のもてなしはする」
ヨシ・タツもヨシ・タツで相当肝が据わってるよ。俺と誰も見ていない部屋で二人とかいつ自分が抹殺されても不思議じゃない環境なんだぞ。
いくら俺が手を出さないと確信しているとはいえ、少しくらい手に汗を握るとか見せてもいものなのだが、彼は呆れるくらい平静そのものでがぶがぶと果実水を飲んでいる。
「ぷはー。うめえ。いいもん使ってんなあ。ストームさんよお」
「で、何用なんだ?」
「あんたと腹の探り合いをしたくねえ。ぶっちゃけるよお。一つは旦那が用意した舞台をあんたに知らせること」
「ふむ」
「もう一つは俺があんたが舞台に登りたいと思えるよう話をつけることだよお」
いずれ来るとは思っていたが、ファールードからのコンタクトが来たみたいだ。
あれから二か月か、遠い昔のようで昨日のことのように思える。
奴は「然るべき舞台を準備する」と宣言した。その言葉に嘘はなかったってことか。
「で、どんな舞台なんだ?」
ヨシ・タツは俺の質問には答えず、ボヤくように呟く。
「旦那がここまであんたに本気だったってビックリしたよお。あれからアウストラ商会もクラーケンも変わったぜ」
「ほう」
彼のことだ。なんらかの意図があって話題を変えたんだろうと思いそのまま彼の言葉を待つ。
「幹部が何人も首になったんだぜ。文字通り首が飛んだ奴もいた。多くは旦那の『遊び』で置いておいた奴らだよお」
「何が言いたいんだ?」
「アウストラ商会もクラーケンも『まとも』な組織に生まれ変わったんだ。あんたに情報を与えておかないとフェアじゃないと思った俺なりの誠意だよお」
「それが舞台なのか?」
「焦らずに順を追って聞いてくれよお。旦那がなんであんたにあれほど譲歩するのかは分からないがよお。先に見てもらった方がいいと思う」
「ん?」
「今晩、五番倉庫前まで来てくれねえか? 見せたいものがある」
「ふむ」
「一つ、お願いがある。あんたを信じるしかないんだが、ドンパチは無しにしてほしいんだよお」
「そっちから手を出して来たらどうするんだ?」
「その時はやってくれていいよお。俺の方からも粛清するけどよお」
「分かった。今晩だな」
話はそれで終わりだとばかりに手をちょいちょいと左右に振ったヨシ・タツは、コップに紅茶を注ぎ一気に飲み干した。
間髪置かず、次は再び果実水を飲むと満足したように腹を撫で腰をあげる。
「じゃあ、待ってるよお」
軽い調子で手を振り、ヨシ・タツは帰って行ったのだった。
◆◆◆
その日の晩――。
特に人数の指定が無かったから複数で来てもよかったんだけど、一人で来てしまった。
といっても場所が五番倉庫の前だというから、倉庫の中には村雲と千鳥の他に数人が控えている。何かあればすぐにでも飛び出して対応できる感じだ。
しばらく待っていると、複数の足音がこちらにやって来るのが聞こえる。
多すぎて判断がつかないけど、二十人くらいか……。
すぐにモヒカン頭に率いられた男達の姿が見え、俺の前までくると足をとめる。
彼らはクラーケンの奴らだろうけど、以前見た時とまるで様相が異なっていた。ヨシ・タツ以外。
人数はヨシ・タツを除き十九人。
全員が腰まである鎖帷子の上から胸だけを覆う革鎧。視界と耳を遮らないよう頭にぴっちりとハマる革の兜を身に着け、脛を覆うハードレザーと革のブーツを装着していた。
武器も統一されていて、片手剣を腰にさし、背中には短槍を背負っている。
以前のクラーケンはただのならず者の集まりで思い思いの武器を身に着けただけの集団だったが、今目の前にいる奴らは……なんというか、軍隊のようだ。
「よお、ストームさん。これでだいたい察してくれたんじゃねえかよお」
昼に会った時と変わらぬ抜けた態度でヨシ・タツは右手をあげる。
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