第56話 ドン・ストーム
魔の森中層にある拠点に到着する。直接中層でモンスターに対処している従業員に様子を聞いてから。深層へ行こうと思ってね。
「ドン・ストーム。お久しぶりだねえ」
「いつもありがとう。サラさん」
長い黒髪を揺らしながら肉感的な美女が俺へ挨拶をする。
彼女――サラは三十歳手前くらいの長身で、耳から頰にかけて細い線のようになった傷跡が男前な元冒険者だ。
彼女は同じ冒険者のケイとの結婚を機に冒険者をやめて、ストーム・ファミリーに来てくれた。
旦那のケイは彼女と雰囲気がまるで異なる。彼は純朴そうなぬぼーとした巨漢で、口数が少ないけど近くにいると妙に心が落ち着くというか不思議な人だ。
「最近、深層のモンスターが出て来るって聞いたんだけど、対処できてるかな?」
「そうだねえ。ここで鍛錬を始めたばかりの子だとかなり危ないよ」
「さすがに初心者には危険だよな。浅層に移動も検討するかあ」
「そのまんまでいいよ。危険は確かに伴うけど、慣れた者二人と初心者一人の組み合わせにして出かけさせているのさ」
それは悪くない手だ。
熟練者は初心者を護衛対象と想定して動く練習になるし、初心者には強いモンスターと慣れるにいいしレベル上がりも早くなる。
「大けがしないように気を付けてくれよ」
「任せな。その辺は慣れてるからね。あたしが何人ひよっこを育ててきたと思っているんだい」
「そういや、ここに来る前にも教官をやったことがあるって言ってたよな」
「そうそう。だから心配すんなってドン・ストーム」
サラは男前な笑い声をあげて、俺の肩をポンと叩く。強く叩きすぎで肩が痛い……。
「ところで、サラさん。その『ドン』って一体どんな意味が……」
「ファミリーのボスってのは『ドン』と呼ぶもんだろう?」
「どっちかというと、商会に近いイメージでいたんだけどなあ……俺……」
「そうだったのかい。てっきりならず者の集団と思っていたよ。元冒険者が多いしさ。護衛だろ? 仕事は」
護衛以外の仕事も増えてきたんだってえ。といっても、サラは魔の森で頑張ってもらってるから実感はわかないだろうなあ。
しかし、彼女は俺のことをギャングスターとでも思ってるんだろうか。
結局、ドンってどんな意味なのかは追求せず、中層の拠点はこのままで大丈夫と判断。深層に向かう。
◆◆◆
深層に足を踏み入れた瞬間……俺はその場で立ち止まる。
「どうしたでござるか? ドン・ストーム殿?」
止まったことで俺の背中にぶつかりそうになった千鳥が不思議そうに顔をあげた。
「ドンはやめてくれ!」
「冗談でござるう。そんな睨まないで欲しいです」
全くもう。
でも千鳥がいてくれたおかげで和んだ。
しかし……状況はほんわかしていられない感じだが……。
指先を舐めて、人差し指を立て流れてくる風を感じ取る。
「千鳥、何か感じないか?」
「いえ、拙者は何も……モンスターです?」
「いや、近くにモンスターはいない。ここに長く住んでいた俺だから感じるのかなあ。何かおかしいんだ」
「さすがストーム殿です! 野生といえばストーム殿!」
それ、褒めてるのかけなしているのか微妙だぞ。きっと千鳥は褒めてくれているんだろうけど。
彼のことはともかくとして、やはり深層の空気がいつもと違う。
何というか全体的にピンと張った緊張感みたいなものが漂っているんだ。
慣れていない人だと、深層といえばそれなりにモンスターが強くて殺気立っていそうと思うかもしれない。しかし、実際はのんびりとしたものなんだ。
普通の森と変わらないくらいに。
でも今は、様相が異なる。
きっとこの空気だと、モンスターに遭遇すると高確率で襲い掛かってきそうだ。
原因は最深部のモンスターだろうな。ここまで空気が変わっているとは……。
最深部のモンスターは中層から深層のモンスターの強さの変化なんて比べ物にならないほど強くなる。
いや、強くなるというより凶暴になるといった方がいいか。最深部のモンスターは異常なまでに殺気立っているモンスターが多いんだよなあ。接敵即攻撃みたいな直情型がほとんどなんだ。
そんな最深部のモンスターが深層に進出しているのだから、奴らの空気に当てられた深層のモンスターまで興奮していると予想される。
「すまん。考え事をしていた。とりあえず拠点に行こう」
「はいです!」
俺が止まっている間、じーっと何も言わず待っていてくれた千鳥の肩をポンと叩き、俺たちは奥へと進み始める。
◆◆◆
途中、俺の覚えている風景と異なる場所があって、気になった俺は拠点とは逆方向になるが原因を突き止めるべく周辺の探索をはじめた。
木の枝が不自然に折れていたり、目印にしていたはずの大岩が無くなっていたりとモンスターにしては不可解な跡を残している。
ひょっとして誰かがここで暴れたのだろうか?
一体何のために……素材集めにしては破壊の後が大きすぎだ。必要以上に荒れている。モンスターを倒すだけでここまでしなくてもいいんだよなあ。
他の目的があるかもしれない。
しばらく進むと、前方により一層激しく荒れ果てた箇所が見えて来た。地面まで抉れているところまであるじゃないか。
そして……人の気配がする……。
誰だ。険しい顔で前方を睨みつけた時、頭上に不自然な影が。
って!
巨大な岩が落下してきているじゃねえか!
このままだとぺしゃんこだぞ。
「千鳥! ちいい!」
このままでは間に合わない。
俺は両手を参ったとばかりにあげ、指先を動かす。
「
千鳥を抱えて、木を蹴り樹上へ移動。そのまま枝を渡る。
その瞬間、大岩が地面に大きな音を立てて転がったのだった。
それにしても、何もない空間から突然大岩が出て来るなんて……これってどこかで。
「ククク……相変わらずいい反応をしている。それはヨシ・タツのスペシャルムーブか」
「ファールード!」
悠然と両手を広げ、芝居がかった仕草でファールードがこちらに向かって歩いてくる。
千鳥を抱えたまま、樹上から地面に降り立つと彼を降ろして前を向く。
「おっと、逢引中だったか。それはそれは……野暮だったな」
「言ってろ……俺の目的は分かっているんだろ?」
「そういえば……魔の森の様相が変わったとか聞いている……」
「白々しい奴だな……。お前、ここで一体何をしていたんだ?」
「『運動』だよ……ククク」
ファールードは大仰に首を回し右手を上に掲げると、手を開き閉じる。
直後、彼の背後に巨大な岩が落ちて来た。
「地形を変えるまで暴れやがって……まさか、お前が原因か?」
「さあ……どうだろうな?」
ニヤアっと口元に笑みを浮かべ、哄笑をあげるファールード。
「ファールード!」
拳を振り上げ、足先に力を込める。
前を向き、奴の喜悦に満ちた表情を見た瞬間、急速に熱くなった気持ちが冷えてきた。
こいつ……嫌な意味で抜け目がない。
「どうした? こないのか?」
ファールードはしてやったりといった感じでクククと耳障りのする笑い声をあげる。
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