第51話 閑話1.サウナでサービス

「ここですよ。ストームさん」

「お、おお。これが全部入浴施設なんですか?」

「そうです」


 俺がサウナ好きだと知ったトネルコが街で一番大きなサウナに案内してくれると言うので、行ってみたら……。

 予想外にすごい。

 冒険者ギルドより広いかもしれない。

 これだけの広さがあれば、百人ほど入室できるサウナが十ほどもできそうだぞ。


 俺と一緒に来た村雲も驚きを隠せない様子。


「若……。これほど巨大なサウナですと、端同士だと顔が見えませぬな」


 茫然と建物を見やり、村雲はそう呟いた。

 

「サウナだけでなく、他にもいろいろ施設がありますので」


 トネルコは苦笑し、村雲へ返す。

 

 そんなこんなで入口前まで来た。

 引き戸が開かれたままになっていて、上から群青色の暖簾が垂れ下がっている。暖簾の上には大きな木製の看板が立てかけられていた。

 

 見上げ看板を確認する――


『ぽんぽこ温浴』


 と達筆な墨の字で気の抜ける名前が書いてある……。

 

 重要なのは名前じゃあない。中身だ。うん。

 気を取り直して、ぽんぽこ温浴へ入店する俺たち三人。

 

 ◆◆◆

 

 ごめん、怪しいとか言ってごめんなさい。

 受付でほほ笑むスタッフ二人の姿を見た瞬間俺は全力で謝罪したい気分になった。

 

 落ち着け。俺。

 整理しよう。

 広いロビーにいくつかの皮張りのソファーがおいてあって、奥には受付があり二人のスタッフが笑顔でこちらに目を向けている。

 

 俺達三人は、磨き上げられた石畳の床をスタスタと歩き受付の前に立つ。

 

「ご来館ありがとうございますぽこ」


 ぽこ! ぽこって。

 やべえ。こいつはやべえ。

 

 狸の頭にふさふさの毛皮、丸い尻尾がキュートなタヌキの亜人さんのスタッフが二人ならんでぽんぽこしていたんだよ。

 なんというパラダイスなのだ。ありがとう。ありがとう。トネルコ。

 

「こちらがメニューになります。入浴でよいですよね?」


 トネルコが受付カウンターに置かれた紙を指さし尋ねる。

 おっと、ぽんぽこさんたちに見とれている場合じゃないぽこ。

 

 どれどれ……。

 メニューを確認すると、入浴施設の利用が基本になっていて他にもオプションがいくつかある。

 特に目を引いたのは、「マッサージ」だ。しかも全身!

 

「マ、マッサージ……」

「気持ち良いですよ。入浴の後にマッサージを申し込みしておきましょうか?」

「それでお願いします!」


 トネルコに頼み、ワクワクしながら入浴施設へ向かう。

 

 入浴施設は男女別になっていて、それぞれの入り口に暖簾がかかっていた。

 えんじ色には「女」、群青色には「男」と描かれている。

 

 男三人だったので、そのまま群青色の暖簾をくぐり中にはいった。

 中は脱衣場になっていて、服を置く籠が棚にいくつも入っている。

 さっそく服を脱ぎ、三人とも素っ裸になって入浴施設へ続く引き戸を開けた。

 

「お、おおお。広い!」


 右手のエリアは細い滝がいくつも流れていて、体を洗い流すことができるようになっている。

 ここから見えないが、中央はサウナで円形に段々になっていて、ここに座って汗を流すって感じになっており、左手はマッサージやくつろぎスペースとのこと。

 これはトネルコからの情報である。

 

「ストームさん、そんなにはしゃぐと滑って転びますよ」


 トネルコが樽のようなお腹を揺らし、俺へ注意を促す。

 だって、こんなに広い入浴施設に来たことが無いんだから仕方ないじゃないか。

 

「すいません。感動でつい」

「分かります。私も初めて来た時には……」

「若。心が躍る気持ちは、それがしも分かりますぞ」


 村雲が腕を組み仁王立ちになってうんうんと頷いている。

 普段なら渋い顔も相まってさまになるんだけど、素っ裸でやると微妙だなあ。

 いや、村雲の体は年齢を一切感じさせない引き締まった筋肉質な体をしている。筋肉質だといってもゴツイ感じはせず、むしろ細い。

 必要なところへ必要なだけ筋肉がついた体は、誰が見ても惚れ惚れするだろう。

 

「お二人ともいい体をしてますねえ。羨ましい」


 トネルコは動くたびにいろんなところの肉がゆさゆさ揺れて重たそうだ。

 

「いやいや、それがしなど若の肉体に比べれば、まだまだ修行が足りませぬ」

「そんなことありませんって」


 村雲の引き締まった体を見やりどの口が言うんだと思ったが、村雲が恥ずかしいことを解説しはじめやがった。

 

「若。若の肉体は常人にはなかなか作り出すことができぬのですぞ」

「え、え?」

「若の肉体は戦闘の連続によって作られただろう、しなやかな獣のような体をしておるのです。それ故、単なる鍛錬によって造った体と抜本から異なる――」


 長くなりそうだから、右から左に聞き流すことにして滝の流れる洗い場に向かう。

 備え付けの石鹸を使って頭と体を洗っていると、何やらサウナの方が騒がしくなってきている。

 何かあったのだろうか?

 ここまで来て営業中止とかやめてくれよお。


「先にサウナを見てきます」


 不安になった俺はまだ体を洗っている二人にそう告げて、施設中央へと向かう。

 

 サウナの出入り口から人がバラバラと出てきているじゃあないか。

 みんな青い顔をしているけど、一体何が……。

 

 ◆◆◆

 

 サウナに入ったが、特に問題ないように思える。

 それはそうと、このサウナすげえよ。床が大理石でできていて、直接座って火傷しないように円形の段々のところには藁が敷き詰められていた。

 客の姿は……無い。

 いや、二人だけいるな。

 

 なるほど。客が逃げ出したのはそういうことか。

 俺が気が付くと同時に向こうも気が付いたようで、一人が立ち上がってこちらに向かってくる。

 

「これはこれは今をときめくストームじゃあないか」

「ファールード……」


 そう、サウナにいた二人とはファールードとヨシ・タツだったのだ。

 こいつら……他の客を追い出すとはマナーがなってない。

 

「ストームさんかよお。久しぶりだなあ」

「……っぷ!」


 いつもの軽い調子で声をかけてきたヨシ・タツだったが……頭がワカメになっていてつい吹き出してしまった。

 頭を洗ったから、いつもピンピンに立っている自慢の赤い毛が頭皮にペタンとついていている。

 

 それに……。

 

「なんだよお。ストームさん! 俺だって気にしてんだよお」


 慌てて股間に手をやるヨシ・タツ。

 奴のモノはとても……小さかった。

 

「ははは。すまんすまん」


 なんだか楽しくなってきたぞ。

 

「これでも本気になれば……なんだよお」

「そうかそうか。ははははは」


 腹を抱えて笑っていると、自己顕示欲の強いファールードが顎をクイっとあげ腰に手を当てる。

 

「ウィレム。俺を無視するとはいい度胸をしているな」

「ファールード。お前は態度こそ大きいが……」


 アレは普通だよな。

 まで言ったら殴り合いになる。いや、殴り合うのは大歓迎だが、ここはぽんぽこさんのお店だからマズイ。

 

 俺の視線に気が付いたのかファールードが口元へニヤリとした笑みを浮かべ言い放つ。

 

「お前こそ、たいしたモノは持ってないではないか」

「俺はお前みたいに態度は大きくねえ。普通で普通なんだよ」

「何……」

「なんだよ……」


 睨みあう俺とファールード。

 

 そこへ、ようやくトネルコと村雲がやって来る。

 

「若……む。お主ら……ファールードとヨシ・タツ! 若、大事ありませぬか?」

「村雲さん」

「む……」


 ファールードと俺の言葉が止まる。

 

「俺への当てつけかよお」


 ヨシ・タツが村雲に目をやり、愕然と腰を落とす。

 

「若? これは一体?」

「いや、気にしないでくれ……」


 村雲の肩に手をやり、はああとため息をつく。

 

 微妙な空気が流れる中、新たな人物がサウナへ姿を現す。

 

「お客様。サウナはお客様同士仲良くご利用くださいぽこ」


 なんと従業員のタヌキがファールードを直接注意しにやって来た。

 勇気あるぽこさんの行動に乾杯。

 

「そうだぞ。ファールード。みんな仲良く入らないとダメだ」

「勝手にいなくなったのだ。俺は何もしていない……ククク」

「お前、金持ちなんだから自前のサウナに入っておけよ」

「たまには外に来るのだ……まあいい。ヨシ・タツ。行くぞ」


 ファールードはふんと顎を振ると、ヨシ・タツと共にサウナを後にする。

 彼らがいなくなると、他の客もサウナに戻って来たのだった。

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