第54話 閑話4.手料理……

 千鳥とエステルに両側から腕を掴まれ、屋敷を出てエステルの宿まで連行されている。

 途中、エステルがくっついてくるものだから、彼女のふくらみがむにょんと……意識してしまうとますます腕に意識が向き変な気持ちなってしまうじゃないか。

 

 俺の態度へ敏感に反応した千鳥が拗ねた様子でぶすーとしかめっ面をしていたことが印象的だった。

 すまん、千鳥くらいの年齢の男って、こういう公の場でのもにょもにょは嫌がるからなあ。

 でも、誰も見ていないところだと妄想したりするんだって。俺もそうだった。うんうん。そのうち、ラッキーとか思うようになるなる。

 

 俺? 俺は何かこう、アーシャのことがあってから女の子と距離を置いているというか、あ、いや、男に目覚めたとかじゃあないんだけど、何だか少しトラウマでなあ。

 

「ストームさん?」


 エステルが顔をあげ、俺の名を呼ぶ。


「ん?」


 顔を向けると、エステルがじーっと俺の目を見つめてきて「えい!」と可愛らしい声を出す。

 

「お、押し付けて……」

「よ、よかったです……」

「な、何が良かったのか分からないけど、外でこういうのは……」

「そ、そうでした」


 ぷしゅーと頭から湯気があがる音がしてもいいくらいにエステルは真っ赤になって、俺から慌てて手を離す。

 何が良かったのか……不明。

 しかしだな、千鳥の指先が俺の二の腕に食い込んで痛い。


「千鳥」

「……聞いておりましたが、目の前で見せられるとクルものがあるでござる」


 憮然とした顔で千鳥も俺から体を離し、エステルと連れ立って俺の前を歩いて行く。

 二人で手を繋いでいる姿はなんだか微笑ましいな。うん。

 

 こそこそ二人で囁きあっているけど、ここからだと何を言っているのか聞き取れない。

 

「気になりますか?」


 不意に後ろを向いたエステルがこの上ない笑顔で問いかけてきた。

 

「あ、うん」

「それは……」

「秘密でござる」


 なら聞くなよ……。

 「ねー」とか言いあっているし、ほんとにもう。まあ、仲がいいのは良い事だな。

 

 ◆◆◆

 

 エステルの宿に到着し、お昼が終わったレストランへ通される。

 既に食事を楽しむお客さんの姿はなく、店はこれから夕方まで休業になるはずだけど……。

 

「ストームさん、おやつ食べませんか?」


 クルリとその場で一回転して、スカートを揺らすエステル。

 な、なんだよ。その芝居がかった仕草は。

 何か裏があるなこれ。

 

「食べるのはいいけど、何かあるの?」

「え、あ、あのですね」

「う、うん」


 エステルが困ったように目を伏せ、両手の指先同士を絡ませてモジモジしている。

 千鳥なら何か事情を知っているんじゃないかと目配せしてみるが、彼に首を左右に振られた。

 

「いろいろ新鮮な素材が手に入ったんですよ。ストームさん」

「そ、そうか」

「お砂糖もたくさん!」

「う、うん」


 でも、エステルの親父さんの姿は見えないぞ。

 俺はお菓子とか作ったことないしなあ。

 ん、ま、まさか。

 

「エステルが作る?」

「はい!」


 花が咲くような笑顔でエステルは両手でガッツポーズをする。


「千鳥……」

「ノーコメントでござる」


 千鳥は開いた口が塞がらないって感じで目を見開いていたから、このことは知らなかったんだな。

 知ってて俺を連れて来たのだったら、千鳥にこの場を押し付けて帰るつもりだったけど、仕方ねえ。

 

「じゃ、じゃあ。できるまでここで待ってるよ」

「はい! そんなにお待たせしませんので、少しだけ待っててくださいね」


 ずっと待っててもいいんだけどなー。夜のお客さんが来るまでとか。

 ウキウキとキッチンに向かうエステルの後ろ姿を眺めながら、はああと一息。

 

 ん、立ち止まってこちらを振り向いた。

 

「ストームさん、千鳥さん。たくさん作りますからいっぱい食べてくださいね」

「あ……うん」

「は……はいです……」


 エステルの姿が見えなくなると、俺は憮然としたまま千鳥の口元で囁く。

 

「千鳥、これはマズイ」

「何言っているんでござるか。美味しい可能性もあるじゃないですか……」

「その割に顔が引きつってるぞ。どうしてエステルを止めなかったんだ」

「拙者にしても寝耳に水でござるよ。てっきり、エステル殿の父親の新作を試食とかと思っていたです」

「俺もそう思ってた……」


 何度か逃げ出そうと思ったが、千鳥の縋るような目を見てしまうと動くに動けない。

 どんよりとした気持ちのまま、ぼーっと外を眺め「小鳥さん、君はいいな。自由に空を飛べて」とか黄昏ていたらエステルが戻って来た。

 

「ストームさん、千鳥さん、出来ました!」

「お、おう。味見もしたの?」


 エステルの口元についた何かを指で取ってやると、しまったと思うがもう遅い。

 この指先についた物体を何とかせねば……。

 

 千鳥? 全力で首を振られた。

 俺が口に含む? 無しだ。

 手ぬぐいで拭う? 近くに無い。

 

「……っつ。ストームさん……」


 頬を赤らめるエステル。

 葛藤の結果、俺の指はエステルの口の中に突っ込むことにしたのだった。

 

 ふむ。

 一応、食べられる物にはなっているらしい。

 

 ただし「エステル」がだ。

 ここは重要なポイントだぞ。あくまで、「エステル」が食すことができるだけ。

 

「持ってきますね!」


 取り乱したエステルはすぐに調子を取り戻し、キッチンからお盆に何か得たいの知れないモノを乗せて戻ってくる。

 

 強烈な香り……いや臭いだ……。

 

≪自主規制入りまーす≫


 ◆◆◆

 

 もう勘弁してくれ……。

 俺は腹を抱えながら、千鳥とお互い支え合い屋敷に戻るのだった。

 

 ほうほうのていで、自室に入るとそのままベッドに倒れ込む。

 

 薄々分かっていたさ。今日、エステルの料理を食べて確定しただけにすぎない。

 宿屋の娘であるエステルが、料理を父から仕込まれないわけがないだろ?

 それが、決して彼女の父はエステルをキッチンに立たせなかった。紫色のポーションを平気で飲むエステル。

 彼女の父も努力したに違いない。

 でも……矯正はできなかったのだ。包丁を扱う腕はあるのだろう。綺麗に仕上がっていたものな。

 魚だって、下ごしらえが大変なグリルの実だってちゃんと仕込みができていたよ。たぶん。

 

 うっぷ。思い出したらまたえずいてきそうだ。

 ぐええ。

 

 とりあえず、何でもかんでも混ぜたらいいってもんじゃねえんだよ!

 下手したら死人がでるぞ。

 

 ズバッと言ってやろうかと喉元まで言葉が出かかったんだけど、エステルの笑顔を見ていると言えなかった……。

 

 枕に顔を埋めると、すぐに意識が遠くなってくる。寝たら回復するはず。きっと、たぶん。

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