第47話 二ヶ月の意味

「二ヶ月も不気味な静けさを保っていたのは、そういうことだったんだな……」

「ご想像に任せるよお。旦那が俺一人に押し付けるもんだから、大変だったんだよお」


 やはりというかなんというか、ヨシ・タツに変わってからのクラーケンはごろつき集団から戦闘集団へと生まれ変わっていた。

 たった二ヶ月でここまでやり切るとはこいつの手腕は恐るべきものだ。俺たちにちょっかいを出してこなかったんじゃなく、出せなかったんだ。

 もっとも、慎重なヨシ・タツならこちらから仕掛けない限りは手出ししてこないだろうがな。

 理由は簡単。俺や村雲といった高レベルの者がいるからだよ。多勢に無勢でも戦えてしまうしな。

 もちろん俺は自分の力を過信しているわけではない。十人、二十人なら相手に出来るが、休む暇なく襲い掛かってこられたらいずれ倒されることは分かっている。

 いや、待てよ。

 ヨシ・タツはいずれにしろ俺自身を徹底的に追い詰めることはできないはず。何故なら、ファールードが俺との対決を願っているからだ。

 

 「もし」や「たられば」をこれ以上妄想しても仕方ない。

 ヨシ・タツは二ヶ月かけて戦闘集団を作り上げた。兵隊の数は不明。といっても最低でも二百はいるだろう。

 だが、ヨシ・タツ。時間は平等に過ぎる。俺たちも二ヶ月前とは比べものにならないくらい力をつけているぞ。

 

 こうなると……お互い迂闊に手を出すことは難しいな。

 これがお前とファールードの狙いってことか。

 

「ヨシ・タツ。今のクラーケンとストーム・ファミリーが戦争をしたら血で血を洗う戦いになるぞ」

「よくわかっているじゃないかよお。消耗戦をやる覚悟はあるぜえ。こっちも訓練施設くらいもってるよお」


 人差し指で鼻をさするヨシ・タツだったが、この言葉は彼の真意ではないのは明らかだ。

 

「お互いに手を出すと被害甚大。これが狙いだろ?」

「結果としてそうなっちまったがよお。ストームさんがいなくてもいずれ『クラーケン』は産まれ変わっていたぜ」

「まあそうだろうな。もういい、ヨシ・タツ。回りくどい話はここまでだ。これこそファールードの絵図なんだろ?」

「その通りだよお。二ヶ月ってのも旦那の指示だよお。時間内に進めるためにいろんな奴の首切ったんだからなあ」


 ヨシ・タツは自分の苦労を語りたいのか、まだ順を追って話をしたいのか分からないが、もう必要ない。

 ファールードの絵図は見えたし、奴の提案も予想できる。

 二ヶ月という期間も、クラーケンのためではなく俺たちへ与えた時間なのだ。

 俺はファールードの思惑通りに勢力を拡大し、クラーケンとそれなりに抗争ができる組織にまで成長した。


 現在のクラーケンと戦えば、最終的には消耗戦になるだろう。俺や村雲がいるとて、広い街の中全てをカバーできるわけでもなし。抗争は街全体で同時多発的に起こる。

 クラーケンにだって、ヨシ・タツや半蔵のような用心棒もいるしな……。

 ヨシ・タツのことだ。この辺りはうまく消耗戦に持ち込むはず。


 となると、不利なのは体力に劣る俺たちストーム・ファミリーである。

 俺にとってかけがえのないモノであるストーム・ファミリーは大きくなった。そこは喜ばしい事だけど、もはや俺一人だけでどうにかできる組織ではない。みんながいてこそなんだ。


 なるほどな……ファールード。

 きっと奴は……。


「その顔、もう旦那の絵図も要求も理解したようだよお。強いだけじゃあなく、頭も回るとか嫌なやつだよお。あんた」


 ヨシ・タツは「へへへ」と鼻の頭を指先で擦り、懐から取り出した冊子を投げる。


「これがファールードからの提案か?」

「そうだよお。しっかりと確認してくれよお。明日また行くよお」


 明日かよ……。

 俺が悩むことは無いと踏んでるな。

 全て手のひらの上ってのが気に入らないが、俺はきっと即答する。


「必死だな、ファールードは」


 せめてもの抵抗として、嫌味ったらしく肩をすくめた。


 すると意外にもヨシ・タツは眉間にしわをよせ、首を左右に振る。

 彼には理解できないのだろう。理屈じゃない部分が。ファールードの理性ではなく感情で動くところが。

 分かっているさ。ファールードの要求は自分たちの利益を損ねるってことくらい。

 

 ◆◆◆

 

 ヨシ・タツの姿が見えなくなってから、俺は五番倉庫へ戻る。

 ここも随分変わったよなあ。今ではすっかりお店に変貌しているのだから。商品カテゴリーごとに区画を作って整然と並べられ、在庫も切らすことなく商品が補充されている。

 売れ行きも順調で、それなりの利益が出ているのだ。ふふふ。

 

 おっと悦に浸っている場合じゃない。俺の姿を見た千鳥と村雲が固唾を飲んで見守っているじゃないか。

 

「千鳥、村雲さん、一緒に見ましょうか」


 ヨシ・タツから受け取った冊子を手でヒラヒラとさせながら二人を誘う。

 三人で奥の事務スペースで机を囲んで冊子を順に読んでいく。

 

「ストーム殿……これは……」


 千鳥は不安からか目を伏せ首をフルフルと振るう。

 

「若。それがしは若の判断にお任せしますぞ」


 一方の村雲は力強い目線を俺へ向ける。

 

 冊子に書かれていたファールードの提案というか要求は概ね俺の予想通りだった。

 簡単にまとめるとこんな感じになる。

 

 ・ファールードとストームが一騎打ちすること。勝敗に関わらず以下のことをお互いに順守する。

 一.お互いの勢力圏に手出ししない。勢力圏は地図を参考にすること。異論があれば決戦の前に申し出ること。

 二.お互いの組織同士の私闘は禁止する。戦いが起こった場合はお互いの組織同士で解決に向け議論すること。平行線の場合は、当事者同士で決闘を行うこと。

 三.自警団はお互いの組織の息がかかったものを所属させ、それぞれの勢力圏に責任を持つこと。

 四.その他問題が起きた場合は、お互い議論を交わし調停に務めること。

 五.ファールードとストームの決闘の勝敗に関わらず、お互いに遺恨を残さぬこと。


 俺としては血を流さず平和的な解決手段を与えられた上に、今の勢力圏より若干広い領域を得ることができるという願ったり叶ったりの条件なんだ。

 ファールードが譲った形になるが、これが奴の執念。

 俺が出ざるを得ない状況を作り出し、かつ全力で戦っても恨みっこなし。

 例え俺が敗れたとしても俺のファミリーは守られるからな。俺が出ない理由がない。

 俺個人としても、ファールードとは雌雄を決したいのだから。


「ファールードからの要求は受ける」

「で、ですが……ストーム殿」


 千鳥は涙目になりながら、俺を案じる。


「大丈夫だよ。俺は負けない」

「し、しかしですね。ストーム殿」


 全く心配性だな。千鳥は。

 俺は彼の頭を撫で、笑顔を作る。

 

「万が一の時はすぐ『参った』って言うから。安心してくれ」

「……はいです……」


 一騎打ちにも条件が指定されていて、お互いが死ぬまで戦うって条件にはなっていない。

 気絶、死亡、参ったと負けを認めたら敗北となる。

 きっとこれは、俺が少しでも躊躇しないようにつけた条件だろうな。死ぬまでやるとなったら、俺はいいとしても周囲が放っておかないだろう。

 いや、俺だけじゃなくファールードもそうか。いくらアウストラ商会内で好き勝手に振舞うファールードとはいえ、どちらかの死亡が勝利条件だと周囲が許さないか。

 なるほど。この条件はお互いのために必須ってことだな。

 

「若。若ならどのような相手でも必ずや」

「村雲さん。ありがとうございます」


 明日、ヨシ・タツへ返答する前に幹部連中には一騎打ちの件を伝えておこう。

 大丈夫。みんな俺を送り出してくれるさ。

 迫る戦いへ思いを馳せ、俺は拳をギュッと握りしめる。

 

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