第4話 修行完了、街へ戻る

「インファリブル・ショット!」


 力ある言葉と共に矢がぼんやりと青く輝きを放ち始める。弦から離れた矢は右にカーブを描き、自作の的へと突き刺さった。

 よし、成功だ。

 完全に動きをトレースしきれば、スキルが無くてもスペシャルムーブを発動できることが分かった……が、意識が遠く……。

 

 こ、ここで気絶してはモンスターが来たら対処できねえ。

 俺はヨロヨロと覚束ない足どりでなんとか小屋の中へ入ると、そのまま倒れこむ。

 

 後でガフマンが見せてくれた剣のスキルも試してみたいが、この疲労度はマズイ。一回使うだけで身動きできなくなるほど疲弊するんだったら、とてもじゃないが実戦で使えないぞ……。

 彼らの情報によると、中堅冒険者ならスペシャルムーブを使う事ができるとのこと。アレックスはインファリブル・ショットを二回も使っていたけど、平然としていたよなあ。

 そういや、スペシャルムーブを使うにはSPがいるとか言ってたな。

 となると、俺のSPが低いからスペシャルムーブを一回使うだけで限界に達するってことかあ。

 ここから推測されることは二つ。一つはガフマン達のレベルが俺より相当高い。もう一つはスキルの違いだ。トレーススキルは一切の疲労を覚えることなく使える。つまり、スキルを使用してもSPを使わないのだ。

 彼らは技巧だけでなくスペシャルムーブを使用できるスキルだからレベルの上昇と共にSPが増える量も多いんじゃないか?

 

 うん、二つの可能性と考察したが後者の可能性が高いだろう。せめて一発だけでもまともに使えるようになるには、レベルを上げるしかないな。

 

 ガフマン達に会ってから、一か月に二回ほどは冒険者たちに会うようになった。ガフマンとアレックスが気を回してくれたのだろうか、冒険者たちは俺に「差し入れ」を持ってきてくれたんだ。

 なめし剤とか砥石とか彼らにとっては「ささやか」な物だったかもしれないけど、俺にとってはこの上なく役に立つから非常にありがたかった。

 俺は彼らをできる限り歓待することで、謝礼とさせてもらっている。酒の差し入れもしてくれて、宴会を開いたり人恋しかった俺の心を癒してくれた。上機嫌になった冒険者たちはスペシャルムーブを見せてくれたり、演武をしてくれたり感謝してもしきれない。

 

 彼らと会うにあたって俺が注意していることは二つある。一つは俺のスキル名を公表しないこと。もう一つはスペシャルムーブを彼らの前で使わないこと。

 下手に怪しまれても困るからな。様々なスペシャルムーブを吸収することができたが、所詮は他人のふんどしと思う事が大切だ。スペシャルムーブを覚えたことで強くなったつもりになってはいけない。

 俺はスペシャルムーブを習得するたびに、そう心に刻み込む。

 

 二か月が過ぎ、アレックス達が来てくれた。

 彼らは約束どおりステータスカードを持ってきてくれて、使い方も丁寧に教えてくれる。

 

 彼らが帰った後、俺は小屋の中でさっそくステータスカードを使ってみることにした。

 まずはナイフの刃を指先に当て、血をステータスカードの裏側に塗り付ける。これだけで準備完了だ。

 

 ステータスカードを手のひらに乗せて、「ステータスオープン」と念じる。

 

『ウィルム

 レベル:三十七

 スキル熟練度:七十一

 MP:無

 SP:五十五』

 

 お、おお。エステルにステータス鑑定スキルで見せてもらった時と情報が違うな。

 でも、これで十分だ。それにスキル名が表示されない方が都合がいい。

 ステータスカードは紛失したり盗まれた時の対策として、血を吸わせた本人以外はステータスカードに数字を表示させることができないのだ。

 欲を言えば、名前をどうにかしたいところだなあ。

 

 秋になる頃には、深層まで何度も遠征をするまでになった。行ってみて分かったことなんだけど、深層は更に二層に分かれている。最深部はソロじゃ無理だ。最深部で伝説に聞くようなモンスターを見た時は肝を冷やしたもんだ……。

 見つからなくてよかった……。

 深層でも小屋を作ろうと思ったんだけど、モンスターが強く小屋ごと破壊されそうだったんで断念した。代替手段を探していたところ、ちょうどいい洞窟があったからそこで暮らせるように準備は整え済みなのだ。

 冬を超えたら移動しようと思っている。

 

 ◆◆◆

 

 深層で暮らすこと一年。ついに満足いくステータスになった。

 

『ウィレム

 レベル:八十二

 スキル熟練度:百(最大値)

 MP:無

 SP:三百二十』

 

 そうそう、トレーススキルはとんでもないスキルに化けたんだよ。外れスキルとか思っていた過去の俺をぶん殴ってやりたいほどに……。

 スキル熟練度がマックスになると、「記憶」「他者記憶」の回数制限は無くなり、「記憶時間」も三十分くらいいけるようになった。冒険者の動きを参考にした武芸も深層でも鼻歌混じりで戦えるほどまでになり、覚えたスペシャルムーブの数も二十はくだらない。

 いよいよ、スネークヘッドの街へ戻る時が来たようだな。魔の森に入って三年。長いようで短かった。

 

 街に戻ったら、さっそく街での金儲けへ挑戦したいところだが……三年も我慢したんだ。今更焦っても仕方ない。じっくりと行くとしようか……。

 

 ◆◆◆

 

 スネークヘッドの街に戻った。三年の月日が経つが、街の雰囲気はあまり変わってないように見える。

 ここまで見知った顔に会わなかったが、もし会ったとしても俺だと気が付かれないように対策はしてきた。ライトブラウンの髪を黒に染め、短髪だった髪の長さを長髪へと変えたんだ。

 服装も毛皮やらローブをまとっている旅人風。お金が入ったらゴーグルでもつけようと思っている。

 

 目指すは冒険者ギルドだ。

 よっし、見えて来たぞ。

 

 初めて入った冒険者ギルドは思った以上に賑やかな空間だった。奥に依頼受付カウンターと買取カウンターがあり、カウンターの前方には冒険者へ仕事を斡旋する依頼書がボードに所狭しと張り付けられている。

 反対側は酒場になっていて、昼間っから飲んでいる冒険者もチラホラと見受けられた。

 

「すいません、買取をお願いしたいんですが」

「冒険者カードを見せていただけますか?」


 買取カウンターのお姉さんに声をかけると、そんな答えが返ってくる。

 

「冒険者カードは持っていないんですが……」

「それでしたら、こちらでお作りできます。二階へ行ってください」

「分かりました」


 うーん。身分証が無いと買取してくれないのかあ。案外しっかりしているのに驚いた。

 

 二階に上がり、冒険者登録カードなるものを受け取る。

 冒険者登録カードは血を垂らすところがあって、レベルだけが浮き出てくる仕組みのようだ。他には名前と職業欄があるけど、自己申告制になっている。

 なるほどなあ。冒険者をやろうって人の中には脛に瑕を持つ人だって多いわけだ。俺のように偽名を使いたい人もいるだろうし、職業にしたって自分の手の内を隠したいと思うのが普通だろう。

 職業は選択式になっていて、戦士(近接、遠距離)・魔法の中から当てはまる物を選ぶ。

 

 これなら登録しても問題ないな。おっし。


「冒険者登録をお願いします」

「了解しました。では、冒険者登録カードと登録料として五十ゴールドを頂きますがよろしいでしょうか?」

「お金は今持ってませんので、登録後にこれを売ったお金でも大丈夫ですか?」


 俺は背負子を降ろして、詰め込めるだけ詰め込んできた毛皮が鱗を見せる。

 受付のお姉さんはチラリと背負子の中を見やると、にこやかに頷きを返した。

 

「はい。それで問題ありません。では、冒険者登録カードを確認いたしま……え!」


 お姉さんは目を見開き、冒険者登録カードをその場で落としてしまう。

 な、何かやらかしたか?

 

「お、お待ちください。ギルドマスターを呼んできますので……」


 お姉さんは慌てた様子で奥の部屋へ消えて行く。

 一体何が起こったんだ? とりあえず待ってみるか。

 俺はその場に立ち尽くしたまま、茫然と奥の部屋に続く扉を見つめるのであった。

 

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