第31話 お待たせしました

 あれから三週間が経つ。

 村雲は一週間前から街に戻ってもらい彼の知る人材へ接触してもらっている。ガフマンとアレックスが手伝ってくれるとはいえ、一時的だし人数は多い方が望ましいからね。

 こちらの体制が整えば、守勢から攻勢に出ることも視野に入ってくる。とはいえ、攻める場合は後のことも考え繊細な動きが必要だけどな。

 単純に拠点を突き止めて壊滅させるじゃあダメだ。敵はクラーケンではない。後ろにいる巨大組織アウストラ商会なのだから。

 

 魔の森での修行もそろそろ終わりを迎えようとしていた。

 エステルのレベルは着々と上がっている。目覚ましいのはスキル熟練度の成長だった。

 紫色のポーションの助けがあり、彼女のスキル熟練度は八十五まで伸びている。この分だと百までそのうち行きそうな感じだな……恐るべし紫色のポーション。

 

 そうそう、拠点の小屋ももう一軒建築完了しており、広々とした空間で過ごすことができている。


 今日もそろそろエステルと千鳥が狩りから戻ってくる時間だな……。

 俺は薪を作りながら、前方に目を凝らす。

 お、来た来た。

 

「おかえり、エステル、千鳥」

「戻りました!」


 ん、いつもは獲物を抱えて戻ってくるんだけど、二人とも手ぶらだな。どうしたんだろう。

 首を捻る俺へ千鳥が笑顔で口を開く。 

 

「ストーム殿。本日ついに目標のグリスリーベアをエステル殿が狩りましたでござる」

「お、おお」

「しかし、重くて……」

「グリスリーベアを運ぶのを手伝うよ。それはそうと、おめでとう、エステル! 千鳥も手伝いありがとう」


 えへへと照れくさそうにするエステルを褒めたたえ、千鳥の肩をポンと叩く。


「レベルも一つ上がりました!」


 上目づかいで俺を見つめながらエステルはにへえと笑顔を見せた。


「おお、ついにレベル十五か! 熊にも勝てる。弓もあたる。もう修行は完了だな!」

「はい!」


 グリスリーベアはモンスターでこそないが、一般的な人間が襲われたら一たまりもないくらいの猛獣なんだ。

 これを仕留めることができるなら、街のチンピラ程度わけないだろう。

 

 グリスリーベアを運んで小屋に戻った後、俺たちは出立の準備をはじめる。

 その日の晩、エステルがステータス鑑定をしていると変化があったようで、さっそく俺に詳細を教えてくれた。

 

「ステータス鑑定の対象に『モンスター』が追加されました」

「明日、試してから街に戻るとしようか」

「はい!」


 その日はこれ以上ステータス鑑定の進化については追及せず、就寝する。

 

 翌朝――。

 さっそく試したところ、ステータス鑑定「モンスター」はとても「使える」能力だと分かる。

 まず今までのステータス鑑定と異なり、エステルの脳裏にステータスが浮かぶことが大きな違いだ。

 ステータスの内容も異なり、こんな感じで表示されるそうだ。

 

『フォレストウルフ

 HP:六十

 MP:無

 SP:無

 特技:遠吠え

 状態:「正常」「空腹」

 弱点:炎 』

 

 人と異なり、レベルやスキルが無い。特筆すべきは弱点や状態が表示されることだな。

 エステルを連れて行くのは戸惑われるけど、最深部のモンスターを鑑定してもらうと戦いが非常に楽になることは間違いないだろう。

 しかし、二つ疑問点があるんだ。

 一つは、なんで名前が分かるのかってところ。フォレストウルフは種族名で間違いないけど、それって人間が勝手につけた名称だよな。

 何故、この名称が表示されるのか大きな謎だ。フォレストウルフが自分でフォレストウルフって自称するわけがないからさ。

 もう一つは、モンスターと猛獣、人の区別はどうやってるのかってところ。試しに俺や千鳥に使ってもらったけどステータスは見えないとエステルは言う。

 その代わり、俺と千鳥の脳裏にいつもの見慣れたステータスが表示されたんだけどさ。

 

 んん。特に不便はないんだけど気になりだすと止まらなくなるなあ。にゃんこ先生なら知ってるかも! うん。モフモフさせ……じゃねえ。次に会ったときに聞いてみよう。

 

 そんな疑問を残しながらも、俺たちは魔の森を後にしたのだった。

 

 ◆◆◆

 

 馬で戻って来たから夜になる前に街に帰り着くことができ、いつもの宿屋へ足を運ぶ。

 エステルの父親に挨拶し、修行が完了したことを伝える。エステルとはそこで別れ、俺と千鳥はそのまま宿に宿泊することになった。

 

 部屋のベッドに腰かけると、安堵のため大きく息を吐く。


「ストーム殿、今日はもう寝るでござるか?」


 隣のベッドに腰かけていた千鳥が、黒頭巾を外しながらそう問いかけた。

 

「いや、サウナに行って一杯飲んでから寝ようかなあと」

「サウナが好きなんです?」

「うん、街でしか入れないしなあ。気持ちいい汗が流せるぞ。千鳥も行く?」

「あ、いえ……拙者は……」


 まごまごする千鳥を置いて、サウナへ向かう。

 

 さっぱりしてサウナから戻った俺は、千鳥へ村雲と連絡を取るように頼む。

 彼の首尾がどうなったかでこの後の動きが結構変わるからな。俺はまず冒険者ギルドへ行くとしよう。

 

 ◆◆◆

 

 冒険者ギルドに行くと受付のお姉さんが「引退希望者が三名いる」と嬉しい知らせを教えてくれた。

 彼女にガフマンとアレックスへ俺が戻ったことを伝えてくれるように頼み、すぐに冒険者ギルドを後にする。

 

 次に向かったのはトネルコの店だ。

 彼の店はトネルコと彼の奥さんの二人で経営しているだけに小さな店だけど、掃除が行き届き本も閲覧しやすいように整然と並べられた感じのいい店なのだ。

 店内に入ると、ちょうどトネルコがパタパタと本棚のほこりを払っているところだった。

 

「お久しぶりです。トネルコさん」

「いらっしゃいませ……ストームさん」


 トネルコの顔は優れない。俺があの時、彼の決意を無碍むげにしたからなあ。彼のこの態度も納得できる。

 しかし、彼から出た言葉は意外なものだった。

 

「ストームさん、あの時は取り乱してしまい申し訳ありませんでした」

「いえ……」

「冷静になって考えてみると、今の状態を維持するのが最良と気が付きました。家族もいる身ですし……露頭に迷わせるわけにはいきませんよね」

「そうでしたか」


 んー。これは微妙かなあ。

 迷う俺へトネルコはポンと大きなお腹を叩きようやく笑顔を見せた。

 

「ストームさん、あの時あなたは『待て』とおっしゃった。顔を見せに来られたということは……」

「はい。トネルコさんをお誘いに来ました。しかし……」


 「誘うのはやめておこう」と言おうとしたらトネルコは俺の言葉を遮ってくる。

 

「待ってましたよ。ストームさん。まさかここにきて、私の様子を見に来ただけってわけじゃないですよね?」

「トネルコさん……」


 トネルコは右手を差し出す。

 取れというのだ。その手を。

 俺に託すというのだ。自分の家族を。

 

 俺は彼と目を合わす。

 すると、彼は頷きを返し片目をパチリと閉じた。

 

「トネルコさん。反撃の準備は整いました。売りましょう。書写本を」

「はい! 待ってましたよ! ストームさん。このままではジリ貧です」

「もう少し体勢が整えば、俺はもっと動くつもりです。これが一歩。ですが……大きな一歩です」


 俺とトネルコはガッチリと握手を交わす。


「早ければ明日また来ます。その時から……」

「はい」


 彼と手を離す。

 俺は新たな決意を胸にトネルコの店を後にした。

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