第32話 ピカピカの倉庫
翌日。ガフマンとアレックスと合流する。
「護衛じゃなかったのか……ストーム」
「それの一貫です」
「あ、落ちそうだよ。ストーム。縛りが甘い」
台車に積み上げた書写本は紐で括っているんだが、アレックスの言う通り紐がほつれてきていて書写本が落ちそうだ。
ん? 何をしているのかって?
それはだな。書写本をトネルコの店に運ぼうとしているのだ。
ガフマンもグタグタ文句を言いながら、書写本の積み込みを手伝ってくれたし……まあ、いいじゃないか。うん。
「荒っぽく紐を縛るからですよ……」
「おい、ストーム。俺の方を見ているが、これ縛ったのお前さんだぞ」
「え……」
てっきりガフマンかと。
トネルコの店に着く前に「アレックス」が紐を結びなおし事なきを得るのだった。
◆◆◆
トネルコの店に到着――。
「トネルコさん、おはようございます」
「お待ちしておりました」
店からトネルコが出てきて深々と頭を下げる。
「このお二人は?」
「護衛をしてくれる冒険者のガフマンとアレックスです」
俺の会釈に合わせて、ガフマンとアレックスはトネルコと順に握手し、お互いに自己紹介をし合った。
ここにガフマンを残し、俺はアレックスと共に五番倉庫に向かう。
五番倉庫に入ると、俺は驚きで目を見開く。
グラハムとドンパチやって以来初めてここに顔を出したわけだけど、壊れた椅子や机は処分されていて無事だったものは整然と並べられていた。
やったのは村雲で間違いない。彼へこの倉庫を必要があれば使っていいと言っていたから……しっかし、掃除まで行き届いていて床の隅々までピカピカじゃないか。
キッチリしているなあ。
「ここはどういった場所なんだい?」
アレックスが手近な椅子に腰かけ立ったままの俺を見上げる。
「クラーケンから頂いた倉庫なんですが、人も増えてきますし活用できればと思いまして」
「なるほど。荷物を置くにはいいと思うけど……寝泊まりには向いてないね。ここは」
確かにアレックスの言う通り、倉庫だけに床には床材が無く壁も石のブロックを積み上げただけなんだよな。快適とは程遠いけど、森の中で野宿するよりは遥かにいいと思う。
つまり、俺の個人的な意見としては特に寝泊まりをすることへ抵抗はない。
そんな気になるかなあ。
「君は特殊だからね。他の人を同じだと思わないことだ」
俺の態度を察したアレックスが肩を竦める。
顔に出てたか……。
「床をなんとかして、ベッドでも置けば大丈夫そうな気がしますけど?」
「どうしても倉庫で寝泊まりしたいのかい? 君は……」
「いや、そんなわけでは……」
「広めの家を入手したらどうだい? そこを拠点にすればいい」
確かにその通りだ。しかし、家を買うとして街の不動産屋には行きたくはないんだよな。
アウストラ商会の息がかかっているだろうし。
あ、そうか。
「冒険者ギルドと魔術師ギルドに相談してみます」
「うん、それがいいだろうね」
できれば早めにエステルの宿から出たいんだよな。トネルコの店での書写本の販売をきっかけに俺たちはクラーケンとの縄張り争いへ突入していくつもりだ。
クラーケンの息のかかった者たちだけでなく、俺たちがいつも大挙して宿につめていたら、宿の経営に支障をきたす。
もちろん、トネルコの店と同様にエステルの宿も防衛対象だから、出るとなったら必ず護衛は置く。ここは村雲と千鳥に任せるか。
手が足りなければ俺も出張ればいい。
「場所は把握できましたか?」
「うん、問題ないよ。護衛対象はトネルコ氏と君の宿泊している宿の従業員の二人。いずれこの倉庫とまだ見ぬアジトとでも言えばいいのかな……が活動拠点だね」
「その通りです。では、戻りましょうか」
倉庫から出たところで、村雲とばったりと出くわす。
「若! 千鳥から連絡を受けましたぞ。今晩、宿にお伺いするつもりでした」
「なるほど。今晩、今後の相談に加え、関係者全員を紹介しようと思ってまして」
「そうでしたか! それがしからも報告があります故」
「お、おお。いい人材がいたのですか?」
「然り」
「あ、こちらアレックスです。アレックスさん、この人は俺の仲間の一人で村雲さんです」
アレックスと村雲は握手を交わし、お互いに自己紹介をする。
「ところで、村雲さん、こちらには何を?」
「日課の掃除を行いに来たのですぞ。若」
何も日課にしなくても……と言おうと思ったんだけど村雲のキラキラした目を見ているとその言葉を飲み込む。
「あ、ありがとうございます。綺麗にしてくれて……」
「なんのなんの」
いい笑顔で村雲が言葉を返してきたが、俺は微妙な笑みになってしまった。
それを見て大笑いするアレックス……。
酷い空気になってしまったが、村雲は気にした様子もなく「では、また後程」と倉庫に入っていく。
◆◆◆
夜になり、宿にある宴会用の広い部屋を貸し切って関係者全員に集まってもらった。
ここに集まったのは、千鳥、村雲、エステル、アレックス、ガフマンの五人だ。エステルの父とトネルコの妻と子供には階下で待ってもらっている。
彼らを単独にして万が一があると困るからね。
「集まってくれてありがとう。今後のことについてみんなに相談したい」
全員が俺の言葉へ無言で頷きを返す。
俺はみんなを見渡してから、更に言葉を続ける。
「現時点の目標はトネルコさんのお店で書写本を滞りなく販売すること。誰かが攫われたり、襲撃されたりしないこと」
ここまでは最低限。この先を行うには人材がいる。
「冒険者ギルドから引退者三名を雇い入れることができると連絡があった。村雲さんの方はいかがですか?」
「過去の仕事仲間の協力を取り付けました。彼らは報酬さえ充分でしたら、仕事はキッチリこなしてくれます」
「おお、それは理想的ですね。何名ほどになりますか?」
「全部で八名です。『
ほうほう。仕事をチームで請け負う集団か。
村雲の知り合いってことは隠密系か荒事系かなあ。まさか冒険者ってことはないだろうし。ここは村雲に聞くより実際に代表者に会って聞いた方がいいな。
変に事前情報を得るより、いきなり会って代表者の人となりで判断するとしよう。
「となると、うまく人数が追加できれば合わせて十一名。これなら反攻の作戦を練ることができる」
「いよいよですな」
村雲が感じいった様子で顎に手を当てた。
「まずは全員の実力と足並みを合わせるために、しばらく時間を割くことになるだろうけど」
俺はそれぞれにやってもらうことを伝えて行く。
まず村雲。彼には「蟷螂」の代表者を宿に連れてきてくれるよう頼む。それ以外の時間は宿の警備だ。
千鳥には村雲のいない時間に宿にいてもらい、それ以外の時間は「
カフマンとアレックスは昼間伝えた通り。トネルコの店の警備をしてもらう。
トネルコはいつも通り店の営業を。
「では、解散しましょう。今日はゆっくりと休んでください。アレックスさん以外……」
「もちろんさ。仕事はきちんとこなす。報酬はいただいていているからね」
アレックスは髪をかきあげ、片目を閉じニヤリと微笑む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます