第33話 組織名……

 蟷螂カマキリのリーダーに会ったが、なんというか荒事組織というより王国の役人みたいな人だった。見た目こそ隻眼で痩せぎすな怪しい雰囲気であったが、「料金表」を見た途端に脱力してしまった……。

 彼らの「料金表」は何を行えばいくらと明確に定められていた。例えば、一定範囲の巡回警備だと一人当たりいくらって感じになる。

 つまり、全てお金次第。契約は必ず履行する意思がしかと感じられるものだったのだ。契約は絶対。敵も味方もない。

 俺が彼らと契約し、契約期間が満了した後、敵対勢力とでも平気で契約を結ぶ。実にビジネスライクでいい。


 さっそく彼らと契約し、一日中トネルコの店とエステルの宿屋に張り付いてもらうことにした。

 一応、仕事をちゃんとしてくれるか確かめるために、「蟷螂」に警備をやらせつつ、俺たちもこれまで通り護衛を行う。

 一度でもクラーケンの手下どもでも来てくれれば「蟷螂」の仕事ぶりが分かる。

 

 まさかクラーケンの襲撃を待ちわびることになるとは思ってもみなかったけど、「蟷螂」の危機対応能力を見させてもらったら次の段階へ事を進めようと考えていた。

 

 引退希望の冒険者たちに関してなんだけど、現時点では待機してもらっている。

 彼らにも今後活躍してもらうつもりだから、直接会って人となりの確認だけは行った。

 

 にゃんこ先生の紹介であっさりとちょうどいい屋敷が見つかったので、俺たちはエステル以外そこへ移動する。

 屋敷は一人一部屋持てる上に食事用の拾い部屋、個室とは別に執務室もいくつかあって、広さは充分。むしろ持て余すほどだった。

 

 俺はといえば……執務室でひたすら書写本を作成している。

 作れる時につくっておかなければと思って頑張っているけど、これ以外の商品も何か欲しいところだなあ。

 

 一息ついたところで、コンコンと部屋の扉が叩かれる。

 

「どうぞ」

「失礼します」


 執務室へやって来たのはトネルコだった。

 

「こんにちは。トネルコさん。何かありましたか? 在庫なら屋敷の倉庫にまだあったはずですが……」

「書写本の在庫はまだ店舗にもありますので大丈夫です。ご相談にあがったのはお金のことです」


 意味深なことを述べるトネルコだが、俺には何のことか想像がつかないな。

 

「お金ですか」

「はい。お金のことです。私の店のお金のことですが、ストームさんに相談した方がよいと思いまして」

「差支えなければ、教えていただきたいです」

「いえいえ、ストームさんには店の警戒と警備をしていただいてますから。本来ですと、私からストームさんに警備料金を……」


 変な方向へ話が向かいそうになったので、俺は「いえいえ」とトネルコを制し、本題へと話題を促す。

 

「あ、失礼しました。お店の維持費にはいろいろなお金がかかるのです」

「仕入れとか……長期的に見れば店の修繕費とかですか」

「はい。それに加え、街へ収める税金も必要です」


 トネルコは丁寧に税について説明をしてくれる。

 街へ収める税金は街の自警団や外壁や街路、公園などの整備に使われるそうだ。

 俺の知らないことだったんだけど、俺も街への税金を納めているとのこと。

 というのは、冒険者ギルドの依頼料や素材買取の一部も税金として納められているから。

 冒険者は自分たちが意識することなく、冒険者ギルドが冒険者に代わり、一括して街へ税金を収めていたってわけだ。

 

「なるほど。いろいろ必要なんですね」


 うんうんと頷きながら応じる俺へトネルコは微笑みを返し、言葉を続ける。


「ご相談にあがったのは、街以外へ収める『税』のようなものについてです」

「ほう……」

「アウストラ商会へ売上から数パーセントの料金、クラーケンへ保護料を支払ってます」

「あ、あ。そ、そうでした!」


 抜けていた。俺はこのことを知っていたのにすっかり……。

 アウストラ商会が商売を保障してやるから、ピンハネをする。クラーケンもみかじめ料をもらうかわりに、お前たちを護ってやる……ではないな。手を出さない、商売の邪魔をしないとあこぎに稼いでいやがるんだ。

 

「トネルコさん、そのお金は今後支払わないようにできますか?」

「先に言われてしまいました。これを支払わなければ、完全にアウストラ商会と敵対します。私の店は小さなものですが、彼らの『在り方』にかけて全力で潰しにかかるでしょう」

「トネルコさん。俺としては望むところです。むしろ待ち望んでいた。しかし……」

「私はあなたの書写本を売ると決めた時からそのつもりですよ?」

「ありがとうございます」


 金を払わないと通達すれば、クラーケンがトネルコの店へ業務妨害目的で手下をよこしたり、圧力をかけてくることは確実だろう。

 こっちとしては待ち望んでいた展開。

 でも、トネルコ……忘れていた俺も悪いけど、もっとはやくに知らせておいてほしかったよ。

 今更彼へ何か言っても仕方ないし、せっかく俺を信用して伝えてくれたんだ。無粋なことは言うまい。

 

 しかし、一つ気になることがある。念のためトネルコと意識合わせをしておくか。

 

「トネルコさん。アウストラ商会の傘下でなくても商売って普通に成り立ちますよね」

「はい。その通りです。しかし、ほぼ全ての店は彼らの庇護下にありますが……」

「例外は冒険者ギルドと魔術師ギルドの息がかかったところですよね?」

「はい。その通りです。それがあるからこそ、街の役人たちは辛うじてアウストラ商会一色にはなってません」

「ありがとうございます。安心しました」


 やはりそうか。冒険者ギルドと魔術師ギルドは王国中に支部を持つ巨大組織。いくら大勢力を誇るとはいえアウストラ商会は所詮この街だけの王様なんだ。

 ギルドを抑え込むことはできない。

 ん、話はこれで終わりと思っていたんだけどトネルコがまだ相談ごとがあるという感じだな。


「では、本日、アウストラ商会とクラーケンへ通達します。そこでですね……」

「何でしょうか」

「ストームさんの組織の庇護を受けますと書こうと思ってまして」

「はい。それでお願いします」

「それでですね、ストームさんたちの組織名ってどうしますか?」

「うーん……名前ですかあ」

「私にいいアイデアがあるんですが」

「どのような名前ですか?」

「『ストーム・ファミリー』はいかがでしょう?」

「……」


 それはやめてくれ。恥ずかしいだろ。

 頭を抱えそうになりトネルコの顔を見やると、どうやら「ストーム・ファミリー」は笑いを取る冗談ではなく、真剣な様子……。

 本気で「ストーム・ファミリー」でいいとでも思っているのか……トネルコよ。

 

――コンコン。 

 その時、扉を叩く音が響く。

 

「ストーム殿、いらっしゃるでござるか?」


 この声は千鳥だな。ちょうどいいところに。

 

「今トネルコさんと取り込み中だけど、大丈夫だよ」

「では、失礼して」


 千鳥は執務室へ入るとトネルコと俺へペコリと会釈する。

 

「千鳥、ちょうどよかった。俺たちの組織名を決めようかなって思ってさ」

「それは素晴らしいことでござるね。して……どのような名前に?」

「それがまだ決めてな……」


 しかし、俺の言葉を遮るようにトネルコが余計なことを。

 

「『ストーム・ファミリー』はいかがでしょう?」

「いい名前でござる! ストーム殿。それでいきませぬか?」

「え……ええ……村雲さんに聞いてからでもいいかな……」

「すぐ呼んでまいります故、お待ちを」


 しゅたっと千鳥は行ってしまった。

 今の内に名前を考えよう。そうしなければ、「ストーム・ファミリー」で決まってしまう。

 え、ええと。クラーケンに対抗するんだから、リヴァイアサンだとどうだ? 同じ海のモンスターだし、リヴァイアサンの方がクラーケンより強い。

 我ながら安直だけど、「ストーム・ファミリー」よりはいいだろ。

 

 ってもう戻ってきやがった。

 

「ストーム殿。千鳥から聞きましたぞ。『ストーム・ファミリー』よいではないですか!」

「そうですよね」


 村雲は執務室へやって来るなりそんなことを。それに乗っかるトネルコに笑顔でうんうん頷く千鳥。

 

 結局、俺たちの組織名は「ストーム・ファミリー」となったのであった……。

 

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