第6話 スペシャルムーブ

 日の出と共に起き出して、宿を後にすると魔の森へ向かう。

 三日かけて深層の洞窟まで戻ってきた。少しの間離れていただけだけど、妙に懐かしい気がするなあ。幸いモンスターなどに荒らされた後もなく、そのままこの拠点は使えそうだ。

 隠しておいた翅刃の黒豹を討伐するために使う槍の手入れをしつつ、この日は洞窟で休む。

 

 次の日、早朝から探索をはじめ、昼前に翅刃の黒豹を発見した。

 まだ奴は俺のことに気が付いていない様子で、太い枝の上でじっと身動きせず獲物を待ち構えているように見える。

 翅刃の黒豹は名前の通り、全体的な見た目は巨体を誇る黒豹に近い。尻尾を除いた体長はおよそ六メートル。全身真っ黒な毛皮で覆われ、背中からはトンボのような翅が生えている。

 前脚の先から肘上あたりにかけて、ブレード状の翅が折りたたまれていて自由に出し入れ可能なんだ。鋭いかぎ爪も備えていて、どれで切り裂かれても一発で首が飛ぶほどの威力を誇る。

 あんな巨体でよく枝の上に乗れるものだなと感心するが、ただ乗るだけじゃあない。奴は枝から枝で目視できないほどの速度で乗り移ることもできるし、木の幹を蹴って一息に地上へ強襲することもあるんだ。

 とにかく厄介なのはスピード。それにつきる。

 

 俺は翅刃の黒豹とこれまで二度戦ったことがある。それで分かったことは、奴の動きを捉えることが不可能だってことだ。「インファリブル・ショット」を使って矢を放とうとも、飛び回って避けきってしまう。

 じゃあ、どうするのかって? こうするのさ。

 

 俺は翅刃の黒豹へワザと気が付かれるように音を立てながら前に出る。

 膝を屈め、両手で槍を握りしめた体勢で息を大きく吸い込み……。

 

「流水!」


 と叫ぶ。

 隙ができたと思ったのか俺の声と同時に翅刃の黒豹の姿がブレる。

 次の瞬間、奴は俺の胴体へ向けて飛び込んできた。

 乗りかかられるような形でかぎ爪をまともに受けてしまうが、俺の身体は奴の爪を通さない。

 俺の身体はスペシャルムーブ「流水」で護られているからな。「流水」は見た目こそ何も変化がないように見えるが、相手の攻撃を一度だけ完全に塞いでくれる。

 強力なスペシャルムーブではあるんだけど、効果時間が三秒しかないから……使いどころを誤ると、無駄にSPを消費するだけになってしまう。

 

 かぎ爪で俺を踏みつけた翅刃の黒豹は、俺の身体を踏み台にして飛び上がる。

 対する俺は刹那の間に槍を八の字に動かし、唱える!

 

「インファリブル・ショット」


 槍がぼんやりと青く輝きを放つと同時に、俺は槍を力一杯投擲した。

 槍は翅刃の黒豹とは別方向へと射出されるが、弧を描き飛翔し木の幹へと向かう奴の真上から襲い掛かり頭を撃ち抜く。

 槍は威力を落とさずそのまま地面へと突き刺さり、翅刃の黒豹は大きな音を立てて地面へ転がったのだった。

 

「ふう……」


 大きく息を吐き、動かなくなった翅刃の黒豹を見下ろし胸を撫でおろす。

 この戦い方は俺にしかできない独特のものだから、手の内を晒していい人以外の前では見せたくない。今のところ、そこまで信用をおける知り合いは残念ながらいないので、解体まで含めソロでやらねばならぬ。

 い、いつかお友達ができるんだ……俺だって。泣いちゃあいないぜ。

 だってほら、ちゃんと倒せたじゃないかあ。うう……。

 見せたくない理由は簡単なことなのだ。「流水」は格闘スキル、「インファリブル・ショット」に至っては槍ではなく弓のスキルで習得することができる。

 違うスキルのスペシャルムーブを使うってのことは、常識破りってもんじゃない。この世界では二つ以上のスキルを持っている人なんていないのだから……。

 しかし……誰かに自慢したいって気持ちももちろんある。特に、弓のスペシャルムーブを槍で使ったという発想の転換を誰かに褒めてもらい……いや、これ以上考えるのはよそう。

 

「さあ、解体のお時間です!」


 パンパンと両手を叩き、あからさまに明るい声を出して解体ナイフを腰から引き抜く。

 

 ルンルン気分で解体した後、ある事実に気が付く。

 それは……。

 一人じゃ持って帰れないくらいの量があるってことだ!

 

 体長六メートルの毛皮はまあいい。クルクルっと巻いて背負子に突っ込めば思いっきり口からはみ出るばかりか、背負うと俺の頭の上まできているが持てるからまだいい。

 翅と牙、かぎ爪が厄介である。硬くて折りたためないし、翅刃は薄く透明で軽いのだが……切り分けることができないし、大きいんだよおお。

 刃の部分は魅惑の切れ味があるし、背負子なんぞ余裕でぶった切ることだってできる。実際切れちゃったし……。

 

 台車を使うことも不可能。こんな入り組んだ原生林だと、車輪がすぐにどこかにハマって抜け出せなくなってしまう。

 し、仕方あるまい……。

 

 俺は中層の小屋にまで素材を運び込み、持てる限界の黒豹の素材を持って街へと戻るのだった。

 

 ◆◆◆

 

――冒険者ギルド

「も、もう倒して来たのですか?」


 受付カウンターのお姉さんのアホ毛が逆立ち、とんでもなく驚いているようだ。


「は、はい。すぐに発見できましたし?」

「そ、そうですか。背負われているのは翅刃の黒豹の毛皮ですよね? 他はどちらに?」

「え、えっと、それがですね、お恥ずかしいことに」


 俺は頭をかきながら、持って帰ってこれなかったことをお姉さんに告げる。


「ソロでとお聞きしてましたけど……戦闘以外も全てソロだったんですか!」


 お姉さん、声が大きい。

 俺が悲しいぼっちだとみんなに知られてしまうじゃないか。


「だ、大丈夫です。素材はちゃんとしたところに保管してます。一日休んでから取りに行きますから!」


 お姉さんの声を遮るように彼女の声に被せてそう言うと、彼女も落ち着きを取り戻してくれたようだった。

 彼女曰く、翅刃の黒豹は樹上に棲息しているから発見するのが困難らしい。発見したとしてもあのスピードだ。樹上だとまともに攻撃できないし、一撃離脱を得意としているので足止めするにも難しい。

 だから、黒豹と戦える状態になるまでにチームを組むと思っていたとのこと。

 なるほど。言われてみればもっともだ。

 しかし、魔の森在住のストームさんを舐めてもらったら困る。そこらの街住みの人たちとは物が違う。安全に確実に食材や素材を確保し、生きるために狩りは必須なんだ。

 森に住んでいたら嫌でも一人での狩りに慣れてくるさ。

 

「よろしければ、荷運びのお手伝いを派遣いたしましょうか?」

「ほ、本当ですか!」

「中層でしたら、危険が伴いますので冒険者を募ることになります。護衛もとなりますと……これくらいのお値段で」

「ほ、ほうほう。護衛は必要ありません。俺が護衛しますんで」

「ストームさんについていくのなら、安心ですね。すぐに募集しますので、明日の朝また来てください」

「はい!」


 お、おおお。こんなことなら、黒豹の肉も解体して保管すりゃよかった。

 あ、そういや岩塩の蓄えが少なくなっていたはず。取りにいかね……いや、俺、もう森住みじゃなかった! いろいろマズイな……思考が森林で自給自足に囚われてしまう。

 

 冒険者ギルドを後にした俺は前回宿泊した宿屋に向かうことにした。

 宿屋には緑髪の庇護欲を誘う雰囲気の少女が出迎えてくれて、今度もまた一泊二食付きでお願いし、お金を支払う。

 

「え、ええと、どこか体を洗える行水場所とかありますか?」


 少女に問いかけると、彼女はこの宿の裏手にサウナがあると教えてくれた。

 

「ありがとうございます!」


 サウナ、サウナだああ。垢を流しつつ、体を洗うことができるぜえ。

 俺は部屋に荷物を置き、サウナへ向かう。

 

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