第80話 エピローグ

「ストームさん!」


 俺に気が付いたエステルが駆けてきて、そのまま俺へ抱きつく。

 思った以上の勢いに後ろへ倒れそうになったのはご愛敬。

 

「無事、魔王は倒してきたぜ」

「さすがストームさんです! お怪我はありませんでしたか?」

「うん。SPが切れてクラクラしたけど一晩ゆっくり休んだから、もう大丈夫だよ」

「よかったです! さっそく、祝勝会の準備をしますね」

「あ……」


 止める前にエステルがパタパタと奥へと引っ込んで行く。

 助けを求めるように隣にいた千鳥へ目を向けると、彼も憂い帯びた目で俺を見つめ返してきた。

 

「ち、千鳥……どうしよう?」

「ストーム殿……いえ、エステルの父上殿が作るやもしれませぬ」

「そ、そうだといいな……」


 ハハハ……。

 

「若! せっかくのご宴会。ここは一つ、親しい御仁達にも声をかけませぬか?」


 村雲! いいことを思いついたとばかりに膝を打ってる場合じゃねえ。

 もし、エステルお手製だったらどうするんだよ……。


「うーん、ファミリー全員となると……ここには入りきらないなあ」


 やんわりと否定するが、村雲が引いてくれない。


「全員のつもりはございませぬ。両教授にトネルコ殿、後は若と親しい鍛冶屋のホークウィンド殿辺りで考えております」

「それなら……まあ、いいかな」

「了解でござる! ではそれがしはすぐに動きます」


 村雲が挙げた人たちなら、許してくれるだろ……。

 もうどうなっても知らんぞ!

 

 ◆◆◆

 

 宿にある宴会用の広いお部屋に通された俺たち。

 ダメだ。もうダメだ。俺は……。

 

 立食形式の会場だから、逃げても分からないよな?

 そおおっとこの場から立ち去ろうとしたら……肩を掴まれた。

 

「ストーム殿、どこに行くのです?」

「あ、いや……」

「ささ、エステル殿が準備してくれたドリンクがございます故……」

「千鳥、それ飲んだ?」

「いえ、拙者、アルコールは少し……」


 こんな時だけ、子供アピールをする千鳥である。

 いや、飲んでたよね、お酒。

 

 丸いピッチャーに並々と入った赤色の液体。匂いを嗅いだところ、これは決してワインなんかじゃねえ。

 いや、ワインの匂いもしたんだが、不穏な香りがいろいろ混じっている。

 

 千鳥は俺がいいとも言っていないのに、ピッチャーからコップへ不気味な赤い液体を注ぐ。

 

「どうぞ。ストーム殿?」

「ま、待て……」


 その時、エステルの声が。

 

「ストームさん! それはSPを失ったストームさんが元気になるようにと思って作ったんです!」


 極上の笑顔でエステルがそんなことをのたまう。

 こんな顔されて勧められたら断れないじゃねえか。

 覚悟を決めろ、俺。

 ゴクリと喉を鳴らし、途中で息を吸い込まないように大きく深呼吸を二回ほど……。

 

「え、ええい。度胸一発!」

 

 コップを手に取り、不穏な赤い液体へ口をつける。

 止まってはダメだ。一気に行かねば飲めねえ。

 

 な、なんじゃこらあ!

 俺は舌に踊るこれまで味わったことのない感覚に打ち震える。肩が震え、膝がガクガクとし、指先まで同じくプルプルと。

 清涼なレモン水を感じさせる低級赤ポーションを限界まで煮詰めて濃くしたものに、生臭い何か、そして……動物の血か?

 まだまだある。トッピングか知らんがほのかな青ポーションのマンダムな味わいが隠し味となり、強烈な刺激が鼻孔を突き抜ける。

 舌の感覚がマヒしているはずなのに、どんどん刺激が脳髄に響いて来やがるぜ……。

 

「あ、ありがとう……エステル」


 これが俺の限界だった。

 引きつった顔でエステルへお礼を言うと、会場の外へダッシュする。

 井戸、井戸に行かねばならぬ。俺はこのままでは……。

 焦燥感が身を焦がし、必死に井戸のところまで駆け抜ける俺。

 大丈夫だ。エステルの宿には長期間滞在していた。場所を間違えるわけがない。

 

「おお、ストームさん! 聞きましたよ!」


 その時、ちょうど宿にやって来たトネルコと鉢合う。


「あ、ありがとうございます。トネルコさん、また後で宴会場で……」


 更に何か口にしようとしていたトネルコを振り切り、再び走り出す。


「おや、ストーム君ではないか。聞いたよ。魔王を討伐したんだってね」


 今度はにゃんこ先生とワオンだった。

 いつもは触りたくて仕方がないにゃんこ先生の髭だけど、今はそんな余裕がねえ。

 は、はやく、水。水をおお。

 

「ストーム君、どうも顔色が悪いね。そうだ。ちょうど君にと思って持ってきたものがある。飲むといい」


 にゃんこ先生は髭を震わせ、俺に緑ポーションを手渡してくる。

 それは、酷く……そう酷く澄んだ緑色をした液体だった。

 最高級ポーションじゃねえか、こんなの飲めるかあ!

 

 そのまま投げ捨てそうになったが、にゃんこ先生の手前、寸前で思いとどまる。

 

「さ、先に水を頂きます」


 だが、もう俺の口内が限界だ……。

 

 ◆◆◆

 

 ――あの後のことは余り覚えていない。しかし、宴会は無事終了したと後で千鳥から聞いた。

 エステルが、あの赤色の毒……いや、ワイン? を作成するのに時間がかかり過ぎてしまったため、料理は彼女の父が作ったそうだ。

 よかった……大惨事にはならなかったんだな。うん。

 

 さてと、どうやってエステルの宿じゃなく屋敷の自室まで移動したのか分からないけど清々しい朝であることは確か。

 これから、ファミリーのみんなに状況を報告するとしようか。

 みんな心配しているだろうしな!

 

 窓から差し込む朝日に目を細めながら、俺は大きく伸びをして立ち上がる。

 それじゃあ、行くとするか。

 

 

 おしまい


※ここまでお読みいただきありがとうございました!

また外伝など投稿するかもしれませんが、一旦ここで幕引きとなります。

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