第41話 新たな商売

 あれから一か月が経つ。

 グラハムからヨシ・タツへボスが変わったクラーケンからも、啖呵を切ったファールードからも何も「ストーム・ファミリー」へ手出ししてくることは無かった。

 逆に俺達はと言えば、急速に勢力を拡大している。

 魔の森で「研修」を終えた戦闘経験がない者も護衛として働いているし、「ストーム・ファミリー」への入隊希望者も後を絶たない。

 希望者の中には最初からそれなりに戦える者も増えてきたから、街の中でも腕を磨けるよう修練場を準備した。

 

 クラーケンを離脱し、ストームファミリーから護衛を受けたいと希望する商店にもやっと対応できるようになってきて、俺達の勢力圏は街の四分の一ほどを占めるまでになったのだ。

 だいたいだけど、港の倉庫から冒険者ギルド、魔術師ギルドから街の北東の入口までを繋ぐラインが俺達の勢力圏になる。

 街の北東は魔の森に行く時に使う出入り口で、街を出て北東部は住民の姿はない。

 余談ではあるが、逆に南部は牧草地帯や畑が広がっている。こちらはアウストラ商会の勢力下になっている。

 

 クラーケンのクビキを脱した商店は、両ギルドと関係があったり旅人相手の商売をしているところが多い。一方で南部の農家や畜産など一次産業の担い手たちは、アウストラ商会とべったりで隙が無い。

 街に住むほとんどの住民がアウストラ商会へ思うところがあるのかと思っていたけど、現実はそうではない。この辺りは難しいところだよな。

 しかし、酷い搾取を受けていたところを中心に掬い上げることが出来ていると思う。

 

 「ストーム・ファミリー」の目標は街の支配ではない。商店同士が正当な条件で競い合うことができる環境を作ることだ。

 このまま進めば、自ずと目標に達することができると俺は確信している。

 

 ここまで派手にやっているのに、クラーケンから全く妨害が入らないのは不気味に過ぎるが、俺達が足を止める必要はない。

 来ないのなら、これ幸いに勢力圏を広げるだけだからな。

 まだまだ護衛希望の商店はあるから勢力圏の更なる拡大ができるだろう。

 

 とまあ順調そのものなんだけど、人も増えてきたし俺もそろそろ新しい商売をしたいなあと思って、冒険者ギルドに足を運んでいる。

 冒険者ギルドと利害関係になるかもと懸念してルドンに相談を持ち掛けたんだが、彼は問題ないと快く了承してくれた。

 

 そんなわけで、今俺は冒険者ギルドにいる。

 しかし、後からまた冒険者ギルドに相談に来る必要はあるけど、今はここに用はない。

 じゃあ何で冒険者ギルドにいるのかっていうと、冒険者ギルドに併設された食事処で朝食をいただくためってわけではない。

 いや食べたけどさ。

 俺はここで人が来るのを待っているんだ。

 食後の飲み物を楽しんでいたところ、ようやく待ち人がやって来る。


「よお、ストーム。もう食べたのか?」

「うん、カフマンは?」

「いや、まだだ。やはりここの朝食を食べないとな。気持ちが締まらねえや」


 そう、俺が待っていたのは冒険者のガフマンだ。

 彼は相変わらずの陽気な雰囲気で俺に笑いかける。

 

「ひょっとして、朝食のためだけにここで待ち合わせにしたのか?」

「そうだぞ。ガハハハハハ」


 カフマンは豪快な笑い声をあげながら、ウェイトレスを呼び朝食を注文した。

 ここで落ち合うことに何か深い意味があると思っていたのに、単に食い気だけだったのかよ。考えて損したよ。

 

 ウェイトレスはすぐに朝食をトレーに乗せて運んでくるとガフマンの前にコトリと置く。


「ガフマン。もしうまく進みそうだったら、しばらく魔の森中層の拠点を手伝ってくれないかな? もちろん報酬は出す」

「おう。そっちのが街での警備よりありがてえ。一か月くらいなら協力するぜ」

「アレックスにも声をかけるよ。ビシバシしごいてやって欲しい」

「ガハハハ。任せておけ」


 ガフマンへの掴みは上々だ。

 あとは……これから会う鍛冶屋の反応次第だなあ。偏屈だって聞いているからどうなることやら。

 

 ◆◆◆

 

「ここだぜ」


 ガフマンは顎で目の前にある建物を示す。

 重厚な石造りの家は漆喰などの化粧素材を一切使っていない無骨な作りをしており、外壁はごつごつした岩肌をそのまま晒している。

 店だと聞いているんだけど、看板の類がなく分厚い木の扉は閉まったままだ。

 扉には鉄の輪が取り付けられていて、これを扉に打ち付けることで呼び鈴となるらしい……。

 

 売る気あるのかよ。この店……。

 

「店の名前さえ分からないんだが……」

「ここ、ここに書いてあるだろう」

「あ、ほんとだ……」


 また中途半端な位置に書いているなあ。

 確かに扉に小さく炭で書いただろう文字列があった。

 しっかし、膝を屈めて見える位置に書かれているものだから、気が付き辛い。扉の色も濃い茶色で文字の色と似ているし、汚れやシミと言われても違和感ないぞこれ。

 

 じーっと顔を寄せて文字を読んでみる。

 どれどれ。

『ホークウィンド鍛冶店』

 ふむ……。鍛冶店なのか……。武器屋とかじゃなく鍛冶店。名称に対する拘りなのか、あえて分かり辛くしているのかは不明だ。

 

 少し不安になってきた……。

 

 俺は新しい商売として、魔の森で素材を集め鍛冶屋で加工し、五番倉庫で売ろうと考えている。

 集めた素材をまんま売ることも考えたけど、そうではなく鍛冶屋も使い完成品を取り扱うことにしようと考えたんだ。

 素材をそのまま売ると冒険者ギルドの商売を奪ってしまうし、売る手間を考えたら冒険者ギルドに買い取ってもらった方が遥かに効率がいい。

 

 そんなわけで素材を産地直送で売るって案は即却下する。

 じゃあどうするのかって考えた結果、鍛冶屋を使う事にしたってわけなんだよ。


 といっても冒険者ギルドには流通へ噛んでもらう。

 多くの素材は、実のところそのままだと製品まで加工することができない。

 通常冒険者ギルドが買い取った後、鍛冶屋へ行くことはなくその手前に素材精錬業者を通過する。

 彼らは鍛冶屋や縫製屋が使える状態にまで素材を精錬し、冒険者ギルドへ納品する。

 

 そんなわけで、商品販売までの流れは魔の森で素材を集めた後、冒険者ギルドにそれら全て納品し、精錬し加工できる状態になった素材を鍛冶屋に降ろすって流れになるのだ。

 流通の中間に冒険者ギルドが挟まることで販売価格が高くなってしまうが、冒険者ギルドに噛んで欲しかった俺としては歓迎だ。

 いちいち素材ごとに精錬できる業者も違うしな……自分でやると相当めんどくさい。

 俺が素材を卸して、俺が精錬済み素材を買い取るってこともあり、冒険者ギルドからの仕入れ値を安くしてもらっている。ここが他店に比べ有利に立てる要素だ。

 もう一つの利点は、素材の品切れを起こさないこと。

 足らない素材は自分たちで集めてくるからな。これはまあ当然と言えば当然なんだけど、入荷待ちって状態は割に多いらしいから俺の店の「売り」にはなるはず。

 

 元々俺は素材精錬業者なんて知らなかったから、どうやって冒険者ギルドに絡んでもらうか考えていたんだよ。

 冒険者ギルドはアウストラ商会と対等な関係を持っている巨大組織。彼らを味方につけることは俺の商売を保障してくれる大きな後ろ盾となる。

 

 で、鍛冶屋を求めていろいろ情報を集めたのだけど、鍛冶屋のほぼ全てはアウストラ商会に抑えられていて手が出せなかった。

 そんな中、完全に独立勢力として成り立っていた鍛冶屋が今回ガフマンに紹介してもらう鍛冶屋ってわけだ。

 

 腕は確かなんだけど、偏屈過ぎて自分の拘りを押し通すため、儲けは度外視らしい。

 よくそれで商売が成り立っていると思うのだが、彼の腕に惚れ込む冒険者は多いとのこと。他の鍛冶屋と違って街の人がこの店で何かを購入することはないらしい。

 街の人にとって鍛冶屋といえば、ナイフくらいだもんなあ。剣はたまに需要があるけど、鉄製の防具とかもってのほかだし……。

 

「おおい、行くぜ。ストーム」

「あ、ごめんごめん」


 扉を鳴らし反応が無いにも関わらず、ガフマンは扉を開け俺を中へと促した。

 さてどんな人なのやら……。

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