第8話 書写をするのだ
魔術師ギルドに戻った俺は、にゃんこ先生にお願いして図書館を見させてもらっている。
これは凄い。街の本屋とは規模が全然違うじゃないか。本屋はせいぜい貸本が三百冊、販売本が百冊くらいの本が置いてある程度だけど、ここは千や二千って数じゃきかない。
俺の身長ほどある本棚がずらーっと二十ほど並んでいて、それを一列とするなら合計七列も並んでいるんだ。更に二階にまで本があるのだというのだから、驚きで開いた口も塞がらない。
驚く俺へにゃんこ先生は「うむうむ」と椅子に腰かけたまま本をパラパラと
「ミャア教授、ありがとうございます」
「なあに、あれだけのマタタビの報酬としては安すぎる。言ってくれれば何度でもここへ連れてきてあげるよ」
マタタビ万歳! 残念ながらにゃんこ先生の頭をナデナデすることはできなかったけど、その代わりに行きたかった図書館へ入ることができた。
何で図書館なんだというと、修行時代に儲かるかもと考えていたからなんだ。
トレーススキルの記憶数と記憶できる時間が伸びてから、俺はこの利点を使ってなにかできないか小屋でいろいろ考えていた。
その際に思いついたのが「本の書写」だったのだ。具体的にどうやれば効率よく書写ができるのかまで考えてある。
しかし、本屋で売っている本の少なさから書写本を作ったとしても、買う人自体が殆どいないんじゃないかと懸念していた。
それがどうだ。図書館には唸るほどの蔵書がある。これだけ種類があるなら、書写の需要も俺が考えていた以上にあるんじゃないか?
「ミャア教授、書写本を学生向けに売ったりとかしていないんですか?」
「あるにはあるが……」
にゃんこ先生の顔は優れない。
書写本の需要はある。しかし、割に会わなさ過ぎてやる人がいないそうだ。
稀に出てくる書写本は、学生が自分の分を書写するついでに書かれたものが殆どで、小遣い稼ぎ程度にしかならない。
膨大な時間をかける割に、売値が安い。かかった時間に見合う価格にすると、高すぎて学生には手が出なくなり、先生方でも買うのを躊躇するほどになってしまうとのこと。
「そういうことだったんですか。実は俺、書写をやってみたいと思ってまして……」
「ほう、そうかね! 君みたいな実力のある冒険者が……もし本当なら是非お願いしたい」
「優先的に必要そうなものってありますか?」
「そうだね。これとかこれとか」
にゃんこ先生は次から次へと本を持ってくる。
「一冊、お借りすることってできますか?」
「もちろんだとも。一か月くらいなら貸し出し可能だ。書写をやってくれるのなら、私の権限で貸し出すよ」
「ありがとうございます。貸出代はちゃんと支払いますので」
「いやいや、それには及ばないさ。君なら盗まれるようなことはしないだろう?」
にゃんこ先生は俺の冒険者としての実力は信頼してくれているらしい。
確かに彼の言う通り、例え街中で盗賊のたぐいに絡まれても撃退することは容易いだろう。
もし夜中であっても……まず気が付く。三年間、一人でモンスター蔓延る魔の森で夜を過ごしたわけだからな……。ははは。あ、なんか暗い気持ちに。
「では、ありがたくお借りします! 完成を楽しみにしていてください」
「そうかねそうかね。お、そうだそうだ。紙、無地の冊子、インクとペンは学生棟の購買部で販売中だ」
「そうですか。手間が省けます」
本屋で道具をそろえる方が安いかもしれないけど、まずはお試しだしここで買ってしまおう。
◆◆◆
冒険者ギルドににゃんこ先生から受注したお仕事が完了したことを告げた後、以前から宿泊している宿屋へ向かう。
宿屋に入ると、受付にはいつもの緑の髪をした女の子が俺に気が付くと、満面の笑みを浮かべ頭を下げる。
「ようこそおいでくださいました」
「えっと、今回は二週間ほど宿泊したいのですが、部屋は開いてますか?」
「お待ちください」
少女は宿帳をパラパラと捲り、指で押さえながら部屋をチェックしている様子だ。
この子とも今回で会うのは三度目。
「どうされました?」
真剣に作業をする様子をじーっと見ていたら彼女は顔をあげ問いかけてくる。
「え、えっと……お名前は?」
気が付かれて動揺していたにしても、とってつけた感があり過ぎなことを言ってしまった。
それでも少女は嫌な顔一つせず、目じりを下げ自身の名前を述べる。
「エステルと言います。ストームさん」
「あ、ありがとう」
どこかで聞いた気がする……緑の髪でエステルか……。エステルという名前は特に珍しいものではない。緑色の髪は少し珍しいけど、街を歩けば数人見かけるほどで髪色で目を引くってほどでもないんだ。
にゃんこ先生ほど珍しい種族だったら、一度会ったら絶対忘れないんだけど……。
うーん、もう少しで思い出せそうな。喉元に小骨が刺さったみたいで思い出せそうで思い出せなくて気持ち悪い。
「お待たせいたしました。ご宿泊可能です」
「よかった。料金は全て先払いでいいですか?」
「はい。朝晩のお食事もお付けしますか?」
「はい。それで」
しっくり来ないまま、少女から部屋の鍵を受け取ってお金を支払うのだった。
◆◆◆
宿の一室に入ると、さっそく机の上に原本となる本と、練習用の紙を広げる。
普通に書写をしていては、俺と他の人がやるのと時間は変わらない。いや、むしろ文字を書くことに慣れていない俺がやればより多くの時間がかかるだろう。
そこで俺は考えたのだ。
三段階に分けて書写本を完成させる。
まずは……文字の練習からだ!
そこからかよと思わないでくれ。文字を書くなんて久しぶり過ぎて、どう書けばいいのかも怪しい。
王国で使用している文字は全部で三十字ある。本を手本に三十字を書き出して、うまくなるまで何度も書き綴る。
ここからは剣の修行とやり方は同じだ。渾身の字だと思ったものを「記憶」し「実行」を繰り返すことで文字を書く熟練度を上げ、再び自力で文字を書く。
二度ほど繰り返すと、手本の字とそう変わらないレベルに達した。
三十字の練習が終わると、次はそれぞれの文字の筆記を「記憶」させる。
これで第一段階終了だ。
ふふふ。
夜までにはまだ時間があるから、もう少し進めよう。
原本を開き、無地の冊子を準備する。一文字ごとに「記憶」した文字を「実行」し、記載していく。
試しに一ページ、書写してみる。この間、「記憶」を行っておく。
さて、検証だ。
一ページ丸ごと「記憶」したものを「実行」。
よっし、一ページの書写がトレーススキルで達成できたぞ。
この調子で進めていけばいけそうだ。
予想通り、一文字ごとに「記憶」「実行」していけば、普通に文字を書くより遥かに早い。
残りは明日の朝からやるとしようか。
俺は夕焼けが差し込む窓の外を見て、大きく伸びをしたのだった。
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