外れスキル「トレース」が、修行をしたら壊れ性能になった~あれもこれもコピーで成り上がる~

うみ

第1話 失意からの旅立ち

「おーい、次はこれを頼む」


 帆船の甲板から中年の男の声が俺を呼ぶ。

 彼の声に合わせて両手がギリギリ届くほどの大きさがある木箱が、ロープに吊り下げられて帆船から降りてくる。

 石畳の上にゴトリと音を立てて着地した木箱へ手を回し、俺はスキルを発動させた。

 すると、意識せずとも腕が勝手に動き木箱を持ち上げる。

 

「了解です。どんどん運びますので」

 

 甲板に向けて叫んだ後、抱え上げた木箱を数メートル先にあるトロッコへ積み込む。

 昼食を挟み夕方まで荷物を運んだ俺は、一緒に働いていた仲間たちとスヴェン商会へ戻って行く。

 

 スヴェン商会はここ港町スネークヘッドにある小規模な商会で、港で荷物の上げ下ろしをすることを生業にしている。

 港街スネークヘッドは、王国でも一、二位を争う大きな港街で、なんと人口は五万人にも及ぶ。更に、一時的に街にいる人を含めると人口は倍ほどに膨れ上がる。

 

 スヴェン商会に戻ると、髭もじゃで頭が禿げあがった親っさん……商会長のルドンがにこやかな顔で俺たちを労ってくれた。

 

「みんな、お疲れ様。今日もよく頑張ってくれた」


 ルドンは商会員の肩を一人ずつポンと叩きながら、今日の日当が入った小袋を渡していく。

 俺も彼らと同じように列へ並び、自分の番を待つ。

 

「ウィレム、今日もありがとうな」


 手渡された布袋がいつもより重たい気がする。

 なんだろうと思ってルドンと目があうと、彼はパチリと片目をつぶり親指を立てた。

 

「アーシャの誕生日だろ? ほんの少しだが、みんなには黙ってろよ」

「はい。ありがとうございます!」


 俺は布袋を胸に抱え、深くお辞儀をするとホクホク顔で商会を後にする。

 

 ◆◆◆

 

 申し遅れたが、俺はウィレム。幼い時に母を二年前に父を亡くし天涯孤独の身だ。父が亡くなった時からルドンのところで世話になっている。彼は俺のような「外れスキル」持ちであっても優しく接してくれた恩人なんだ。

 この世界はスキルなんてあって残酷だと思ったものだけど、今ではもう達観している。

 何故かというと、スキルってのは生まれながらにを授かるものなのだから……自分自身の努力で変更できるものじゃあないんだ。それでだ。スキルってのは様々な種類があってさ。

 大きくは、鑑定や治療といったスキルを使わなければ他に代替手段が無いものと、各種魔法や剣などスキル無しに比べて習得時間が遥かに短縮される天性の才能みたいなものに分けられるんだ。

 俺はその中でも「外れスキル」の一種である「トレーススキル」を持っている。このスキル……俺の父以外に持っている人を見たことがないくらいレアなんだけど、効果がとても薄いスキルなんだよね。

 トレーススキルは、一言で言うと「記憶と実行」を行うことができる。さっき俺が使ったみたいに、「しゃがんで持ち上げる」みたいな一つの短い動作を「記憶」し、スキルを使うことで「実行」できるんだ。

 ものすごく地味な上に、特にスキルが無くてもできちゃうことだから……とても価値が低いってわけ。だから、自分のスキル熟練度を積極的にあげる気にはなれなかった。

 その代わりといってはなんだけど、スキルが微妙なら体を鍛え補えばいいと思って、父とよく魔の山へ行きサバイバルをしながらレベル上げをしたものだ。レベルを上げることで身体能力が上昇するしさ。

 何をするにも体が資本だから……ね。

 といっても、自分のレベルとスキル熟練度が現在どれくらいなのか分からない。だって、ステータスを鑑定をしてもらうにはお金がかかるんだもの。

 そんなことにお金を使うのは勿体なくてねえ。我ながら貧乏性だよ。

 

 すっかり暗くなってしまった街中は、大通りこそ魔法の灯りがともっていて明るいんだけど、裏路地に入ろうものなら薄暗い。

 俺は大通りを真っ直ぐ進み、家路に向かっている。

 

 ん、んん。

 右手の路地から何やら女の子の悲鳴が聞こえる……。

 衛兵を呼ぼうかと思ったけど、時間を取られているうちに取り返しのつかないことになっていても困る。

 俺は全速力で路地裏へと駆けるのだった。

 

「なー、なー。いいだろお」

「何、いやがるフリしてるんだよ。俺が誰だか分かってんのか?」


 金髪ツンツンヘアの貴公子然としているが、軽薄そうな身なりのいい男と、その取り巻きらしきゴツイ丸刈りの男が嫌がる少女の肩を掴んでいた。

 男達は俺より三つほど上だろうか、逆に少女は俺より少し下くらいに見える。

 少女は緑色の髪が印象的で、顔は男達に隠れてここからだとよく見えない。

 

 どうしよう? このまま立ち去って見て見ぬふりをするか、それとも助けるべきか……。

 その時、俺は金髪の男の肩から顔を出した少女の緑の瞳と目が合う。彼女の目は今にも泣き出しそうに潤んでいた。

 

「おい、嫌がってるじゃないか!」

 

 思わず口をついて出てしまう。


「なんだ、お前? 坊ちゃんが誰だか知っていて、そんな口を聞いているのか?」


 丸刈りが少女から手を離し体をこちらに向け、低い声を出す。


「助けて、助けてください!」


 拘束が解かれた少女は、できうる限り大声で叫んだ。


「待ってろ! 助ける!」


 俺も大きく息を吸い込み叫ぶ。

 大声が功を奏したのか、俺と少女の声を聞きつけたであろう複数の足音が響いてくるではないか。それらは確実にこちらに向かってきている。

 

「っち! そこの男、覚えていろ。俺をコケにしたらどうなるか、身をもって思い知らせてやる」


 金髪は嫌らしい笑みを浮かべ、大股で俺の元まで歩いてくると舐め上げるようにこちらを睨みつけてくる。

 悪意ある眼光に少し怯んでしまった俺だったが、男達は俺と少女へこれ以上何もせず、そのまま立ち去って行ったのだった。

 

「ありがとうございました!」


 少女はペコリと頭を下げる。


「いや、俺は……」


 声をかけただけで何もしていない。助かったのはたまたまに過ぎないからお礼を言われるのも戸惑ってしまう。

 しかし……少女が男達に襲われそうになっていたのも頷ける。

 長い緑の髪はウェーブがかかり、少し垂れている大きな目、愛らしいぷるんとした唇。胸は薄いけど、スラリとした健康的な手足に均整の取れた体躯……。身長は俺の肩の下くらいで女性としては平均的ってところか。

 そして何より、どこか庇護欲を誘う雰囲気を持っているのだ。

 

「わ、わたしはエステルと言います。な、何かお礼をさせていただけませんか?」

「大したことをしていないから、気を使わなくていいよ。大通りまで送る」

「う、ですが……」

「俺は声をかけただけじゃないか。気にしなくていいって」

「でしたら、これだけでも。右手を出していただいていいですか?」


 俺は少女――エステルに言われた通り、右手を前に差し出す。

 彼女は俺の手を取り目を瞑った。


『ウィレム

 性別:男

 年齢:十八

 レベル:十一

 スキル:トレース

 スキル熟練度:五』

 

 な、なんだこれは? ステータス? 突然頭に浮かんできた。

 

「見えましたか? ステータス」

「う、うん。すごいや。エステルは『ステータス鑑定』のスキルを持ってるんだ」

「はい。まだスキル熟練度が低いので、詳しいステータスは見えませんが……」

「ありがとう。一度ステータスを見てみたかったんだ」


 エステルと一緒に大通りまで出たところで彼女と別れ、俺は近くのアクセサリー屋へ顔を出す。

 アーシャの誕生日プレゼントを買うためだ。

 彼女とはもう長い付き合いになる。コツコツ貯めたお金と今日ルドンから色をつけてもらった日当を使って、小さなルビーがはめ込まれたピアスを購入した。

 彼女へ渡して……う。考えただけで緊張してきた!

 

 アクセサリー屋を後にして、小さな酒場へ向かう。

 隅っこの席へ座ると、すぐにウェイトレスが注文を取りにやって来る。

 

「お、ウィレムじゃない。今日は少し遅いんだね」

「アーシャ。本日のおすすめを頼む」


 ウェイトレスはアーシャだった。赤い髪を左右で括りテールが肩口まで伸びた髪形をしていて、勝気な瞳、少し大きめの口、鼻筋が通ったキリリとした顔立ち。

 彼女はいつの間にかしっかりと酒場の看板娘の座についているそうだ。


「うん、待っててね」

「あ、アーシャ……後で」

「はあい。食べ終わった頃に少し空けるね」

「ありがとう」


 アーシャは人好きする魅力的な笑顔を浮かべ、厨房へ引っ込んで行った。

 

 ◆◆◆

 

 スパイスの効いた鶏肉と野菜煮込みを食べていても、何を食べているのか分からないくらいドキドキしながら食事を終える。

 店の外へ出てアーシャが来るのを待っていたら、心臓がバクバクと大きな音を立て、背中から冷や汗が流れてきた……。


「お待たせ」

 

 いよいよ、アーシャが来たぞ。


「アーシャ、お誕生日おめでとう!」

 

 小さな木箱に入ったピアスをアーシャへ手渡すと、彼女はぱああと顔が輝く。

 

「ありがとう! ウィレム」

「あ、あと、あのさ……」

「なあに?」

 

 アーシャは急に真顔になって俺をじっと見つめてくる。

 ま、待ってくれ。そんな顔をされると空気に耐えられない……。

 だけど、言う。言うぞ。

 

「俺と付き合ってくれ!」

「うん。嬉しい!」


 アーシャは俺の胸に飛び込んできて、ギューッと腕に力を込め抱きついてきた。


「じゃあ、仕事頑張って!」

「うん、ウィレム。三日後ね!」

「おう!」


 その日はアーシャの休みの日だ。俺も休みってことを彼女も知っている。

 つまり……「三日後にデートしようね」ってことなのだ。

 

 俺は二ヤつく顔を抑えられず家路につくのだった。

 

 ◆◆◆

 

――二日後

 いよいよ明日はアーシャとデートの日。俺は朝から港で荷物運びをしながら明日はどこに行こうかずっと考えていた。

 もうすぐ昼になろうかという頃、どこかで見た記憶のある金髪の男と丸刈りの男が赤い髪の女の子と一緒に港にやって来る。

 って、あの女の子はアーシャじゃないか。どうしたんだ?

 

「よお、二日ぶりだな」

「あ……あの時の」


 思い出した。路地裏であったナンパ男たちだ。

 

「よく覚えていたな。まあお前が忘れていようが、関係ないんだがな。どっちにしろ刑は執行する。ハハハハハ」


 高笑いする金髪の男。

 

「おい。ええと確か……ウィレムだったな。このお方はアウストラ商会のご子息『ファールード』様だ」


 丸刈りが高らかにうたいあげる。

 アウストラ商会といえば、この街で圧倒的なシェアを誇る大商会だ。この金髪がその大商会のボスの息子ってのかよ。

 

「この女もな、俺の方がいいんだってよ」


 金髪の男――ファールードはアーシャの肩へ腕を回し、もう一方の手の指先を彼女の顎へ伸ばす。


「そ、そうなの……ごめんね、ウィレム」


 アーシャは無表情にそう言い放つ。ま、まさか? 嘘だろ、アーシャ。

 茫然とする俺をよそに、ファールードはアーシャを抱き寄せる。そのまま顎に当てた指先をクイっとあげたかと思うと彼女へ口づけをした……。

 俺は非現実的な光景に「これは夢だ。夢だ」と頭の中で繰り返す。

 

「み、みんなのいる前で胸までは……恥ずかしいよ……ファールード」

「そうかそうか。後でゆっくりと可愛がってやるからな」

「もう……」


 彼らが何か囁き合っているが、俺の耳には全く入ってこない。


「おっと、ウィレム。こいつはもういらねえ」


 ファールードはポケットから何かを取り出す。

 あ、あれは俺がアーシャにプレゼントしたピアスじゃないか。


「な、何を……」

「これは、こうする」


 ニタアと嫌らしい笑みを浮かべ、ファールードはピアスを投げ捨てると上から足で踏みつけた。

 な、何をやっている。こいつは何をやっているんだ!

 

「ファールード!」

「ファールード様だろ、おい!」


 丸刈りが俺の胸倉を掴み、睨みを利かせる。

 

「まあ、無礼は許してやれグラハム。こいつはもう街にいられやしねえんだからな。ハハハハハ」

「そうでした。ヒヒヒヒ」

「じゃあな、まあもう会う事もないだろうが」


 アーシャを連れてファールドとグラハムは去って行った。

 残された俺は手を床につき、ガクリとうなだれる。

 

「ウィレム。すまない。本当にすまない」

「え? ルドンさん?」


 ルドンがしゃがんで俺の肩をポンと叩く。

 いつここへ来たのだろう? まあ、それはいい。でもなんでまた。

 

「不本意で仕方ないが、お前を首にするしかなくなってしまった。アウストラ商会に睨まれると、商売ができなくなってしまう。すまん、すまん……ウィレム」

「ルドンさんのところへ圧力が?」


 ルドンは無言で頷きを返す。彼の顔は苦渋に満ちていた。

 彼の商会は小さいとはいえ、十名以上の商会員を抱えている。人のいいルドンのことだ。彼らの生活を顧みると、俺を切らざるを得ないのだろう。

 彼の気持ちは分かる。だから、俺は彼へ何ら恨み言を言うつもりはなかった。

 

「ルドンさん、俺……今までありがとうございました」

「すまない……ウィレム」


 ルドンは再び謝罪すると、フラフラとした足取りで港の奥へと消えて行く。

 俺は彼の後ろ姿が見えなくなるまで見つめ、「今までありがとうございました」と呟き深く頭を下げたのだった。

 

 こうして何もかも失った俺は、新たな職を探そうにもアウストラ商会の圧力があるため、仕事を得ることができなくなってしまう。

 僅かな蓄えはあるが、すぐに底をつく。このまま死んでしまうかと考えはしたが、死んでしまっては俺が負けを認めたことになると思いなおす。

 

 残された道は……冒険者になる手もあるが……。

 冒険者ギルドは街の影響が及ばぬ独立組織だ。つまり、アウストラ商会の手は冒険者ギルドに及ばない。しかし、街の宿やレストランはそうではないし、道具を入手するにも奴らの目を気にすることになる。

 まだ、奴らと関わるべきではない……いつかやり返してやるつもりではいるが……今はまだ……。

 ならば、街から出よう。

 

 俺はありったけの金を使って身支度を整え、魔の森に向かうことを決意する。

 いずれ街に戻ることを誓って。

 

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